愚痴の効果
俺の大声を聞き、宮田ちゃんは椅子をガタリと鳴らす。宮田ちゃんのほうへと視線を向けると、目を大きく見開きまん丸くさせ、口を三角に小さく開いている。
どうやら、驚かせてしまったらしい……。
「……大きい声、出してごめん」
俺がそう言うと、宮田ちゃんは口元を緩めて、いつもの「ふはは」という笑い声を上げる。そして再び姿勢をただし、首を横に振って「あービックリした」と呟いて、眉毛を垂れ下げながら、笑ってみせてくれた。
どうやら怯えさせた訳では無いらしく、宮田ちゃんの驚いた姿を見て涙が止まり、冷静さを取り戻した俺は、安心する。
「でも、本当に、なんとかしてみる……宮田ちゃんに迷惑をかけないでアイツを止める方法、考えてみる」
俺は地面に落としてしまった自分の箸を拾い上げながら、そう呟く。
「ふはは。そんな方法、ありませんよ」
宮田ちゃんは明るい声で、そう言った。
何故、ここまで否定的なんだろう……宮田ちゃんに迷惑はかけないと言っているのだから、考え、試す価値はあるはずだと、思う。
「なんで、言い切れるの?」
「経験からー……ですかねー。その経験を話すと、またトモー暗くさせちゃうから、言いたくないですけどっ」
宮田ちゃんは満面の笑顔を作り、自身の口に人差し指を押し当てる。
経験……俺を暗くさせる、経験。
まだ何かあるだなんて、宮田ちゃんの小さな身体はこれまで、どれほどの重荷を背負ってきたのだろう。
全てにおいて、この娘は、規格外……そう思わされる。
「例えばトモーがあの人に対して僕についての事を何か言って、トモー自身が嫌がらせされたり、暴力振るわれただけでも、僕に影響を与えます。たとえあの人がストーカー行為を辞めたとしても、僕の良心がボコボコにされます。そんな事実に、僕は耐えられません。自殺しちゃうかもっ」
宮田ちゃんは新たに箸を二本取り出し、俺に差し出しながらそう言った。
「そうなったら、トモーが加害者ですよぉ? 良かれと思って起こした行動が、裏目に出る場合もあります。というか今回の場合、あの人の性格や態度を見る限り、そうなる可能性がヒッジョーに高いと、僕は思います。だから、本当に本当に、気持ちだけで、十分ですから」
宮田ちゃんは「んっ」と言いながら、ダラリと垂れ下げられている俺の腕に、箸を軽く押し当てた。
俺はゆっくりと腕を動かし、その箸を掴む。
俺を止める、最も有効な事を、言われてしまった……これ以上俺が何かしようものなら、間違いなく、俺が悪者となってしまう。
どう生きたら……そんな風な事を、言えるようになるんだろう。
勝ち負けでは無いけれど、完敗した気分になる。
「あの人もいつかきっと、飽きますから。彼女さんが居るみたいですし、そっちにまた、目を向けますって。多分。ただ、そうなるまでの僕の精神が安定しないなーって思って、トモーに愚痴吐ければなーって思ってただけですよ。ふはは」
「……運命に死ねって言われてるみたいって、言ってたのに?」
俺がそう言うと、宮田ちゃんは自身の後頭部を二度、ポンポンと叩いた。
「あはー……ははは。言っちゃってましたねー僕。ごめんなさい。今日はかーなーり、追い込まれたっていうか……僕も興奮気味だったというか……」
宮田ちゃんは箸で酒粕焼きを少しつまみ、自身の口へと運び、横目でチラリと俺の顔を見て、目を細めた。
「だってあの人、僕の仕事が終わってバックルームで着替えてる最中に、カーテン開けようとしてきたんですよ? それを拒否したら、手叩いて馬鹿みたいに笑って……それで僕が着替え終わったら、どこ行くー? とか言ってついてきて。なんとか笑ってごまかして、駅の中にあるお店とかグルグル回って、隙見て逃げて、走ってこの店に来たんですよ。んっとに、どうかしてるぜ! ですよ」
なんだ、その話。
アイツ、そんな事までしてるのか。結構ガチで、宮田ちゃんとどうにかなろうとしているじゃないか。
行動力等は評価出来る部分もあると思っていたのに、この話は流石に引く。何を考えているんだ、アイツは。
「……どうかしてるね」
「でしょーっ? あの人、なんなんでしょうねー。小学生の時も中学生の時も、あの手の人は居ましたけど、図太さで言うならトップクラスですね。大人ってイヤー。下心丸出しなんですもん」
宮田ちゃんは箸を左右に振りながら、楽しそうに苦々しい表情を、作る。
相反する筈のその表情は共存しており、お人形みたいに綺麗な宮田ちゃんの顔を「生きた人間」の表情に、していた。
昨日、宮田ちゃんが言っていた「一見、いい事とは思えない愚痴や悪口って、実は人の心を晴らす効果がある」という言葉を、思い出す。
それは、本当に、その通りなんだなと、実感する。
宮田ちゃんも、俺も、今、心が晴れている。
○○しい人間賛歌 高 ナガス @nagasu18
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