第15話「縋るなら俺に縋れ」

 骸骨のような男が俺に視線を向ける。


「――お前が、そこのレヴェナント2体を仕留めやがったのか……」


 軽く舌打ちをして、爬虫類のような鋭い眼光をこちらに放ってくる。


「せっかく、そこの馬鹿女に死体の管理をやらせてたのによ。台無しじゃねーか」


 こいつが、葉月さんに死体を送っていた人物なのか?

 取り敢えず、IEAから派遣されたエンバーマーではなさそうだな。


「あんた、エンバーマーじゃないよな? どうしてそのリストバンドを付けている?」


 この男がつけているリストバンドは、間違いなくIEA製でエンバーマー用のものだ。一般人に出回るような代物ではないはず。

 男はリストバンドを見せつけるように、こちらに向ける。


「これか? うちのお得意様の教祖がな。元エンバーマーで、辞める際に製造データを持ち出したらしいんだわ。そこで量産されてるのを、売ってもらってるわけ」


 元エンバーマーでお得意様の教祖ね。副支部長の透子さんが言っていた宗教団体を思い出す。


「『懺悔の教室』だっけか? あんたもそこの教徒なのか?」


「俺は、あんなくだらない宗教なんて崇めてねえよ。ただあそこの団体は、"原石の死体"をかなり保持してるんでな。うちの団体とはビジネスライクな付き合いなのさ」


「じゃあ、あんたは葉月さんとはどういう関係なんだ? 失礼かもしれないが、あまりいい奴そうには見えない」


 それを聞いた男は、乾いた笑い声をあげて答える。


「確かに失礼だが、まあいい奴ではないかな。だが、いい奴じゃビジネスはできねえ。よく覚えときな」


「それと、その女とは大した間柄じゃねえよ」


 男は葉月さんを見下すように一瞥し、吐き捨てるように言う。


「そのビジネス相手の宗教団体から依頼を受けただけさ。"原石の死体"をこの女に管理させておけ、性犯罪者なら喜んで管理するぞ、ってな」


「最初聞かされたときはどんな変態女だよ、と思ったぜ」


 せせら笑う男に、それまで黙っていた葉月さんが声を上げる。


「……違う!! どんな性犯罪者でもレヴェナントになれば、その情欲は消える。それは被害者にとっても加害者にとっても『救い』になるの!」


 葉月さんは、自分が信じていたものが壊れてしまうことを恐れているかのように、声を張り上げる。この考えは、彼女にとって『救い』というよりも『縛り』のように思えた。バラバラになった心を、壊れたままで縛りつけて無理やり固めるための。


「依頼を受ける際、この女の素性を聞かされた」


「この女はな。レヴェナントになった父親を殺したことで、IEAから取り調べを受けたそうだ。その取り調べを担当したエンバーマーが、不幸にも、万道っていういかれた坊さんだったのさ」


「あの禿げのおっさんは、当時、レヴェナント被害を受けた一般人の取り調べを担当していたそうだ。そこで、一般人に有る事無い事を吹き込んでいたらしいぜ」


 レヴェナントと関わった一般人には、事件の詳細や、レヴェナントになった死体の情報を知るために、取り調べを行うことになっている。

 特に身内がレヴェナントになってしまった場合、心に傷を負っているケースが多い。だから、取り調べを担当するエンバーマーは、傷を抉らないように細心の注意を払わなければならない。


「まあ、気の毒なこったな。あのおっさんは、人の心の隙間に入り込むのが上手いからな。父親を殺して隙間だらけの心には、『救い』やら『懺悔』やらの耳障りの良い言葉が、さぞ染み渡ったんだろうな」


 俺は、真司さんが言っていた言葉を思い出す。人は追い詰められたとき、考えることすらしんどくなったとき、すがるための拠り所を求める。葉月さんも生きるためには、それに縋るしかなかったのだろう。


「最近はIEAの監視もきつくなって、死体を管理するリスクも高まってる。だから、こういうリスクヘッジが必要なのさ」


「その女は、教団にもうちの団体にも属していないからな。死体を匿っているのがバレたところで、機密情報が漏れることもなけりゃ、俺らがそそのかしたっていう証拠も残らねえ。使い捨ての保管庫みたいなもんだ」


