死体蹴りが必要になった社会

ごんの者

1章 死体蹴りが必要になった社会

プロローグ「レヴェナント」


 ――西暦2050年、とある現象が社会の構造を激変させた。


 死んだ人間が、二週間以内に蘇る。必ずしも全ての死体が蘇るわけではなく、そこに規則性は見出されなかった。


 蘇った死体には、死ぬ前に強く脳内に刻まれていた出来事や思考が僅かに残る。しかし、生前の意識が戻ることはない。彼らは生者を殺すという本能的欲求に従い、動き続けるのだ。


 国連は、この蘇った死体を"レヴェナント"【還ってくるもの】と名付け、すぐに各国に対策本部を設置した。


 レヴェナントは、喉仏の部分が十字架の形に変異している。仏が十字架に変わるのだ。

 この部分が破壊される、若しくは活動後40日が経過すると、彼らは再び還るべき場所に還っていく。


 国連は、レヴェナントに対抗するため、とあるスペシャリストを集めた。その生業は、一部からは「死体蹴り」と揶揄される。


 彼らの名は、"エンバーマー"


 元々エンバーマーとは、遺体の長期保存を可能にする遺体衛生保全師のことであった。

 しかし、全ての遺体がレヴェナントになる危険性を孕んでしまった現在では、遺体及びレヴェナントに関わる者全てが、エンバーマーと呼ばれている。


 エンバーマーは死亡届が届けられると、すぐに遺体のある場所へと派遣される。

 そこで遺体を二週間監視。万が一レヴェナントになってしまった場合、その場で喉元の十字架の部分"コア"を破壊し、被害を最小限に食い止める。

  彼らは公的に武装することが許可されており、レヴェナント討伐の為の武装行為が容認されている。


 また、民間人も、銃の所持を国に申請することで認められており、レヴェナントに発砲することのみ許可されている。

 しかし、治安や安全性の問題で、銃の所持の認可を得るためには厳しい審査を通過しなければならない。

 審査を通過したものには、国から対レヴェナント専用銃が支給される。この銃は、グリップの部分にAR(Anti Revenant)の二文字が偽造不可のマークとして刻まれていて、女性にも撃ちやすいよう反動を極力抑える設計になっている。


 死体の存在を確認したのにも関わらず、それを報告しなかった場合、発見者は重大な罪に問われることになる。親族であれば、身内の死後24時間以内に必ず死亡届けを出さなければならない。



 レヴェナントが現れるようになって、既に50年ほどが経過した。人類はあまりにも大きな被害を受けながらも、社会を変えることで適応してきた。


 "死"という概念は、この50年間で大きく変わった。そこに広がるのは、死体が蘇ることが当たり前になった社会。


 レヴェナントはゾンビではない。

 

 彼らは死ぬ直前の姿になって蘇る。たとえ遺体が腐っていようとも、骨や灰だけになっていようとも、蘇るときは生前の最後の姿だ。

 二度と会えない人に再び会える。だが、そこに再会の喜びはない。


 誰かがやらねば、誰かが悲しむ。だから、彼らは今日も死体に鞭を打つ。

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