好きに、なっている

「……宮田ちゃんは、魚とか好き?」

 俺がそう問いただすと、宮田ちゃんは右手の親指と人差し指で自身の顎を挟み、少しうつむいた。

 その際の「んー」という悩んでいるかのような声が、とても可愛らしい。

「どちらかと言うと、お肉のほうが好きー……かなー。あ、でも、家じゃあ魚って調理めんどくさくて、滅多に食べないんですよねー。トモーがオススメするなら、魚料理にしておこうかなー」

 宮田ちゃんはブツブツと呟きながら本気で悩んでいて、表情が少し険しくなっているように見える。

 少しだけ眉毛を眉間に寄せているその顔も様になっており、本当に文句の付け所がない。

 考えてみれば、女優なんかが演技で怒った表情をしているのを見ても不快感が沸かないのは、その様子すらも綺麗だからなのかも知れない。

 まぁ、綺麗だからと言って、ファンになるどころか、名前すら覚えられないのだが。

 やはりテレビの向こう側の人間は、遠い存在のように思えて、現実感が沸かない。同じ人間とすら、思えない。

「好き嫌いとかある? タラの酒粕漬け焼きとか、美味しいけど」

「酒粕漬け……あー、食べたこと無いですねぇ。それにしようかな」

 食べたこと、無い……?

 確かに家庭料理として出されるイメージは無いが、和食屋や、うちのような大衆食堂では、塩の焼き魚や煮付けの次にメジャーな魚料理のように思っていたのだが、そうでもないのだろうか。

 それとも、あまり外食をする家庭ではない? するにしても、和食を好まない?

 なんだかまたひとつ、宮田ちゃんの謎が増えてしまった。

「うん、じゃあ、トモーオススメの、タラの酒粕漬け焼き定食ひとつください」

 宮田ちゃんは「トモーオススメ」という部分を強く強調し、机に肘をつき、手の平に顔を乗せ、にこやかな表情を浮かべる。

 ……トモー……。

 凄く、くすぐったい。

「……はい。オヤッサン、タラ定食ひとつ」

「あぁいよーうっ! トモはからあげでいいな?」

「あ、はい、さっきの失敗した肉使ってください」

「あいよーっ! とりあえず座って待っとけー」

 頭に巻いていた白いタオルを取り、ペタンコになっている髪の毛を手ぐしでとかしながら、客室のほうへと向かう。そしてすぐに、俺は戸惑ってしまった。俺は一体、どこに座るのが正解なのだろう……。

 宮田ちゃんは今日も店に来てくれた。俺の事を悪く思っていないという事は、これで本当に確定したと言ってもいいだろう。故に、遠くに座るのは、流石に失礼だと思う。

 しかし、じゃあ、だからって、隣……?

 隣が、正解だという事なのか……?

 いや、そんな、馬鹿な……いくらなんでも、知り合ってまだ数日の娘の、隣に座るというのは……そんな事、していい訳がない。

 ひとつ席を空けた、隣……? それが、無難なのか?

 あぁ……分からない。なんで俺は座る席ひとつで、こんなに悩んでいるんだ? いつもの「どうでもいい」「なんでもいい」思考は、どこにいった?

「おめぇーいつまで突っ立ってんだよ。早く座って嬢ちゃんの話し相手してやれよ。気が利かんのぉー。なぁー嬢ちゃん?」

「ふははっ。ねぇーオヤッサン? 早く座ればいいのにぃ」

 宮田ちゃんは自分が座っている席の隣の椅子を引き、俺の顔を見つめた。

 目を細めて微笑む宮田ちゃんは、俺の脳へ深刻なダメージを負わすのに、十分な破壊力を持っていた。


 あぁ……好きに、なっている……。

 彼女の事が、今、たった今、心底好きに、なってしまった……。

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