第12話「俺、からだ買います」

 クラス替えから1ヶ月経ち、一度も学校に来なかった男。そんな奴が初対面のクラスメイトの援交話に食いつく。俺だったら関わろうとしないだろう。

 そして、どうやらその考えは一般論として正しかったようだ。


 最後の授業の、終業チャイムが鳴る。あれから誰からも話しかけられないまま、久しぶりの高校生活が終わろうとしていた。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。死体を売るという言葉を聞いてしまったからには、少しでもその情報を知っておきたかった。

 高校生としての久遠隼人は、もう死んでしまったかもしれない。だが、エンバーマーとしての久遠隼人には、やらなきゃいけないことがある。


 折れた心をテーピングで固める。席から立ち上がり、ギャルCこと葉月さんの元に向かう。


「あの! さっきはごめん……、なんか色々と誤解させちゃったと思うんだけど……」


 俺がそう切り出すと、葉月さんは驚きながらも、口元を少し綻ばせる。


「ううん、大丈夫。あたしもちょっと早とちりしちゃったかもしれないし」


「いや、あれは俺の入るタイミングも悪かったから、そう思われても仕方ないよね」


「てことは、久遠くんはそういうことに興味があるってわけじゃないんだね?」


「いや、興味がないというか、その話で出てた、死体を売るっていう言葉にひっかかっちゃって。出来れば教えてもらいたいなーって」


「どっちにしろ、ここじゃ話しにくい内容だから、場所変えよっか?」


 葉月さんはそう口にすると、彼女と一緒に帰ろうと集まってきた友達にこう伝えた。


「ごめん! 放課後は久遠くんと過ごすから、今日は一緒に帰れない!」


 葉月さんは驚く友達を横目に、教室から出て行ってしまう。仕方なく俺も彼女に着いていく。


「え、まじで……? 久遠くん、葉月を買うの?」


「さすがお金稼いでるだけはあるね――」


 そんな声が聞こえてきたが、もういいんだ……。高校生としての久遠隼人は死んだのだから……。

 だから、葉月さん?わざわざ死体に追い打ちかけなくてもいいのよ……?


 そんなエンバーマーらしからぬことを考えながら、葉月さんに着いていく。

 途中、俺を迎えに来た可憐に会ったので、事情を伝える。


「すまん、今日はちょっと一緒に帰れない。エンバーマーとしてやるべきことができたから」


 おそらく、可憐にはこれで伝わるはずだ。死体がどうのとかは話すべきではない。可憐は、高校では学園のアイドルなのだから、変な悪評を立たせたくない。


「ちょっと、久遠くーん。早く行くよー」


 葉月さんに呼ばれ、俺は走って彼女の元へ向かう。一瞬振り向くと、可憐は俯いていて、表情は見えなかった。


 俺は、葉月さんと高校近くの喫茶店に来ていた。彼女曰く、ここの喫茶店は、梵南そよぎみなみ校生のご用達のお店なんだとか。

 店員さんが注文を取りに来る。


「あたしはロイヤルミルクティーとチーズケーキで。久遠くんは?」


「じゃ、じゃあ俺はコーヒーだけで」


 喫茶店などにはあまり来ないので、注文するのも緊張してしまう。チーズケーキも頼めば良かったな。


「それで、久遠くんは死体を売っている人がいるっていう話が気になって、声をかけて来たんだよね?」


 チーズケーキをつつきながら、葉月さんが尋ねる。


「ああ、別に葉月さんを、その――か、買うとかそういうことではなくて……、死体を売っている人の話を詳しく聞きたかったんだ」


「あはは、久遠くんってば、顔真っ赤だよ! あたしも実際に見たことはないんだけど、友達から聞いた噂で良ければ聞かせてあげるよ」


「ああ、聞かせてほしい」


 葉月さんにいじられて余計に恥ずかしくなってしまい、思わずコーヒーを口にしようとするが、カップが歯に当たってしまう。


「あたしが大体ウリをやってる場所は、新宿の駅前なんだけどね。最近、そこら辺に死体を売ろうとしている女子高生がいるみたいなの」


「女子高生……? 女子高生が死体を売ってるのか?」


「うん。22時ぐらいに、仕事終わりのおじさん達に、『身体、買いませんか?』って話しかけるんだって」


「それで、身体を買おうとするおじさんを、人影のない場所に連れて行って死体を見せるらしいの。もし騒いだり逃げたりしようものなら、そのおじさんも死体にしちゃうらしいよ」


