第6話「おかえりなさい」

 レヴェナントが活動停止したかどうかを確認するため、抱きつく可憐を引っ剥がして車を降りる。


「痛っ!! 首が回らん!」


 泣きそうになるほど首が痛い。急ブレーキでハンドルに頭をぶつけたときに、痛めたのだろう。


「むちうちね。時間が経つともっと痛くなるから、早いうちに病院で診てもらった方がいいわ」


 首の痛みに耐えながら、ガードレールに衝突した赤い車の中を覗く。中にいたのは、40代ぐらいの優しそうなおじさんだった。


「レヴェナントの活動停止を確認しました」


 東雲さんに任務成功の報告を行う。


「お疲れ様。すぐに救急車を呼ぶから、そこで待機しててちょうだい」

「いや、むちうちが悪化する前にやることがあるので」


 東雲さんの申し出を断りながら、俺は高井さんを担いで自分の車(警察の車)の後部座席に乗せる。


「ちょっと、隼人く――」


 俺は東雲さんからの通信を切って、そのまま通信機の電源を落とす。

 ごめん、東雲さん。サポートありがとうございました。


「可憐、世田谷の高井さんの家までナビゲートを頼む」


 可憐は頷き、下道を走っているときに東雲さんから教えてもらっていた住所をカーナビに打ち込んでいく。


「ナビゲートを開始します。この先1kmのインターチェンジで降りてください」


 カーナビの声とともに車は走り出す。

 可憐は最後までナビ係の仕事はしなかった。


 ***


 時間帯はすでに深夜になっていた。住宅街に明かりはなく、辺り一面が暗闇に包まれている。


「このまま300メートル先、目的地になります。運転お疲れ様でした」


 カーナビのガイドが終わり、俺は目的の家の近くに車を停める。

 首の痛みは時間とともに酷くなっていて、折れてないかと心配になるぐらいだ。


 「高井」の文字が書かれた表札。それを確認し、震える指先でインターホンを押した。

 非難される覚悟はできている。それでも帰らせてあげなければいけないのだ。


 深夜なのにも関わらず、あまり待たずして扉が開く。現れたのは、30代後半のおしとやかそうな女性だった。


「エンバーマーの久遠と申します。そちらのご主人のご遺体を届けに参りました」


 ――まるで悪魔の宅配便だ。だけど、こんな言い方しか思いつかなかった。

 どんな批判を受けても仕方がないと思う。家族の遺体を銃で撃ち、それを渡しにくる。異常としか言いようがないだろう。


 その女性はひどく悲しそうな表情を浮かべながらも、声を荒げることはしなかった。


「夫の遺体をみせてくれませんか?」


 俺は車から高井さんの遺体を玄関へと移動させる。


 高井さんの奥さんは、帰らぬ姿となった夫を見て涙を流しながら呟いた。


「あなた……おかえりなさい」


 ただいまの声が返ってくることはなかった。


「高井さんは、家族のことを一番に考える素晴らしいお父さんだったと思います。こんな形になってしまって本当に申し訳ありません」


 震える声で謝罪をする。どの口がそんなことを言えるのだろうか。

 しかし、高井さんの奥さんを見ると、彼女も頭を下げていた。


「いいえ、あなた方には感謝しています。もし夫が事故で亡くなった後、すぐに遺体として我が家に戻ってきても、心の底からおかえりなさいとは言えなかったかもしれません。それにレヴェナントになる可能性がある以上、娘を近づかせることもできません。夫は監視のもと隔離された状態で過ごすことになったでしょう」


 頭を下げ続ける俺をよそに、ゆっくりと紡がれる彼女の言葉。


「それは、夫も望んでいなかったと思います。今の状態になって初めて、夫は我が家に本当の意味で帰ってくることができました。寝ている娘にも伝えたいと思います。お父さんは最後までお父さんとして帰ってきたよ、って。だから頭を上げてください」


 途中から俺の視界はぐにゃぐにゃに歪んでぼやけてしまっていた。この仕事に就いてから恨まれることはあれど、感謝されたことはなかったから。


 すると、家の中から違う女性の声が聞こえた。


「まったく勝手なことして! 今度やったら、しっかり報告させてもらうからね」


 顔を上げて声の主を視線で辿れば、そこにはスラっとした長身の女性が立っていた。

 そしてその声は、今日何度も耳にしていたものだった。


「東雲さん……?」

「初めましてね、隼人くん。通信を切られた瞬間、何をしようとしてるかすぐに分かったわ。高井さんの住所を教えたのは私だったしね」


 東雲さんは先に高井さんの家に行き、事情を説明していたのだという。

 だから、奥さんも突然の深夜の来訪をスムーズに受け入れてくれたのだろう。


「あらあら! 男の子なのにそんなに泣いちゃって」


 からかうような東雲さんの声。俺は恥ずかしくなって俯いてしまう。


「首のむちうちが悪化したんです! 痛くて前を向けません」

「ふふっ、じゃあ運転できないわね。なら私が運転していってあげるわ! 借りたパトカーもあなたたちも、返さないといけないしね」


 そんな東雲さんの提案に、後ろで聞いていた可憐が横槍を入れた。


「あなた、運転できるんですか? なんかすぐテンパっちゃうみたいでしたけど」

「あなたも初めましてね、可憐ちゃん。お姉さんに任せなさい!」


 そう言って東雲さんは運転席に乗り込んだ。俺は助手席に乗ろうとするが、可憐に後部座席へと引っ張られてしまう。


「なんでナチュラルに助手席に乗ろうとしてるの? 隼人くんって、ほんとすけこましだよね?」


 可憐の言い分だと、四人乗りならそのうち一人は、必ずすけこましになってしまうだろう。


「あ、東雲さん。ここら辺は明かりが少ないので、ちゃんとライトをつけていってください」

「分かってるわよー」


 ――するとワイパーが動き出した。


 そのワイパーが流れている涙を拭ってくれている気がした……わけでもなかった。


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