昼の仕事

 家に帰ってきた俺は明かりのついているリビングには立ち寄らず、すぐさま自室へと引きこもり、ノートパソコンを点け、なんとなく動画サイトを開き、お気に入りの投稿者の動画を垂れ流しにして、ベッドに横になる。

 一人でいる時の習慣としてボケッと動画を見ていたのだが、何故か動画の内容が頭に入ってこない。どうしても宮田ちゃんの顔が思い浮かんでしまう。

 オバサンの話を笑顔で聞いている宮田ちゃん。ウーロン茶を飲んでニッコリと微笑む宮田ちゃん。焼き鳥を頬張り、目を丸くさせながら喜ぶ宮田ちゃん。そしてオバサンとの別れ際に見せた、悲しそうに涙ぐみ、別れを惜しむ宮田ちゃん……。

 彼女を思うと、胸が苦しい。全身に鳥肌がたち、ジッとしていられない感覚に襲われる。

 何度も何度も寝返りし、首を横に振り、自身を落ち着かせようとするも、どうにも目が冴えてしまい、眠ることが出来ない。


 幼い故に、あの大学生に丸め込まれ、付き合うなんて事になったら、どうしよう……あんな不誠実を絵に書いたような奴に引っかからないとは思うが、万が一という事もあり得る。

 宮田ちゃんは人が良さそうだから、しつこく迫られたら、ノーと言えないかも知れない……そうなったら、どうしよう。

「あぁっ! くそっ!」

 宮田ちゃんの事を考えているうちに、だんだんと思考が飛躍している。そしてどんどんと、嫌な気持ちになってきている。

 何故、こんなにも宮田ちゃんの事が気になってしまうんだろう。

 これが、恋という、ものなのだろうか……。

 年甲斐もなく、初恋? 二十をいくばくか過ぎて、色恋沙汰の一切を諦めていた俺が、恋をした?

 そんな馬鹿な……他人へと干渉しないかわりに、干渉されないように生きてきた俺が、恋? しかも、一目惚れ?

 なんだこの、甘酸っぱい響きは。

 恋……。

 一目惚れ……。

「恋……」

 俺はボソリとつぶやき、枕へと顔をうずめて、思い切り目を閉じた。

 誰も見ていないというのに、何故か、恥ずかしい……。


 結局朝まで眠れなかった俺は、昼間の仕事のために身体を起こす。昼と夜の二重生活は決して楽ではないが、これも仕方のない事。

 俺はノソノソと歩き、風呂場へと向かう。その途中、リビングでテレビを見ながら朝食をとっている高校生の妹と、未亡人の母親に「おはよう」と声をかけた。

「あ、兄貴起きてたんだ、今日は早いね」

「ん……まぁ」

「飲み会どうだったー?」

「まぁ……」

 俺はボリボリと頭をかきながらリビングを抜けて、風呂場へと向かう。

「人付き合いの悪いあの子が飲み会なんてねー」

「珍しいよねー。ちょっとは社交的になってきたんじゃない?」

 妹と母親のヒソヒソ話が、俺の耳まで届いてきた。ヒソヒソ話は、もっと聞こえないようにするもんだろう……。


 俺の昼間の仕事は、大衆食堂の料理人だ。

「トモお前、顔面蒼白だぞ? 昨日飲みすぎたんか?」

 店長兼オーナーであるヒゲモジャ小太りのオヤッサンが「ははは」と笑いながら話しかけてくる。

 数年前、免許を持たずアルバイトとして入った俺に、調理師免許を取らせてくれた上に正式に雇ってくれたオヤッサンには頭が上がらない……が、この無駄にエネルギッシュで、無駄に明るい性格が、根暗な俺とはまるっきりの逆で、苦手意識がある。

 絶対に悪い人ではない。むしろ世間一般でいうと「愛すべきオッサン」なのだろうが……なんだか、肩がこる。

「……仕事に支障は無いと思います」

「そうかい。まぁー下準備頑張ってくれ。空いた時間に休んでてもいいぞ」

 俺は小さく「はい」とだけ答えて、手を動かす。

「おめぇはアレだな。糞真面目だな」

 あぁ……褒められているのだろうが、話しかけないでくれと、思ってしまう。なんで思ってしまうのだろう。なんで俺は、こんなに嫌な奴になったんだろう。

「……そうですかね」

「おめぇ何が楽しくて生きてんだー? 女抱いてるかぁ? はははは」

 女……。

 オヤッサンの言葉に、俺の脳内は勝手に宮田ちゃんの顔を、思い浮かべる。

「……抱いてないですね」

「童貞かー? 嘘だろおめぇーその年でー」

「……童貞ですね」

 俺のこの言葉に、オヤッサンが「はぁ? マジけ?」という、大きな声を上げた。

 ……俺の人生、女を抱く機会も、暇も、無かった。

 幸せとは、程遠いところに俺は存在していると、思ってる。

「マジです」

「はぁー……ギャンブルはせんか? あぁ、ギャンブル出来るほど稼げてねぇか。はははは。すまんのぉ」

「……いえ」

 ……うざい。

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