第7話「IEA東京第1支部」

 二体のレヴェナントと対峙した翌日、俺はきついお叱りを受けていた。

 ここは、俺と可憐が所属しているIEA(国際エンバーミング協会)東京第1支部の受付である。


「遺体を遺族のもとに返すのは、エンバーマーの仕事ではありません!」


 オペレーターの朝霞あさかさんが、そう言いながら始末書を渡してくる。


「ただでさえエンバーマーは仕事の性質上、任務外で遺族とは関係を持ってはいけないんです。今回は、理解ある遺族の方で良かったですが、そうでない人もいます。その時、辛い思いをするのは久遠くんなんですよ!」

「すいません。どうしても早く家に帰してあげたくて……」


 俺は悲しげな表情をして朝霞さんを見つめる。


「もう、久遠くんはレヴェナントに感情移入しすぎなんです! 次からは気をつけてください!」


 朝霞さんは、お母さん気質な性格をしている。心配性で常に周りに気を配ってくれているのだが、こういう場面になるとお説教が長くなる傾向がある。俺のことを心配してくれているのは嬉しいが、このままだと30分は続きそうな気配がしていた。そんな時には、こういう技術が必要になってくる。


「第3支部の東雲さんが、うまくフォローしてくれたお陰で支部間の問題にはなりませんでしたけど、変な火種は作っちゃダメですよ!」


 どうやら東雲さんは、第3支部の方へ上手くフォローをしてくれたみたいで、そちらからのお叱りを受けることはなかった。


「あと東雲さんが、久遠くんのことを大層気に入っていましたよ。相変わらず歳上をたぶらかすのがお上手なんですね……」


 冷めた視線を送る朝霞さん。誑かしたつもりはないが、歳上に気に入られるように生きてきた。その名残があるのかもしれない。


「その辺にしてやりなよ、朝霞ちゃん。キリスト教でも神父の説教が長くなりすぎると、聖書の真理よりも語り手の人格が溢れ出ちまう」


 すらりとした長身の背恰好、後ろ髪をゴムでまとめ、口元には無精髭。する人がすれば浮浪者にも見えてしまう格好だが、悔しいことに様になっている。


真司しんじさん、任務終わりですか?」

「ああ、通夜から告別式まで見てきた。しかし、仏教徒の葬式は、お経を聞いてるだけで相変わらず退屈だな」


 彼は京極 真司きょうごく しんじさん。10年前からエンバーマーの仕事に就いていて、第1支部ではベテランに当たる。胸元に光っているのは、ロザリオと呼ばれる十字架のペンダントだ。


「京極さん、戻っていらしたんですね。報告ではレヴェナント化はなかったと届いていましたが」

「二週間監視してたが、遺体はぐっすりお眠りだったよ。おかげさまでこっちは寝不足だ」


 そう言いながら、真司さんが俺の頭をポンポン叩く。


「それで、隼人は何をやらかしたんだ?」

「勝手に遺体を遺族の元に届けてしまったんです、幸い大事にはなりませんでしたが」


 真司さんは、納得したような声をあげる。


「そりゃあ、朝霞ちゃんも心配するわな。通りでお説教に母性が溢れ出てるわけだ」


 そう言ってケラケラ笑っている真司さん。すると、入り口の方からそれを諌める声が聞こえた。


「母性って、朝霞ちゃんはまだ24よ。それにそういう発言は最近だとセクハラになるわよ」


 声の出どころに目をやると、ピシッとしたスーツ姿の女性が立っていた。普段の活動的な服装とは違い、明らかに外向きの格好だ。


「最近は世知辛いな、母性もセクハラなのか。セクハラ用語集でも作ってくれないと、おっさんが喋れなくなっちまうぞ」


 真司さんのセクハラを諌めたのは、瀬古 透子せこ とうこさんだ。ボーイッシュな見た目にサバサバした性格をしている、我が第1支部の副支部長である。


「もう疲れた……! あんな会議ならメールで済むじゃない! それもこれも全部支部長のせいだわ」


 現在、うちの支部長はニューヨークの国連本部に行っている。その間は、透子さんが代理を務めているのだ。

 透子さんは俺がしでかした面倒事を聞き、心底嫌そうな顔をこちらに向けた。


「はあ……そういう面倒事は支部長がいる時にしなさい」


 透子さんが疲れ切った目で俺を見つめる。


「いいえ。隼人くんは支部長がいる時でも、面倒ごとをちゃんと起こしています」


 透子さんの非難の目から逃れようとする俺に、朝霞さんが要らないフォローをしてくれる。

 それを皮切りに、透子さんと朝霞さんが俺への愚痴で盛り上がり始めた。


 真司さんは、俺に向けて十字を切って祈りを捧げてくれたが、無宗派の俺に届くことはなかった。

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