 そんな男の言い草に、葉月さんが必死に切り返す。


「……違う、あたしは保管庫なんかじゃない……! 救いの為に、自分の罪への懺悔の為に、あたしはあたしなりに行動してきた!」


 男は彼女の言葉を聞き、心底呆れた表情を浮かべた。


「そうだな、お前は保管庫にもならなかった。お前は、何をどう解釈したのかは知らんが、勝手に送られた死体を売ろうとしたり、性欲の強いおっさんに手をかけたりし始めた」


「だから、教団もお前を切ることに決めた。幹部の奴が言ってたぜ、『あの女は思った以上に使い勝手が悪かった。顔は良いから、そういう使い道ならあるかもしれない』ってな」


「そんな……」


 葉月さんは、絶望の表情を浮かべる。そんな彼女に、男は容赦ない言葉をかけ続ける。


「勝手に暴走した挙句、こうしてエンバーマーに見つかった。そんなお前の居場所なんて、どこにもねえよ。このまま罪を背負って捕らえられるか、身体を使って居場所をつくるか、好きな方を選びな」


 男は、最高で最低に下卑た笑みを浮かべた。


「顔だけは良いからな。後者を選ぶなら、うちの団体で匿ってやってもいいぜ。何もかも忘れられるぐらい、救われたと思えるぐらい、可愛がってやるよ……!」


 葉月さんは、膝から崩れ落ちた。それは、必死で縛って無理やり固めた心が、粉々に崩れ落ちていくかのようだった。


「おい、ひとついいか?」


 気に入らないな。救い?懺悔?


 耳障りの良い言葉ばかり並べて、縋るだけ縋らせて、結局救わない。

 そういう意味じゃ、この骸骨男とは少し気が合うのかもしれない。こいつは、そんな言葉を微塵も信じていないからな。だが、見た目通りいい奴でもない。


「あんたが葉月さんを匿うことが出来るとは思えないな」


「理由は?」


「あんたがベラベラと気持ちよさそうに語ってくれたお陰で、色んな思惑が見えた。洗いざらい吐いてもらう為に、ここで捕まえなきゃいけない」


「ははッ! 俺が気持ちよく語れたのはなぁ、お前なんて取るに足らねえと思ったからだよ。ここで情報を語るリスクよりも、気持ちよく語れるリターンをとれるぐらいにはな!」


「だとしたら、あんたのリスク管理は使い物にならないみたいだな。ビジネス相手の宗教団体に同情するよ」


 そんな俺の煽りに、初めて男が苛立ちの表情を浮かべる。


「ほぉ、言うじゃねえか。だが、仮に俺を捕らえたところで、その女の行く末は悲惨だぞ。お前の手には負えないんだから、俺に匿ってもらった方がいいだろ?」


 俺はちらりと葉月さんを見る。喫茶店で見た表情豊かな彼女は、そこにはいない。縋るものを失い、生きることを諦めようとしている女の子が一人いるだけだ。


「あー言い忘れていましたが、先程、俺は葉月さんを買いました。ですが、あなたのようなリスク管理のできない方とは、ビジネスをするつもりはありません。申し訳ありませんが、お引き取り願えますか?」


 失礼のないよう、骸骨男に丁重にお断りを入れる。こいつはビジネスに自信があるそうだから、こちらも、それ相応の対応をしなければいけないだろう。

 だが、男のこめかみには青筋が浮かんでいた。自分のことを俺と言ってしまったのが、良くなかったのかもしれない。ビジネスは難しい。


「――この、クソガキが!」


 男が、一気に距離を詰めてくる。右手にはダガーナイフが握られていた。

 そのまま切りつけようとしてきたところを、バックステップで避ける。しかし、焼けるような熱さが腹部に走った。


 男は切りつけるモーションの中、手首のスナップだけでナイフを投擲したのだ。投げられたナイフが皮膚を裂き、腹に突き刺さっていた。


 瞬間感じた熱さが、徐々に痛みに変わっていく。それが激痛に変わる最中、男が腹部に蹴りを入れてくる。あまりの激痛に、ぐはぁと呻き声が漏れる。声を出すだけで、痛みで脳が揺れて、膝が折れる。


