第4話「B4ペーパードライバー」

 俺と可憐の通信機から東雲さんの指示が飛ぶ。


「近くに警察署があるはずよ。もう連絡は通してあるから、エンバーマーの証明書を見せればパトカーを貸してもらえるわ」


 指示を受けた俺たちは近くの警察署へ足を運んでいた。

 エンバーマーは、レヴェナント出現による緊急事態の際には、警察署からパトカーを貸してもらうことが許されている。

 エンバーマー専用の車はIEAの各支部に何台か用意されているのだが、今回のようにすぐに車が準備できない場合は、警察から借りることになるのだ。


「しかし、教習以来初めて運転する車がパトカーとはな……」


 そう愚痴りながら、運転席に乗り込む。

 まさかパトカーの運転席に乗る機会がやって来るとは思わなかった。まあ、後部席に乗る機会もやって来て欲しくはないのだが。


「高速乗るんだよ? 隼人くん、大丈夫?」


 助手席に座った可憐が心配そうに尋ねてくる。

 内心ビクビクなのだが、可憐の手前それを見せるわけにはいかない。


「俺は教習でも運転は完璧だったんだ。大船に乗ったつもりでいてくれよ」


 弱気な自分を奮い立たせるようにエンジンをかける。

 既に日は暮れかけていて、辺りは夜の始まりを告げていた。

 視界を確保するためにライトをつける。――するとワイパーが元気よく動き出した。


「大船は大船だけど、これはタイタニックだね……」


 可憐はもう一度シートベルトを強く絞め直していた。


「レヴェナントは世田谷に行くつもりだから、おそらく高井戸インターチェンジで降りるはずよ。だから隼人君にはそこに着く前にとめてほしいの」


 通信機から東雲さんが指示を送る。運転中も、レヴェナントの位置や情報をこうやって送ってもらう。

 相手は常に移動しているので、オペレーターである東雲さんとの連携が重要になってくる。


「ここから一番近い乗り場が高井戸インターチェンジなんだけど。そこから高速に乗ると、レヴェナントとはすれ違いになってしまうわ」


 中央道は高速道路なので、Uターンして対向車線を走るなんてことはできない。

 そのレヴェナントは、高井戸インターチェンジで降りようとしているのだ。

 もし俺たちも高井戸インターチェンジから高速に乗ってしまえば、対向車線を走るレヴェナントとはすれ違いになってしまい、接触することができなくなる。

 レヴェナントを高速で止めるためには、同じ進行方向を走る状況を作らなければならない。


「次に近いのが、中央ジャンクションね。ここなら、レヴェナントの進行速度を考えても、今から向かえば十分間に合う距離よ」


 中央ジャンクションは2005年から開発が始まって2020年に完成したインターチェンジである。


「じゃあまずは下道したみちで中央ジャンクションに向かえばいいんだな!」


 目的地が決まり、アクセルを踏み込んで車を走らせる。思ったよりも初速が出てしまい、俺は慌てて踏み込みを緩めた。


「まるでドライブデートみたいだね!」


 助手席に座る可憐はずっとこちらを見ている。

 あの、可憐さん? ナビ係は?


 通信機から咳払いが聞こえた。なぜかそこから東雲さんの指示が厳しくなった気がした。


 ***


 中央ジャンクションに着くと、出口は大渋滞を起こしていた。


「もうほとんどの車が、中央道から避難しているわ。入り口には、民間車が入らないように警備がついているから、ほとんど車は走っていないはずよ」


 東雲さんが民間車の避難状況を伝えてくれる。


高井たかいさんは今どこを走っていますか?」


 "高井さん"とは、今回のレヴェナントの名前である。下道を走っている間に、東雲さんからレヴェナントの身元を教えてもらっていた。


「彼はあと10分もすればこのジャンクションを通過するわ!」


 ここからが勝負。深呼吸をして気持ちを整える。

 俺はペーパードライバー。つまり、ペラッペラだ。高速なんて教習以来乗ったことがない。そんなところで、レヴェナントと戦わなきゃいけないとはな……。

 相手は、家族愛あふれるお父さんだ。おそらく長期休みには、家族旅行で高速を走ったりしていたのだろう。俺が運転技術で勝てる要素は、まずないと考えていい。


 だけど、気持ちで負けてはいけない。気持ちは大きく。ペーパーならば、A4よりもB4だ!


「隼人くん、そろそろよ! 高速に乗って!」


 東雲さんの声が車内に響く。


 俺は高速に合流するためアクセルを踏み込み、加速していく。そしてそのまま合流前のカーブを走る。

 ちなみに、このカーブはクロソイド曲線という軌道を描いており、高速へ安全に合流するために必要なカーブだそうだ。

 カーブを曲がっていると、助手席の可憐が俺の方へともたれかかってくる。


「ごめん隼人くん。慣性がかかってて」


 慣性がかかっているなら、仕方がない。俺は気にせず、運転に意識を戻した。

 そのまま高速に合流して直線を走る。しかし、可憐はまだ俺に身体を寄せていた。


「おい、可憐。いつまでもたれかかってるんだよ」

「だって、慣性が終わらないから」

「もうカーブは終わったぞ……」

「今日の慣性は、調子が良いみたい」


 ……物理法則が崩れた瞬間だった!

 俺の肩に頭を乗せる可憐をどかして、前方に目を向ける。そこには、ボロボロになった赤い車が走っていた。

 生者と亡者のカーチェイスが静かに幕を開けた。

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