第5話「生者と亡者のカーチェイス」
前方の赤い車は、車体の左側がボロボロになっていた。ドアガラスは粉々に砕け、サイドミラーはなくなっている。
「あれがレヴェナントの車ですよね?」
俺の問いかけに、通信機から東雲さんが答える。
「そうよ。後ろからじゃ見えないだろうけど、フロントガラスもほとんど割れているわ」
――ということは、車体の左側を引きずる形でガードレールに衝突したのか。恐らくは右カーブを曲がりきれずにぶつかったのだろう。
レヴェナントを乗せた車は、左車線をかなりの速度で走っていた。
スピードを出すなら右車線を走るのがルールだ。レヴェナントにそんなことを言っても仕方がないが。
「喉元の十字架を撃つには、あの車より前方に行かないと厳しいよ!」
可憐は、拳銃に銃弾を装填している。
俺は右車線に移動して、そのまま追い抜こうとアクセルを踏みこむ。
だが、レヴェナントも右側に方向指示器を出しながら、同じ車線に移動してそれを妨げた。
……方向指示器はしっかり出すんかい!
「くそっ! だったら左から抜いてやる!」
今度は左車線に移動して抜こうとするが、同じように防がれてしまう。左側の方向指示器は出していなかった。おそらく壊れて出せないのだろう。
「おいおい、レヴェナントってそんな賢い真似ができるのかよ。別に攻撃しようとしたわけじゃなくて、ただ追い抜こうとしただけだぞ」
「……おそらくだけど。ここで追い抜かれることで家に帰ることが遅くなってしまうと考えているのかもしれないわね」
そんなことをレヴェナントが判断できるのか?
頭に浮かんだ俺の疑問に答えるように東雲さんが続ける。
「彼の最優先事項は、家に帰って家族を殺すこと。レヴェナントは最優先に果たすべきことがあるとき、それを果たすために最も合理的な行動をとるという事例が確認されているわ」
東雲さんが言った通りなら、こいつは自分の前に車が走っている状況を作りたくないわけか。
だとしたらかなり厄介だぞ? 運転技術じゃこっちの分が悪い!
「さすがにタイヤを撃って、パンクさせるなんて妙技はできないよ! 車体の後ろのリアガラスでも撃ってみる?」
たしかリアガラスは比較的割れやすかったはずだ。
俺が頷くと、可憐が助手席の窓からリアガラスめがけて銃弾を放つ。
バキン!という甲高い音とともに、リアガラスに蜘蛛の巣のような穴と割れ目ができあがる。
そのまま可憐は、運転席に乗っているレヴェナントの後頭部を狙って引き金を引いた。
しかし、レヴェナントは頭に衝撃を受けたものの気にも留めていない。
「やっぱ喉元を狙わないとダメか!」
可憐は少しでも運転に影響を与えようと、腕の関節や首を狙おうとするも、運転席が死角になっていて当てることができない。
「あのレヴェナント、運転の姿勢が良すぎでしょ!」
銃に新しい弾を装填しながら、レヴェナントの姿勢の良さに悪態をつく。
確かに猫背のような姿勢で運転してくれていれば、可憐の位置からならば、首や腕の関節が狙えたかもしれない。運転の姿勢が良いせいで、運転席が死角になっている。教習所の教えは偉大だ……。
「東雲さん! 俺らは後方からあいつに向けて銃を撃っている。この行為は、あいつが家に早く帰るための障害にはなっていないのか?」
「おそらく銃弾を受けていることには気づいてるはずよ。だけど、障害とは感じていないのかもしれないわね。彼が最もすべきことは、前に進むこと。わざわざ後ろに戻ってまで、それを止めようとは思っていないのよ」
つまり、俺らの車に抜かれて前方を邪魔されること――それ以外は、余程のことでない限り障害だとは思わないわけか。
だが、俺の運転技術ではあいつを追い抜くことはできないだろう。
俺が車線を変えようとするたび、あいつはミラーでそれを確認して同じ車線に移動してくる。
「だめ、死角が多すぎて後頭部ぐらいしか狙えないよ!」
可憐もお手上げのようだ。
確かに車の後ろから狙うには死角が多すぎるな。……待てよ、死角は――
ペーパードライバーの脳内に、教習所で詰め込んだペーパーたちが駆け巡っていく。
確か運転手には、後方に死角が存在していたはず。
バックミラーとサイドミラーだけでは確認することができない領域が存在し、その部分だけは自分の眼で目視をする必要がある。
そして、あいつの車は左側のサイドミラーが壊れているから、普通の車よりも死角は広くなっているはずだ。
恐らく車体中央より左後ろ側の領域は、右のサイドミラーとバックミラーだけでは確認できていないはず。
だからこそあいつは左車線を走っていたのだ。その死角を作らないために。
俺は、これからする作戦を可憐に伝える。
「――だから一発で仕留めてくれ。その瞬間、俺は急ブレーキを踏む」
「任せて、絶対に外さないから!!」
可憐は深呼吸を一つして静かに集中力を高めていく。
俺は方向指示器を右側に出し、右車線に移動しようとする動きを見せる。
それを確認したレヴェナントも右側に指示器を出して、右車線に移動する。
そこで俺は左にハンドルを切り、ガードレールギリギリまで車を寄せた。
その瞬間、レヴェナントは後ろの車をミラーでは確認できなくなる。あたかも急に消えてしまったかのように。
俺たちの車に追い抜かれることを恐れているレヴェナントは、後ろの車がどこにいるのか知るために、"教習所の教え"通り目視で確認しようと後ろを向く。
その瞬間、可憐が俺の膝の上を跨ぐように身を乗り出して、運転席の窓から銃弾を放った。
後ろを向いたレヴェナントの首元にそれが炸裂する。
俺はそれを確認するや否や、全力でブレーキを踏み込んだ!
急ブレーキによって、とてつもない慣性が前にかかってハンドルに頭を思い切りぶつける。
俺の膝の上にいる可憐は、「慣性がー!」とか言いながら俺に抱きついていた。
……お前は慣性を見つけた学者さんに謝ってこい。
高井さんは、交通ルールをしっかり守る善良なドライバーだったのだろう。
だから、運転の姿勢は綺麗だし、車線変更のときには方向指示器を必ず出す。そんな高井さんだからこそ今回の策が成功した。やはり教習所の教えは偉大だ……。
生者も亡者も乗せていない赤の車が、コントロールを失いながら減速していき、そのままガードレールに衝突していった。
――お父さんは還るべき場所に還ったのだ。
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