無神経
送別会はあっという間に終わってしまい、お開きの時間となった。
オバサン連中はこの後もカラオケに行くらしいが、未成年である宮田ちゃんは、どうやら帰るらしい。宮田ちゃんは送別会の主役であるオバサンと軽く抱き合い、別れを惜しんでいた。
「絶対お店に来てくださいね?」
「いくよー。んもぉ、そんな声出さないでーっ」
宮田ちゃんの声は確かに、震えていた。その声を受けてオバサンは宮田ちゃんの背中をポンポンと軽く叩く。
オバサンの身体から離れた宮田ちゃんは眉毛を垂れ下げ、瞼を震わせているように見える。そしてその瞳は、街頭に照らされキラリと光った。どうやら宮田ちゃんは、涙ぐんでいる……。
女子はこういう時、簡単に涙を見せる。中学の卒業式でも、泣いているのは女子ばかりだった。
しかしどうだ、今の宮田ちゃんの、美しい姿は。他の雑多な女子とは、まるで別物。
潤んだ瞳を、自分をよく見せるアクセサリーになってしまう。本当に悲しいんだと、思わされてしまう。胸が、締め付けられてしまう。
「ぐすっ……じゃあ僕、帰りますね」
「うんっ。それじゃあね宮田ちゃん」
僕?
今、宮田ちゃんは、自分の事を「僕」と、言ったのか?
確かに残っている違和感を思うと、どうにも聞き間違いとは思えない。
宮田ちゃんは、僕っ娘なのか……。
すごいな。なんて事だ。本物の僕っ娘を見るのは、初めてだ。
宮田ちゃんは駅の方へと向かって歩き始める。当然のように夜勤の男連中が宮田ちゃんへと付いていき、俺の隣に座っていた大学生の男が、執拗に宮田ちゃんへと声をかけ続けていた。
「宮田ちゃんって今高校生だよねー? 定時制に通ってるんだって?」
「はい」
「どこの学校? 何科に通ってんの?」
「あは。まぁ……内緒です」
「えー何? なんで秘密にすんのー?」
酒が入って調子に乗っている大学生の男が、馴れ馴れしく無遠慮に宮田ちゃんへと質問を投げかけている。
少しだけ離れてその様子を見ていた俺は、大学生の男が宮田ちゃんへと近づこうとするも、近づかれた分だけ距離を取る宮田ちゃんの姿を目撃した。
大学生の男を恨めしく思っていた俺にとって、その光景は、実に愉快に思えた。
「くくっ」
宮田ちゃんは笑顔を絶やさないが、きっと、迷惑に思っているのだろう……それはそうだ、初対面でズケズケとプライベートを聞き出そうとするから、そうなるのだ。
警戒心の薄い馬鹿女ならペラペラと自分の事を喋るのかも知れないが、宮田ちゃんはそうでは無いらしい。恐らく嫌われている。ざまぁない。
送別会の会場だった居酒屋は駅から歩いて五分程度の場所にあり、路地を二度ほど曲がればすぐさま一階建ての駅が見える。この街においては最も大きい駅ではあるのだが、夜も更けてきている事もあり人の通りが少なく、なんともさみしげに見える。
「宮田ちゃん家どこー? 家まで送っていこうか?」
大学生の男がニヤニヤとした笑顔を浮かべながら、宮田ちゃんに続いてICカードを使い改札を通り抜け、すぐさま宮田ちゃんの隣を歩く。当の宮田ちゃんはと言うと、流石に嫌気がさしてきたのか、太陽のようだった笑顔は陰り、うつむきながら「はは」と、愛想笑いで返す。
「……僕、ちょっとトイレに寄ってから帰るので、皆さんは気にせず先に帰ってください。お疲れ様でした」
宮田ちゃんはそう言い、夜勤の男連中に向かって頭を一度ペコリと下げ、駅構内にあるトイレへと向かって歩いていった。
いい加減、迷惑しているという事に薄々気付きつつあった夜勤の男子連中は、少し残念そうな顔をするも「お疲れ様です」と言い、仲間内で話をはじめる。その内容は「宮田ちゃん、僕って言ってたな」という、俺も思っていた事だった。
しかし、大学生の男だけは違った。「俺もトイレいこーっと」と言い、宮田ちゃんの隣へと、駆け足で向かう。
……もともと、デリカシーの無い男だとは思っていたが、どうしてああも、無神経でいられるのだろう。宮田ちゃんは主に、お前と離れたいがために、トイレに向かったという事が、何故わからないのだろう。
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