「なんだか、都市伝説や怪談のような話だね。身体ってのは、いやらしい意味ではなく死体ってことか」


「ん? いやらしい意味っていうのは、どういう意味??」


 ニヤニヤと口元に笑いを浮かばせている。


「それは、まあ、あれだよ……、男女の営みというか、何というか……」


 葉月さんは耐えきれずに吹き出していた。


「あはは、久遠くんってピュアなんだね。まあでも、あたしは女子高生にそういういやらしいことをしようとするおじさんなんて、どうなっても良いと思ってるんだけどね」


 少し葉月さんの目の奥が曇ったような気がした。俺はずっと気になっていたことを口にする。


「俺も、そんなおっさん達がどうなろうが、正直知ったこっちゃないと思ってるよ。でもさ、そういう危ない橋を渡る方も良くないと思うんだ」


 葉月さんは俺の目をじっと見つめている。


「もちろん、経済的な問題だったりやむを得ない事情があるとは思うんだけど。さっき教室で言われてたけどさ。エンバーマーって給料はいいから、お金ならあるんだよね。だから、何か困ってるなら――」


「ねえ、久遠くん……。久遠くんの目には、あたしの容姿ってどう見えてる?」


 俺のお節介を遮る葉月さんの問いかけ。

 葉月さんの容姿……?


「俺が見て思ったままのことでいいの?」


「うん、久遠くんが思ったままのことを素直に教えて」


「そうだな……、目はくりっとしてて少し優しげなイメージがあるよ、髪型はミディアムヘアで毛先は少しウェーブがかっていて、ゆるふわヘアーの今時の女子高生みたいな感じ、唇は薄くてお上品だけど笑うと笑顔が可愛い、あとは――」


「ストップ、ストップ!」


 俺が熱弁していると、葉月さんからストップがかかる。

 葉月さんは少し頬を赤らめていた。


「久遠くんって、さっきまで童貞っぽさ全開でキョドリまくってたのに、急に変なスイッチ入っちゃうんだね……!」


 葉月さんはロイヤルミルクティーを口にする。飲む前に、カップが歯に当たっていた。


「ふー。じゃあ、久遠くんの目からは、あたしはそういう風に見えてるわけだね」


 俺が頷くと、葉月さんは続ける。


「じゃあ、さっきの死体売りの女子高生の新情報を思い出したから、教えてあげるね」


「その女子高生は、目はくりっとしてて少し優しげなイメージがある、髪型はミディアムヘアで毛先は少しウェーブがかっていて、ゆるふわヘアーの今時の女子高生みたいな感じ、唇は薄くてお上品だけど笑うと笑顔がかわいい、そういう容姿をしてるらしいよ」


 は……?葉月さんは何を言ってるんだ?

 その容姿をした女子高生は、俺の目の前に。


「どういうことか気になる?」


 俺ははやる鼓動を抑えて、首をゆっくり縦に振る。


「気になるなら、あたしを買ってよ……? そしたら、きっとわかると思うよ」


 そう言って、葉月さんは席から立ち上がる。


「今日の22:00新宿の駅前でね。出来れば一人がいいかな、大人数はしたことないから」


 彼女はそのまま店から出て行く。

 俺の前には、冷めてしまったコーヒーと、葉月さんの飲みかけのロイヤルミルクティーしか残っていなかった。



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