来店

 俺が働いている大衆食堂は駅からほど近く、昼になればある程度の客が入る。常連と呼べるお客さんもおり、厨房が丸見えのせいか、俺やオヤッサンに向かって声をかけてくる事が日常茶飯事だ。

 オヤッサンはそういった人達と気さくにタメ口で話しているのだが、俺にはそういった器用な事は出来ない。お客さんの話に愛想笑いをしているつもりなのだが、その愛想笑いすら出来ているかどうかも怪しい。

 オヤッサンからその事について、一度だけ「おめぇは愛想がないのぅ。もっと楽しそうに仕事できんか?」と、注意を受けた事がある。その時は「すみません」と言って謝ったのだが、俺の心根に変化は起きず、未だに愛想が悪いままだ。

 それ以来、愛想について注意される事は無いのだが、常連客の誰も、俺の事を良くは思ってないんだろうなと、感じる。オヤッサンに声かける音量と俺に声かける音量が違うし、そもそもオヤッサンにだけ声をかける常連客ばかりだ。

「おやじーごっそさん」

「あいよっ! またなー!」

 会計を済ませた常連客が、厨房にいるオヤッサンに声をかける。会計を担当した俺には、何も言わない。

 もう、諦めている事ではあるのだが、勝手な事を言わせてもらうと、もう少し、あとほんの少しだけ、柔らかい言葉で会話が出来ないものだろうか。そうすれば俺だって、普通の会話くらい、出来るというのに。

 粗暴なものに対して、恐怖を抱いてしまう。死んだ父親が、そうだったから。


 時刻は二時を過ぎ、店内からほとんどのお客が居なくなり、夜のぶんの仕込みを行おうと思っていた矢先、この店の扉についている鈴がカラコロという音を立てる。

「いら……しゃ……」

 出入り口に視線を送りながら挨拶をするも、そこには長い後ろ髪をポニーテールにした、華奢な体格で背が小さく、とても浮かない顔をした女性が一人入店してきて、俺は言葉を失った。

「み……」

 笑顔こそ見せていないが、あの整った顔立ちは、間違いなく、宮田ちゃんだった。

 確かにこの職場は、俺が夜勤で入っているコンビニからほど近い場所にある。駅構内を抜けて数分歩けば、コンビニだ。お店が終わってすぐに働ける場所で副業を探していたので、近いのは当たり前。

 しかし、コンビニの従業員がこの店に入店してくるのは、これがはじめての事。

 突然の事に、自分の鼓動が早くなっているのを、感じる。

 そもそも女性客自体が少ない。十代の若い女の子が一人で入店してくるなんて、もしかしたら初めての事なんじゃないかと、思う。

「……ん? ん……? あっ……」

 俺が宮田ちゃんの姿を視線で追っていると、カウンター席に座った宮田ちゃんが俺の顔を薄目で見つめ、俺の存在に気付いてか、ほんの少し驚いた表情を作っている。

 カウンター席から厨房が丸見えな作りのせいで、視線をずらしても、視線を感じる……完全に、見られている。

「……いらっしゃい」

「えーっ……と……んー……たしか、工藤さん?」

 名前を呼ばれて、俺の心臓はドクンと高鳴った。

 火を扱う厨房にいても肌寒いと感じるほど、冷房によってガンガンに冷やさている店内だというのに、俺のおでこから汗が湧いてきて、ぽたりと垂れた。

「……はい」

「あーっやっぱりっ? やっぱり工藤さんなんですねー。驚きました。お昼はこのお店でアルバイトですか? 大学どうしてるんです?」

 浮かない表情で入店してきた宮田ちゃんが、突如として元気な表情を作り出し、とても生き生きとした声で俺へと話しかけてきた。

 妹は知り合いと偶然バッタリと会ったら、何故か急に元気が良くなる。それに近いものを感じる。

 しかし、困った……どう返事をすればいいのだろうか。

 素直に、言ってもいいものだろうか。

「もう四年生で単位全部取っちゃって内定も決まって暇とかですかねー? そういう話よく聞きますねー」

「……俺は大学生じゃないよ。高校中退して、この店で働いてる」

 俺がそう呟くと、宮田ちゃんは目をまん丸くして、唇をギュッと結んだ。

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