人から貰えるエネルギー

 午後九時を過ぎ夜の営業を終えて、俺はお店兼オヤッサンの家のシャワー室を借り、身綺麗にしてから夜勤のコンビニへと向かった。コンビニでの勤務時間は平日の午後十時から午前二時まで。客はかなり少ないが搬入の量が半端では無いほど多く、俺はそれを捌くための人員と言えるだろう。

 昨日から全然眠れていなく、身体のほうはシンドイはずなのだが、精神的なモチベーションはかなり高い。

 ほんのすこし。数十分だけ。宮田ちゃんと会話をしただけだと言うのに、これだ。身体のどこからかエネルギーが湧いてくる。


 人との会話を否定していた訳では無いが、出来る事なら会話をしたくなかった。それは、興味を持たれると、自身の事を話さなければいけなくなるから。自分の人生なんて、とても人に話せるような内容では無い。

 それに加えて、意外にも大人というのは、大人では無いと、知ったから。コンビニで声を荒げるのも、人にイチャモンつけるのも、三十をゆうに超えた、人生経験豊かなはずの、大人ばかり。落ち着かせようと声をかけても、さらにヒートアップしてしまう。結局は契約している警備会社へと連絡し、全てをそちらに委ねる結果となってしまう。

 そんな人達と、どう接すればいいのかすら、わからない。自分の父親だった男もそのような人間で、特殊な部類だと思っていたのだが、実はそうでも無い事が社会に出てから解ってしまい、人間に対して落胆してしまった。

 そういった期間が積み重なり、積み重なり、俺は捻くれ、人を疎ましく感じていた。

 そんな俺が、宮田ちゃんを初めて見た時から、会話をしたいと、思った。そしていざ会話をしてみたら、かつてないほどのやる気が、俺の中で湧いている。

 これは……いくら捻くれ者の俺としても、認めざるを得ないだろう。


 俺は、宮田ちゃんが好きになっている。


 見た目の美しさもそうだが、話をしてみた時の、感じの良さ。彼女の持つ、とても柔らかく暖かな空気感。

 そして、あの若さにして、昼間に働き、夜に学校へと通っているという不思議さ。

 その全てが、俺の興味をかきたてる。

 知ったら、知った責任が生まれるが、知りたい。

 知りたい。

 考える事は、宮田ちゃんの事ばかりだ。


 コンビニでの作業中、やはり後輩の大学生はトイレへと向かい、サボる。

 普段なら嫌な気分になっていたのだが、今日の俺はそれを許容できる心の広さを持っていた。

 十分後にヘラヘラとした表情で「うぃーっす」と言いながら帰ってきた後輩に対して、俺は「あーぃ」と返事をする。

 すると後輩の大学生は少し驚いた表情を作った。返事が貰えるとは思っていなかったのだろう。

 俺だって、返事が自分の口から出てくるとは思っていなかったので、少し驚く。宮田ちゃん効果は、こんなにも強いもののようだ。

「……うぃーっす」

「あいあい」

「なんか良い事でもあったんスか?」

「別に」

「……そうスか。あ、そういや今日の昼間、宮田ちゃんに会いに来たんスよー」

 思えばこの男は、可哀想な男だ。昼間に宮田ちゃんへと会いに行くほど社交的ではあるが、不誠実であることを宮田ちゃんに見抜かれ、煙たがられている。

 そんな事も知らずに、この男は俺に「いやー、やっぱ宮田ちゃんは可愛いッスわ。制服めっちゃ似合ってましたよ」なんて言っている。

 会話の内容を話さないのは、話せないからなのだろうな。会話らしい会話を、していないのだろう。

「そうなんだ」

「いやマッジっで半端なく可愛いッスよ。惚れたなー。彼氏いんのかなー。なんも教えてくれねぇんスよねぇ」

 教えてくれないのは、お前が無礼すぎるからだ……俺は聞いてもいないのに、色々と話してくれたぞ……という言葉が浮かび、思わず「くくっ」と小さく笑う。

「お前、彼女いんじゃん」

「居ますけど……宮田ちゃんのほうが全然可愛いッスからねー。宮田ちゃんと付き合えたら今の彼女とはバイバイですわ」

 かなりサイテーな事を言っている。可哀想と思った事は無かった事にしよう。

 こんな男に宮田ちゃんが引っかかる訳がない。意に介する必要すら無いと感じる。

 しかし、当の宮田ちゃんは迷惑しているのだから、なんとかする事は出来ないだろうか……なんて事を考えてしまう。


 夜勤の仕事を終え、俺は一駅分の距離を自転車に乗って帰る。家族を起こさないようにゆっくりと玄関を開き、そのまま風呂場へと移動してシャワーを浴びる。仕事終わりに体を綺麗にしないと、落ち着かない。

 働いている最中は全身にやる気が漲っていて疲れなんて感じていなかったが、家に帰ってくると前日から続いている覚醒状態に体が悲鳴を上げていた事に気が付いた。布団にもぐればすぐにでも眠れそうである。

 俺は風呂場から出て冷蔵庫を開き、冷やしてある麦茶をコップへと移し、自室へと向かって歩き始めた。

 市営の集合住宅であるこの家は、部屋数でいうとリビングを抜かして二つしかなく、母親と妹は相部屋だ。家賃を払っている俺が四畳半とはいえ、一人部屋を使わせてもらっている。

 自室へと入り、パソコンをつけ、いつも通り動画投稿者の動画を流し、麦茶を飲み、布団へともぐる。

 目覚まし時計へと視線を向けると、すでに午前三時を過ぎている。明日も十時過ぎから昼の仕事が始まるので、俺は動画の音を小さくし、目を閉じた。

 あまりにも疲れている時は脳が閉じていくのと、布団に吸い込まれていくかのような感覚がわかる。今日はどうやら、その日らしい。

 俺は心地よい疲れに溺れるように、眠りに入った。

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