迷惑

 俺は宮田ちゃんの涙を見て「何故話す」というレベルでは無く「話さなければ潰れてしまう」という事を、急激に理解した。


 俺は、宮田ちゃんが何故俺なんかに、自分の内情を話しているのかと、思っていた。それは、俺自身が人に自分の事を、話すような人間では無いから。話す事が恥ずかしい事だと、思っているから。

 もしかしたら、宮田ちゃんもそうなのかも知れない。

 一昨日の大学生とのやりとりや、昨日ここで話をした内容から、そうなんじゃないかと、思わされている。一昨日辞めたオバサンや俺以外の人には、話せていないように、思える。

 つまり宮田ちゃんは、人を選んでいるという事。

 そんな彼女は今、追い込まれている。話さなければ、潰れてしまうのだろう。話さずには居られなかったんだろう。

 ストーカーにお腹を刺された過去が蘇り、脳を侵食して、精神を疲弊させられ、死を、意識させられている……そんなの、話さずには、居られない。

 助けを求めずには、いられない、だろう。

「あの……えっと……俺が、アイツに昼間、コンビニ行かないようにって、言っておく」

 俺が店のペーパータオルを差し出しながらそう言うと、宮田ちゃんはそれを受け取り自らの涙を拭くものの、自身の首を左右に、振った。

「なんて言うんですか……? 僕に愚痴られたからって、言うんですかっ……?」

 ……あぁ。そうか。

 宮田ちゃんの名前を出す事は、出来ない。それこそ相手の神経を逆撫でするようなもの。

 二人で会い、お前の愚痴を言い合って、意気投合した。お前は邪魔者だ。今後一切、関わるな……どれほど丁寧な言葉で言い繕っても、そう受け取るだろうし、事実その通りなんだ。それで気を良くする人間は、居ない。

 過激な奴なら、それでブスリと刺すなんて事も、考えられなくもなく、俺は身体をブルリと震わせ、兄貴を思い出した。

「警察……」

「警察なんて、実害がなきゃ動きませんよ……つきまとわれている証拠を集めるにしても、期間が短すぎます。証拠に、なりません……暴言吐かれたり、脅されたりした訳でも無くて、ただ僕が、怯えているだけっていう、状況ですから……」

 宮田ちゃんは多少落ち着いてきたのか、鼻をグズらせているものの、とても冷静な態度と言葉で、俺へと反論をする。

 十六歳で、そこまで理解している……という事に驚きの感情が沸いたのだが、自分が受けている被害の事なのだから、調べに調べ尽くしたのかも知れない。

 シッカリした、女の子だ。そこは素直に、凄いと思う。

「……ふはは、僕、何を偉そうな事を言ってるんでしょうね……嫌な気分にさせて、ごめんなさい……」

 宮田ちゃんはテーブルに両腕を組むように乗せ、そこに自身の顔を埋めた。そしてそのまま、動かなくなった。

 宮田ちゃんはどうやら今、自責の念まで抱いている。

 ……良く、わかる。その感情は、凄く、凄く、良く、わかる。

 精神が参ってしまった時、俺も「自分なんてクズだ」という気持ちに、なっていた。自分なんか何言っても駄目なように、思っていた。

 それが続いて、今の俺が、出来上がったから。本当に、良くわかる。

「嫌な気分に、なってない。なんとか出来ないかって、思ってる」

「……そんな、いいです。こうしてお話聞いてくれるだけでも、結構、楽になります」

「なんとか、するよ」

「……嫌な気分になってないなら、これからもちょくちょく寄らせて貰って、愚痴聞いてくれるだけで、十分ですから」

「なんとか、するって」

「……ホントに、いいです。ありがとうございます」

 この会話以降、二人は黙り込んでしまった。

 からあげを揚げる際に出るシュワシュワという音しか、俺の耳には届いてこない。


 迷惑や余計なお世話……なのだろうか。

 あの時の俺は。全力で助けを、求めていたのだが。

 迷惑、なのだろうか……。

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