第2話「紅でも白でも中身は黒」
俺は凝り固まった肩をほぐすため、ひとつぐーっと伸びをした。近くのベンチに腰を下ろし、先程のことを思い出す。
「とんだスキャンダラスなお葬式になっちまったな」
浩介さんを倒した後の葬儀場の空気は、いたたまれないなんてものではなかった。由佳子さんに同情するつもりもないが、ご愁傷様とだけ伝えておこう。
可憐が隣に腰をかけ、ジトーっとした目で俺を見る。
「でも浮気はダメだよね。隼人くんも今回の件で身に染みて分かったでしょ?」
少しだけ棘を含んだ彼女の声。まるで俺が浮気の常習犯のような口振りだが、そんな前科も記憶もない。ただ、少しだけ居心地の悪さを感じたので、咄嗟に話を変えてみる。
「――今回の教訓は、浮気と棺桶を蹴り飛ばすのは駄目だってことだな。IEAに報告を入れる時、また小言を言われるぞ」
レヴェナントと対峙するときは、極力周りに被害を及ぼさないよう、IEAからきつく言われている。棺桶なんて、安くても三十万は下らない。
「相変わらずIEAも融通がきかないよね。こっちだって命張ってるんだから、多少のことには目を瞑ってくれればいいのに……」
IEA――International Emberming Association――とは、国際エンバーミング協会のことで、俺たちエンバーマーの総本山に当たる。48年前、レヴェナント研究の第一人者であるイギリス人科学者マルティス・ヴァン・レイチェルが中心となって作られた、国連直属の組織だ。
「まあ、数少ないエンバーマーの評判を落としたくないんだろ?」
エンバーマーは命の危険が伴う職種なので、お給料が高く、福利厚生も充実している。
その反面、ハードな仕事内容と高難度の資格試験によって、慢性的な人員不足に陥っているのだ。
「人が足りないなら、取り敢えず大勢雇っちゃえばいいんじゃないの?」
「昔、資格試験の難易度を下げて、大量採用したらしいぞ」
「そうなの? でも、未だに人員不足だよ?」
「――雇ったほとんどの人が、一年で離職、若しくは殉職したそうだ」
それを聞き、可憐は察したような表情を浮かべた。
離職はともかく、殉職なんて目も当てられない。なにしろ、その遺体がレヴェナントになる可能性があるからだ。まさに、ミイラ取りがミイラになってしまう。
「私たちは常に人員不足。でも、死人は毎日雇われていくんだよ? エンバーマーの数が増やせないなら、もっとみんなが長生きしてよ。シルバーシートは空いてるよ!」
そう言って、座ってるベンチをポンポンする可憐。その色は偶然にも灰色だ。
すると、まるで吸い寄せられたかのようにお爺さんがやって来た。
「すまんが、席を譲ってくれんかのう?」
「ここは二人用なので、あちらのベンチはどうですか?」
――シルバーシート、空いてないじゃないか……
まあただでさえ激務の仕事に、人員不足まで付き纏う。詰まるところ、俺たちの仕事はブラックなのだ。
特に真っ黒なのが労働時間だ。
IEAに死亡届が届けられると、届出人は二つの選択を迫られる。
一つは、遺体を『
『
レヴェナントは40日が経過すると再び屍にもどる。だから、遺体がレヴェナントになる可能性のある二週間+40日――最大54日間。そこに閉じ込めたままにするのだ。
もう一つが、今回のようにエンバーマーを派遣して遺体を二週間監視させること。遺体がレヴェナント化する可能性があるのは、死後二週間。もちろん起きない場合だってある。
そんな長時間の監視になるため、エンバーマーは二人体制で現場に派遣されることが多い。
二週間、つまり336時間だ。不眠不休というわけではないが、過労で殉職してしまってもおかしくはない。
「でも今回は助かったね。レヴェナント化が深夜に起きたりしたら、大変だったもん」
可憐は、お葬式で貰った紅白饅頭の包みを開けている。
「そうだな。起きてるのにアラーム電流を流すのはやめてほしいけどな……」
監視する遺体には、IEA製の脈拍計がつけられている。
遺体がレヴェナント化するとき、心臓は再び脈を刻む。それを脈拍計が感知すると、エンバーマーがつけているリストバンドにアラーム用の電流が流れるのだ。
「なんか人間が最も目覚めやすい、かつ痛みが少ない電圧に設定されてるとか聞いたけど、普通に痛いよね……」
エンバーマーといえども、常に遺体を監視できるわけではない。そこで、レヴェナント化を知らせるために、アラーム用の電流を流すのだ。
「でも、前に組んだエンバーマーはアラーム用の電流を浴びて恍惚の表情を浮かべてたな……」
紅白饅頭を食べていた可憐の手が止まる。まるで可憐にも、電流が流れてしまったかのように。
「――隼人くんはそういうプレイを女の子と楽しんでたんだね?」
いや、どういうプレイだよ。二人とも電流を浴びて楽しむプレイって、性癖が歪みすぎてるだろ。
――いや、あの娘は大分歪んでいたけど。
「俺はあの電流は普通に痛いと思ってるし、そこに気持ちよさを感じちゃいない!」
何を疑われているのか分からないが、間違いなく俺は白だ。それを示すために、紅白饅頭の白い方を可憐に向ける。
だが、可憐はプイッとそっぽを向いてしまった。
「可憐、見てくれ! 紅白饅頭の白だ!」
「でも中身は黒だよ」
そんなやり取りをしていると、不意に通信機が鳴り出す。
エンバーマーは、独自の通信機を用いて連絡を取り合う。
仕事が来た時には、「必殺仕事人のテーマ」が流れる。選曲したのはうちの支部長だ。
そして、緊急招集の際には別の着信メロディが設定されている。
緊急招集がかけられるのは、主にノーマークのレヴェナントが現れたとき。
死亡届を出していなかった、死亡直後に即レヴェナント化した、そもそも遺体が見つからなかった――原因は様々だが、エンバーマーが把握できていない遺体が、レヴェナント化したケースだ。
これはかなり危険な状況であり、近くのエンバーマーが緊急招集される。
その着信メロディが、
『〜〜〜♪ 〜〜〜♪ 〜〜〜♪ 〜〜〜♪』
――今この通信機から流れている「天国と地獄」という曲である。
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