送別会
今日は、数年努めていた朝勤のオバサンが辞めるという事で開かれた送別会で、低い壁で席が仕切られているチェーン店の居酒屋が会場となっていて、今現在コンビニで働いている人以外の全員が集まっている。事前に予約していたお陰か、小さな宴会場のような場所が提供され、宮田ちゃんの姿を目視するのに遮るものが無い。
送別会で全員が集まるという事は、これが初めての事。オバサンとほとんど接点の無い夜勤の人達が集まっているのは、オバサンの人徳では無く、噂の宮田ちゃんと接点を作りたいという下心のためだろう。
かくいう俺も、その中の一人。一度くらいは顔を見ておこうという意識を持って来た。そして今では、どうにか宮田ちゃんと話せないだろうかと考えている。
しかし宮田ちゃんは、建前上の本日の主役であるオバサンの隣をキープしており、オバサンの話を常にニコニコとした表情で聞き続けていた。
「宮田ちゃんの顔が見れなくなると思うと寂しいわぁー」
「時々は遊びに来てください」
「いくわよぉー。宮田ちゃんに会いにっ」
オバサンは自身の肩を宮田ちゃんの身体にグイッと押し付ける。それを受けて宮田ちゃんは「あは」と笑い、同じようにオバサンの身体へと肩を当てた。
このやり取りを見ているだけでも、宮田ちゃんが朝勤のオバサン連中にどれほど人気があるのかが伺える。
オバサンというのは、自分の意に反する人とは、決して仲良くならない。何故か敵対意識を持ち、時には夜勤連中の仕事の仕事が雑だという理由でクレームしてきたりもする。
そういった閉鎖的で攻撃的な感覚が、夜勤の男子連中と相容れない理由となっているのだろう。
しかし宮田ちゃんは、若干十六歳という若さにして、オバサン連中の中に上手く溶け込めているようだ。
きっと、素直でいい子なんだろうなと、思う。それだけに、オバサンの感覚が宮田ちゃんに移ってしまわないかと、不安になる。
人は、慣れると調子に乗る。特に今みたいにチヤホヤされていると、自分が偉いんじゃないかと勘違いし、新人だと言うのに先輩にタメ口を使ったり、指示したりしてくる。今の朝勤のオバサン連中がいい例だ、仕事の引き継ぎのノートで、夜勤の仕事内容について言いたい放題書かれているのが現状。
もし、宮田ちゃんが夜勤に対するクレームを書き出したりしたら、とても残念だ。
「工藤さん」
宮田ちゃんの姿を見つめ続け、それを肴にビールをあおっていた俺に、隣に座っている大学生の後輩が話しかけてきた。
「ね? 宮田ちゃん可愛いでしょー」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、まるで自分の手柄かのように語るその表情に、多少腹が立つ。
「まぁ、悪くはないよ」
「えーっ? なんスかその感想。めっちゃ可愛いじゃないスか。めっちゃ見てたじゃないスかー」
図星をつかれ、俺は意図して表情をしかめる。
「見てねぇよ」
「チッ……なんでいっつも認めねぇんだろうなーこの人」
後輩は酒が入った影響か態度が横暴になっており、小さく舌打ちをして俺から目線を外して前髪をいじりながら、ゆっくりと腰をあげて、宮田ちゃんのほうへと近づいていった。
いやらしい笑みをニヤニヤと浮かべながら、声をかけている。それに気付いた宮田ちゃんは一瞬戸惑った表情をみせるも、ニコッと微笑み、首を多少上下に動かしながら、後輩の話を聞いていた。
俺に足りないのは、素直さと積極性、なのかもしれない。
だから今まで生きてきた中で一度も、彼女が出来なかったのかも、知れない。
そんな事を思いながら、俺は二人のやり取りを見つめ、イラつきを落ち着かせるためにグラスに入ったビールを飲み干す。
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