第18話「義姉スティックバイオレンス」

 レヴェナント現象の研究家であり、ニンファエアとサーシスの唯一の専門家でもある久遠凛花は、俺の義姉あねだ。


「ごめん、お義姉ねえちゃん」


 それを聞いた義姉は満足気な表情を浮かべ、顔から手を離す。

 彼女は俺の顔をじっと見つめ、ゆっくりと問いかける。


「それで、隼人はこんな夜中に何しに来たの?」


 俺が、義姉に会いに来る理由など一つしかないのに、彼女はいつもこの問いかけをする。

 俺はいつもの答えを返す。


「ニンファエアを打ったんだ。だから、お義姉ちゃ――」


 バチン! と俺の答えを遮るように、左頬を叩かれた。これもいつもの流れだ。


「また打ったんだね? 理由を聞かせて?」


 俺は左頬を押さえながら、何とか義姉を刺激しないように、慎重に答える。


「2体のレヴェナントと対峙した時、止むを得ず使ったんだ」


 それを聞いた義姉は深い溜息をつき、俺の肩を掴んでそのまま壁に押し付ける。彼女の視線は、一直線に俺の目を捉え続けている。


「隼人は、嘘つきなのに嘘が下手だね。わたしが嘘つかれるの嫌いだって知ってるよね? それなのに嘘つく隼人は、ドSだね……」


 壁に抑えつけられたまま、腹を殴られる。どう考えても、ドSなのは義姉の方だ。ガハッという声が漏れ、口から血を吐き出す。


 義姉の手が俺の顔に触れる。俺は、条件反射でビクッと動いてしまう。

 彼女は、そんな反応を愛しそうに見つめ、口元についた血をスポイトで吸い上げる。

 吸血鬼もびっくりの採血方法だ。


「とりあえず、結果は一週間後に出ると思うから。またここに来なさい」


 そう言われたけど、俺は知っている。採血の結果なんて、すぐに分かることを。

 だが、それを指摘するとどうなるかは想像に難くない。本当に悪い結果ならば、流石の義姉もすぐに連絡するだろう。


 用が済んだので帰りたいのだが、義姉にその気はないらしい。彼女は俺の身体を抱きしめ、あやすように囁く。


「ねえ、隼人? また誰かを守るために、ニンファエアを打ったんでしょ。隼人のそれはね――恩着せがましい自傷行為と変わらないんだよ? 今回、隼人のヒーロー気取りなリストカットに付き合わされたのは、だーれ?」


 ヒーロー気取りなリストカット、実に義姉らしい、辛辣で、けれど的確な表現だ。義姉は天敵であり、一番の理解者でもある。だから、会いたくないのだ。


「聞くまでもないね。だって、その娘の匂いがまとわりついてるもん。まるで、縋ってるみたいに」


 抱きしめる力が強くなる。抱きしめるというより、抱き絞める感じだ。義姉の白衣の匂いに包まれていく。


「ニンファエアもサーシスも、隼人を苦しませることしかしないよね。これを作った人は、さぞかし隼人が嫌いだったんだろうね」


 白衣の匂いと義姉の言葉、嗅覚と聴覚があの人の姿を浮かばせる。嫌いだったんじゃない、何の関心もなかっただけだ。


 義姉は、俺の頭を撫でながら、少しだけほんの少しだけ期待するような声で言う。


「ニンファエアで還ったとき、隼人は誰に会ったの?」


 俺は義姉の問いかけに、嘘八百に真実零を混ぜて答える。


「お義姉ちゃんだよ」


 義姉は少しだけ悲しそうな表情を浮かべ、俺を優しく抱きしめた。


「うそつき」


 嘘をつかれることが嫌いな義姉が、手を出すことはなかった。



 義姉の研究室を出る頃には、日を跨いでいた。


「終電逃したら、泊めてあげる。研究室には、包帯とかもあるから大丈夫」


 何が大丈夫なのか、全くわからない。泊まりにいるのは歯ブラシとかタオルで、包帯など必要ない。

 俺は、必死の思いで駅へと駆け出した。


 ***


 無事、終電に間に合い、社寮の自室に帰宅する。ドアを開けようとするが、既に鍵は開けられていた。


「隼人くん、遅かったね……」


 中には、二、三人どころか、五、六人は殺ってそうな表情を浮かべた、我が梵南高校のアイドル、二階堂可憐がいた。


 どうやら日を跨いだことで、おとめ座の力は終わってしまったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る