絶対
宮田ちゃんは「ふぅ」という声を上げて箸を置く。その表情は少しだけ苦しそうに見えた。
まだほんの三分の一を平らげただけで限界らしく、どうやら本当に少食のようだ。
「うー……食べすぎました」
満腹である事をアピールするように、宮田ちゃんはペタンコのお腹をポンポンと叩いた。その所作に嫌味はなく、とても可愛らしく見える。
俺はその姿を横目に、カウンターの下に置いてあるお持ち帰り用のパックを二つと袋を取り出し、からあげ定食の隣にそっと置いた。
「これ、使ってね」
「あはっ」
宮田ちゃんは笑い声を上げて、俺の顔を見つめた。
なぜだか、ジィっと、細めた目で、見つめられている。
なんだろう……この間は本当に、一体何なのだろう……俺は何も言えず、宮田ちゃんも何も言わない。
俺はこの間に耐えられず、宮田ちゃんから視線を離し、今度は豚肉のブロックをカツにするための処理へと移る。
心臓が、バクバクと高鳴っているのを感じ、包丁を持つ手が、言う事を効かない……。
「ありがとうございます、工藤さん。おうちで食べます」
宮田ちゃんは弾む声でそう言い、ガサガサという音を立てる。どうやら残り物をパックに詰めているようだ。
「いや、うん……時間たっても、多分美味しいから」
「多分ってなんじゃー。お嬢ちゃん、時間たってもメッチャ美味しいからなー! 全部食べてな!」
俺の失言を聞き逃すことなく、同じく夜の分の食材を下処理していたオヤッサンが口を挟んできた。
初対面のお客でも無遠慮にタメ口で話せるオヤッサンの性格が、ほんの少しうらやましい。
「ふははっ。はい。全部食べます」
宮田ちゃんは弾む声で、笑い声をあげた。
やはり、俺に足りないものは、社交性と、積極性、それと素直さ、みたいだ……。
もっと明るく話が出来れば、恐らく宮田ちゃんから悪く思われていない俺は、もう少し仲良くなれたのかもしれない。
こんな俺が、仲良くなっても良いかどうかは、別にして。
「それじゃあ、僕そろそろ行きますね」
その声が聞こえて俺は宮田ちゃんへと視線を向けた。宮田ちゃんは席を立ち、レジのほうへと向かっている。それを受けて俺も下処理の手を止めて、手をタオルで拭いてレジの前へと立った。
「からあげ定食ひとつで、七百五十円です」
「はーい。安いー」
宮田ちゃんはニコニコと微笑んで、持っていた小さなバッグから、これまた小さく、何故かクワガタのイラストが多数描かれている財布を取り出した。何だかずいぶん古いものに見える。
小銭入れかと思ったのだが、どうやらお札を折りたたんで入れているらしく、三つ折りになっている千円札を取り出して、広げて俺へと差し出した。
「これでお願いします」
「はい、それじゃあ二百五十円のお返しです」
宮田ちゃんの手を見つめて、俺はお釣りを手渡す。
その時にはじめて気がついた。宮田ちゃんの手は、少し荒れている。
薄皮がところどころはがれており、指先はタコのように変色している。指の間が真っ赤になっており、水につけると痛そうだ。
コンビニでの洗い物が原因なのか、家事をしているためなのか、その両方か……。
十代の女の子が持つ手としては、なんだか、悲しい。
どういう生活を、しているのだろう……なんて、余計な事まで考えてしまう。
「美味しかったです」
宮田ちゃんはお釣りを受け取り、それを財布へとしまって、笑顔を俺へと向けた。
「ごちそうさまでした。絶対、また来ますね」
「えっ」
「おじさんー、ごちそうさまです! また来ますねー」
「あぁいよっ! またなー!」
宮田ちゃんは俺の後ろで作業をしているオヤッサンへと大きく手を振り、最後に俺の顔を見て、小さく手を振った。
……絶対って、言っていた。
絶対、また来ると、言っていた。
「はは……」
血がみなぎるのを、感じる。
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