 まずいな……、殺されるビジョンしか見えないぞ……。


 あれ程饒舌だった男は、無言で2本目のダガーナイフを取り出し、頸部に刺そうとする。


 俺の身体にはナイフと"注射器"が刺されていた。


「所詮死人としか戦わねえ奴に、俺が負けるわけがねえだろ」


 頸部にはナイフが刺され、止めどなく血が流れていく。男の声が、俺の鼓膜を揺らして、脳が言葉を認識する。まだ、意識がある証拠だ。間に合ったか……。


 心臓から打ち上げられた球が、脳内で花火のようにスパークする。心臓から脳へと、何発もの打ち上げ花火があげられていく。


 腹部と頸部にナイフが突き刺さったまま、立ち上がる。脳内で打ち上がる花火とともに、思考が欲求が儚く消えていく。


「"ニンファエア"を打ちやがったのか! リスク管理ができてないのはどっちだよ!」


 男は多少の驚きを見せたものの、すぐにダガーナイフを取り出し、喉元を狙ってくる。

 俺はナイフをかわし、男の腕を掴む。そのまま腕を逆方向に曲げる。


 腕と男が叫び声を上げる。


 うるさかったので、腹に蹴りを入れて黙らせる。男の口から血と吐瀉物が吐き出される。

 汚かったので、下顎を蹴り上げて口を閉じさせる。最初から下顎を蹴り上げとけば良かったなあ。


 だが、まだ呻き声を上げている。歯が折れたらしく、口からはダラダラと血が流れている。


うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い


 脳内に花火が何発も打ち上がる。花火もうるさくて汚い。網膜がチカチカと点滅する。

 心臓にいる花火師がラストスパートとばかりに、尺玉を次々と詰め込んでいく。


 その直後、胃の中が逆流して、コーヒーを吐き出してしまう。


 コーヒー……?いつコーヒーなんて飲んだ?普段飲む習慣はないはずだ。

 ああ……喫茶店か。慣れない雰囲気に緊張して、イキってブラックを頼んだんだっけ?

 何で慣れない喫茶店なんか行ったんだっけ?

 ギャルC、葉月さんだ。あいつと行ったんだ。そういえば、葉月さん、ロイヤルミルクティーとチーズケーキの代金払ってねえよな。なんで俺に奢らせてんだよ……。


 不意に意識が微かに戻る。腹部と頸部に刺されたナイフを引き抜き、"サーシス"の入った注射器を腕に打ち込む。


 花火師が打ち上げた尺玉は、不発に終わった。


 意識が一気に戻る。痛みも欲求も。


 37兆個の細胞ひとつひとつが、鬱になったかのような強烈なダウナー状態に入る。奥歯が割れるほど歯を噛み締め、血が滲むほど爪を腕に食い込ませて、それに耐える。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。耳元で声が聞こえる。


「久遠くん……? 久遠くん……!!」


 目を開くと、すぐ隣に葉月さんがいた。

 俺は産声を一つ上げる。


「ロイヤルミルクティーとチーズケーキ代、払ったの俺だから……!」


 葉月さんは、少し笑った。


 ***


 どうやら、俺が強烈なダウナー状態に入って地獄をさまよっている間に、骸骨男は逃げてしまったそうだ。正直、こちらも助かった。


 葉月さんは、色々聞きたそうな顔をしていたが、それを口に出すことはしなかった。

 あの注射器は何なのか、頸部にナイフを刺されて、なぜ生きているのか、そしてその傷がなぜ治っているのか。聞きたいことは山程あっただろうが、口には出さない。


 ただ彼女が口にした質問は一つだけ。


「なんで、あたしなんかを助けてくれたの? あたし、久遠くんを殺そうとしたんだよ……!」


 よりによって、聞くのはそれか。「ウミガメのスープ」みたいな推理ゲームが苦手なタイプなのか?


