第14話「無口な同乗者」
2体の死体がストレッチャーから降りて、動き出す。彼らの目には、葉月さんしか映っていなかった。
「女だ、女がいるぞ……!」
「犯させろ……」
性犯罪者のレヴェナント2体は、20代半ばの身長の高い男と、30代の恰幅のいいおっさんだ。
だが、そんな身体的特徴よりも気になるところがあった。
あいつらの手首についているのは、IEA製の脈拍計。死体がレヴェナント化すると、心臓も動き始める。だから、死体には脈拍計をつけておき、検知すると対象のエンバーマーにアラーム用の電流が流れる。死体監視の上で、欠かせないアイテムだ。
それがなぜ、あいつらの手首にはめられているんだ?
そして、対象になっているエンバーマーは誰だ?
おそらく、この瞬間に電流が流れて痛がってる奴がいるはずだ。
しかし、こいつらが熟考を許してくれるわけがない。
生前、強く脳内に刻まれた出来事や思い。レヴェナントはそれに従って動く。こいつらにとって、それは女への情欲だ。
この場にいる唯一の女性、葉月さんに向けられた欲求。情欲は殺害欲求へと変わっている。
2体のレヴェナントが、葉月さんに襲いかかる。
彼女は、レヴェナントが発する言葉にトラウマを抉られ、さらにパニックに陥っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。痛くしないで下さい……」
葉月さんを庇うように前に立ち、銃を抜く。長身のレヴェナントが、彼女を掴もうと腕を伸ばした。俺は、その腕を掴んで引き寄せ、そのまま喉元に銃口を当てる。
だが、もう一体の巨体のレヴェナントが、体当たりをかましてくる。軽く吹き飛ばされ、仕留め損ねてしまう。
その隙に、長身のレヴェナントが、葉月さんに拳を振り上げる。俺は、それを遮るように身体を入れる。
ボゴッ という嫌な音。左頬に重い衝撃が走る。続けざまに、
そこからは、一方的な展開だった。
葉月さんを庇うために、俺は動くことができない状態だ。加えて、その彼女はパニックを起こして
殴られ蹴られ、ボコボコにされているなかで勝機を探す。
そもそもレヴェナント二体相手ならば、何度か対処したことがある。しかし、今は葉月さんを守らなければならない。
殺そうとしてきた女を庇って、リンチされるなど理不尽極まりないが、買ってしまったのだから仕方がない。
だから、まずは葉月さんを安全な場所へ逃す必要がある。
額が裂けて、流血で目が滲む。俺は歯を思い切り食いしばって、蹲る葉月さんを抱える。
そのまま走り、死体が乗っていた――今も一体乗っている――ストレッチャーに葉月さんを乗せ、元あった奥の部屋めがけて押し出す。無口な同乗者と一緒に、ストレッチャーは奥の部屋へと姿を消した。
レヴェナント達も奥の部屋に行こうとするが、そうはさせない。
「この変態どもが。俺が買ったものに、手出すんじゃねえよ!」
走り出した長身のレヴェナントの喉元めがけて、銃弾を放つ。その隙に、巨体のレヴェナントが体当たりを仕掛けてくる。
俺は身体を横にずらし、それを後ろに受け流す。バランスを崩した巨体が、こちらを振り向く。
その瞬間、顎を蹴り上げて、剥き出しの十字架に銃弾を撃ち込む。
念のために、長身の喉元にもう一発撃ち込もうと近づくが、既に脈拍計は止まっていた。
***
葉月さんは、レヴェナントの活動が止まったことを確認し、少し落ち着きを取り戻していた。
流石にレヴェナントが現れて、報告しないという訳にはいかないので、通信機に手をかける。
「とりあえずIEAに連絡して、レヴェナントが現れたことだけは伝えとく」
彼女は俺の言葉に少し反応を見せたものの、言葉を発することはなかった。
どうしたものか……。このまま他のエンバーマーが来たら、彼女はどうなるんだろうか。死体の存在を報告しなかったことや援交しようとしたおっさんを殺した可能性があること。それらは罪に問われるだろう。
彼女がなぜこんなことをしていたのか。彼女に死体を送っていた人物、もしくは団体がいること。「懺悔」というワード。気になることは山程あるが、これ以上は俺の手には負えない。IEAに任せた方が良いだろう。
報告を済ませ、そんな事を考えていると、突如、入り口のドアが開いた。
いくらなんでも早すぎると思い、視線を向ける。
店に入って来たのは、骸骨のように痩せた男だった。まるで爬虫類を連想させるようなぎょろついた目つきに、耳にはピアスが束のように付けられている。
「はぁ? アラーム用の電流が流れたから、見に来てやったのに、もうやられちゃってんじゃねえかよ」
男が苛立ち混じりに言う。
その手元には、見覚えのあるリストバンド。
脈拍計と連動して、レヴェナント化を電流で伝えるもの。それは、俺が今つけているものと同じエンバーマー専用のものだ。
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