第3話「お父さんは車で還る」
俺は隣の可憐と目を合わせ、「天国と地獄」が鳴っている通信機を手に取った。
「はい、東京第1支部の
「こちら、東京第3支部の
通信機から聞こえてきたのは、若い女性オペレーターの声だった。
東京第3支部って、確か西多摩辺りの管轄だったよな……?
「こちらもちょうどレヴェナント討伐が終わったところなので、要請は受けられます。ただ、今は世田谷にいるので、多摩周辺となるとすぐには着けませんが大丈夫ですか?」
第1支部と第3支部は、東京都内で最も距離が離れている。本来、第3支部の管轄が人手不足の場合、隣の第2支部に増援を要請するはずだ。
第1支部の俺たちに回ってくるほど人員が足りていないのか?
そう疑問に思っていると、通信機から東雲さんの声が聞こえてくる。
「いえ……久遠さんがこちらに来ていただく必要はありません」
「……? そのレヴェナントは世田谷周辺にいるんですか?」
世田谷周辺にいるのならば、管轄は第1支部になるはずだ。そんな疑問符も含んだ俺の問いかけに、少しの沈黙が生まれた。
「……いえ、レヴェナントがそちらに向かっています」
ん?じゃあ、レヴェナントは今も民間人がいる場所を動き続けているってことか……? いまいち要領を得ないな。
「東雲さん、僕は高校生なので形式ばった説明じゃなくて大丈夫ですよ!」
と思い切って言ってみる。
「……気を遣わせちゃってごめんなさいね。私も初めての状況でテンパっちゃってて!」
それを聞いた東雲さんは一つ息を吐き、少し砕けた喋り方に変えてくれた。
「40代の男性が、八王子インターから入って中央自動車道を走っていたみたいなんだけど、その途中でガードレールに衝突したみたいでね」
「交通事故ですか?」
「うん……。幸い他の車は巻き込まれなかったんだけど。乗ってた男性は、当たりどころが悪くて即死だったみたい」
緊急招集で最も多いケースが、亡くなった直後にレヴェナント化が起きてしまった場合だ。
俺はある程度状況を頭の中で想定しながら、東雲さんに尋ねる。
「その男性がレヴェナント化したんですか?」
「その通りよ。ただそのレヴェナント、パトカーや救急車が来る前に、乗っていたボロボロの赤い車で走り出しちゃったらしいの……!」
……はい?
想定外の状況に、一瞬脳内がフリーズを起こす。エンバーマーになって半年が経つが、初めてのケースだ。
「……レヴェナントって運転できるんですか?」
「生前の意識は戻らないけど、レヴェナントには、脳内に強く刻まれた出来事や考えが僅かに残っていることは知ってるわよね?」
もちろんそれは知っている。
葬式での浩介さんの、奥さんへの想いもそうだ。浩介さんは他の参列者には目もくれず、まず奥さんを手にかけようとしていた。
レヴェナントは、生者を殺すという本能的欲求を基盤に、生前強く脳内に刻まれた想いや出来事によって行動が左右される。
そして抱えていた想いを殺人欲求に変え、それを果たすために最も合理的な手段をとることが確認されている。
「警察と救急車を呼んでくれた人が、耳にしたみたいなの。レヴェナントが『我が家に帰らないと、家族が、妻と娘が待っているから』、そう言っていたのを」
つまり、そのレヴェナントは死してなお家族が待つ我が家に帰ろうとして、車を走らせたわけか……。
「今はまだ事故は起きていないみたいだけど、レヴェナントの運転技術なんて信用できないでしょ?」
今は中央自動車道、つまり高速道路であるから通行人はいないし、信号もない。
だが、
そもそも高速道路で渋滞に巻き込まれたらどうする?
レヴェナントが渋滞待ちをしてる姿は流石にシュールすぎて、想像できないぞ……!
「とりあえず中央道とその周辺を走っている車のラジオに、レヴェナント出現の緊急避難勧告を出したわ。中央道から速やかに降りること、中央道に入らないこと、ボロボロの赤い車を見かけたら避けて道を開けることを伝えたわ」
高速道路での被害を最小限に抑えるための、精一杯の手段だろう。
「中央道には一応トンネル信号があるんだけど、レヴェナントが目的地に向かうために降りるインターチェンジまでの道にはないそうよ」
「その目的地っていうのが……?」
「世田谷の住宅地よ……!」
父親が家族の顔を見たいがために車を走らせる。それは家族愛溢れる、凄く心が温まる話だ。
だけど、この世界においてそれは残酷すぎる結末を意味する。
家に帰ったお父さんは、愛する家族を殺してしまうだろう。死んでも車を運転して帰ろうとするぐらいだ。本当に家族を愛していたのだろう。
――それだけは許してはいけない。お父さんが"還る場所"はそこではないのだ。
「それで俺と可憐はどうしたらいいですか?」
「中央道から降りる前に、レヴェナントを討伐して欲しいの! 時間もないし、厳しいお願いをしているのは承知してるわ。――だから断ってくれても構いません」
最後の東雲さんの言葉は先ほどまでの砕けた喋り方とは違い、エンバーマーのオペレーターとしての言葉だった。
ここで断っても責めたりしないことを、暗に伝えようとしてくれたのだろう。
エンバーマーは有事の際には、未成年でも車を運転することができる。エンバーマーの訓練では、自動車教習もカリキュラムに含まれているからだ。
俺は一旦通信機から耳を離して、同じく会話を聞いていた可憐に問いかける。
「可憐、どうする?」
すると可憐は呆れたような笑みを浮かべた。
「どうする? っていう顔じゃないよね。絶対に止めてやる! って顔だよ」
更に可憐は続ける。
「私も行くよ。だって助手席にナビ係は必要でしょ?」
可憐は俺の目を見てそう言い切った。
可憐に背中を押してもらう形で、俺は東雲さんに要請を受けることを伝えた。
「任せてください、必ず中央道でレヴェナントをとめてみせます!」
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