運命に死ねと、言われている

 椅子へと腰をおろした俺は、足の震えを感じていた。なんだか両足が落ち着かない感覚。自然と小刻みに貧乏ゆすりをしてしまっている。

 それすなわち、心の動揺なのだろう……俺は自身を落ち着かせるために鼻から思い切り息を吸い込んで、ゆっくりと口から吐き出す。そして膝を思い切り地面に押し付けて、足の震えを押さえ込む。

 情けない……女性慣れしていないのが、バレバレだ。

「今日ですねー」

 宮田ちゃんの顔を見る事が出来ず、オヤッサンの調理している姿をガン見していた俺に、宮田ちゃんが話しかけてきた。

 その瞬間、全身にチカラが入る。ついには両足を押さえつけている両腕までもが、プルプルと震えだした。

 好きな女性と話す時くらい、言う事を効いてくれ……。

 好きな女性と話す時だからこそ、震えるという事は重々承知だが、言う事を効いてくれ……。

「……うん」

 俺はなんとか絞り出すように、相槌を打つ。

「十四時にバイトが終わった時、またアイツが来ましたよ。名前わからないんですけど、あの不誠実そうな人。シフト把握されてますからねー。困ったもんです」

 宮田ちゃんの、少し困ったかのような声色が、俺の心臓をキュッと締め付ける。

「付きまとわられるの、あまりいい気分がしないんです。ここだけの話、過去にストーカー被害に合った事がありまして……その時にお腹、刺されてしまって……」

「えっ!」

 俺は驚き、思わず宮田ちゃんの顔を見た。

 宮田ちゃんは眉毛を垂れ下げ、口元をキュッと締めながら、俺の顔へと視線を向けている。瞳だけはなんとか、優しいと感じる印象を持たせてくれた。

 その表情から感じとれる、悲しみの感情と、勇気の感情……俺の鼓動は、どんどんと早くなっていく。

「ここだけの話」と前置きした以上、この話は、滅多に他人にする訳では無い事が、伝わってくる……。

 何故、俺に、こんな話を……。

 知り合ったばかりの俺に、こんな話を、している……。

「……ストーカーに合った事、気にしないようにしてたんですけど、今年の春に、北海道から埼玉に引っ越ししてきて、友達も知人も居なくて心細い毎日を送っている中での、彼のあの行為は、なかなか精神に来るものがあるなーって、感じてます。彼の怒りを買ってしまい、今にもポケットからナイフを取り出して、刺されるんじゃないかって、思っちゃうんです」

「あ……ぅ」

「……そういう過去もあって、敵を作らないように、愛想よく振る舞っていたんですけど……ははっ……あぁーっ……それが仇になったんですかねぇ。なんで僕ばっかり、こんな目に合うのかなぁってっ……鬱な気分になりますっ」

 宮田ちゃんは「ははは」と笑いながら、顔を隠すように両手の指を前髪へと差し込み、テーブルに項垂れた。髪の毛の間から僅かに見える口元は、唇を噛み締めている。

「……あー、ふはは。ごめんねトモー、こんな愚痴、言うつもりじゃなかったんです。御飯食べるついでに、世間話できればなーって思って、来ただけなんですけどねぇっ……」

「み……」

「いっぱい、いっぱい、大切なものを北海道に置いてきて、失って、その先にあるものが、こんな現実だなんてっ……僕もうっ……」

「宮田ちゃん……」

 宮田ちゃんは顔を上げ、涙をボロボロと流し、俺の顔を見つめた。

 宮田ちゃんの表情には、もう、笑顔の欠片さえ、残っていない。

 悲しみに染められた、弱々しい、十六歳の、表情だった。

「運命に死ねって言われてるように、感じるぅっ……」

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