「俺が葉月さんを買ったから。それに、女の子に殺されそうになった経験は初めてじゃないから、別に気にしてない」


 葉月さんは、納得のいかない表情だ。


「あたしを買ったって言うけど……別に久遠くん、お金払ってないじゃん……!」


 そういや、そうだな……。いや……


「払ったじゃん。ロイヤルミルクティーとチーズケーキ代」


 そう言うと、彼女はまた少し笑った。


「なにそれ……。あたし、安すぎでしょ」


 ***


 葉月さんの過去や事情は分かった。死体を売っていた理由まではよく分からなかったけど、まあそれでもいい。

 あの宗教団体にも、葉月さん自身にも、腹が立ったことがあったので伝えておく。


「葉月さんさ。自分が縋ってきた拠り所に、裏切られたよね」


 それを聞き、葉月さんはまた生きることを諦めてしまいそうな顔を見せる。


「あたし、馬鹿だよね……。レヴェナントになれば、性欲から解放される。それが『救い』だなんて。でもね、そんな考えにでも、縋らなかったらあたしは生きていけないの……!あたしの心は、お父さんを殺した時に完全に壊れてて、それでも生きていかなきゃいけなくて……。でも、救いの手を差し伸べてくれた人たちも、あたしのことを性の対象としか見ていなかった。笑っちゃうよね? 良く良く思えば、あたしにはそれしか価値がなくて、だからお父さんも――」


 葉月さんの言葉を遮る。


「あー、ストップストップ! 別に責めてるわけじゃなくて、いや、ちょっとは責めてんのかな。縋らなきゃ生きていけないから、葉月さんがそんな考えに縋ってたのは分かったけどさ――葉月さん、チョイス悪すぎ。ロイヤルミルクティーとチーズケーキ選べるセンスをしてるのに、何でかな……」


 いまいちピンときてない葉月さんに、はっきりと宣言する。


「そんな性格の悪い神様とかお坊さんとかに、縋るんじゃなくてさ。縋るなら、俺に縋ればいいじゃん」


 葉月さんは、ポカンとしてる。うーん、完全に決めにいったんだけどなあ。


「――そうだね……。縋るなら久遠くんみたいな人にすればよかった。でも、もう手遅れなの。死体を匿ったり、あたしを買おうとした人たちにも手をかけてしまった。犯した罪は償わないと……」


 いま、彼女が自分の罪と向き合おうとすれば、きっと彼女は壊れてしまうだろう。

 そもそも、心神喪失していた彼女を洗脳して死体を匿わせたのは、犯罪教唆に当たるはずだ。援交おじさんの件に関しては、詳しく事情を聞かないと分からないな。

 ただ、彼女がくだらない神への懺悔のために、余計な罪を背負わされたのは事実だ。


「罪を償って、そのあとに死ぬんでしょ? それは、物事の善悪とか倫理とかはひとまず置いといて、俺が気に入らない」


「でも、久遠くんはエンバーマーでしょ? それに、この後IEAから派遣された別のエンバーマーだって来る」


 そういや、レヴェナントの出現をIEAに報告しちゃったんだっけな。IEAから派遣されたエンバーマーが、こちらに向かっているはずだ。


「別に物事の善悪や倫理を教えるために、エンバーマーをやってるわけじゃないよ。それに何度も言ってるけど、俺は葉月さんを買った。だから、俺の気に入らないことはしないでほしい」


 横暴すぎる意見だが、これぐらい言わなきゃ葉月さんは聞かないだろう。縋らないなら、無理やり縋らせるまでだ。


「それに、葉月さんを買ったってことはさ、その罪も一緒に買っちゃったことになると思うんだ。詐欺みたいだけど、それは買ったやつの責任だ。そもそも未成年の女子をお金で買うこと自体が犯罪だから、バレたら俺も捕まっちゃうしね」


「だから、俺たち共犯者ね。自首したら俺も捕まるからさ、何とか隠し通してよ」


 葉月さんは凄く困った顔をしていた。喫茶店では、完全にそっちのペースだったからな。いい気味だ。

 縋って縋って生きていけばいい。どうせこんな世の中、まともじゃないんだから。この世界は死人に厳しい。死んだやつが損をするなら、生きられるだけ生きた方が良いに決まってる。



「そういやさ。葉月さんって、苗字はなんて言うの?」


 葉月さんは、少し言い辛そうに、間を空けてから、答えた。


「如月。如月 葉月」


 苗字が2月で、名前が8月か。時差がすごいな。

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