第22話 ビジョン

 翌日、あたしは言われた通り、軽音部の仮部室になっている多目的室に行ってみた。中ではギタローがノートに何かを書いていて、ケムリンがドラムのセッティングをしていた。


「あ、ナッツン、来てくれたんだ」


 すぐに気付いたケムリンがおいでおいでって手招きしてる。


「ナッツンって何?」

「俺が決めた名前。ナツミだからナッツン。いいっしょ?」

「あ、うん」


 なんかケムリンって人懐っこくて調子狂わされる。ギタローの方はと言えば、あたしの顔見て軽く手を上げただけ。とっても対照的な二人。


「ユウキは?」

「木村と楽器室行ったよ、アンプ取りに。すぐ戻ってくる」

 って言ったところに二人がアンプを持って戻ってきた。


「ただいまー」

「早かったじゃん。ナッツン来てるよ」

「あ、ナツミ、来てたんだ」


 ユウキの嬉しそうな笑顔。あたしはちょっと複雑。

 アンプをドカッと床に置いてこっちに向かってくるユウキ。二人で……楽器室で何してたの?


「ギタローと話した?」

「ううん。今来たばっかり」

「じゃ、こっち来て。木村、アンプセットしといて」

「へいへい」


 うはー。ユウキってば木村君を顎で使ってる。ユウキと一緒に教室の奥のギタローのところへ行くと、何やらシャーペンで箇条書きにしてた。


「これ」


 おおっ、ギタローの声! 低い! 初めて聴いた!


「これを中心に何本か。レイアウトはこれ」

「ちょっと見せて」


 本当に必要最小限しか話さないギタロー。へえ、大人っぽい読みやすい字。きれいな字を書く男子って、なんかカッコいいな。


「えーと、この文化祭って言うのは、この前の文化祭ライブのことを書くんだよね? お客さんの男女比とか、ノリノリの様子とか書けばいいんだよね」

「そう」

「え、何これ。三人とも二月生まれだからFebruaryってバンド名にしたの?」

 木村君がそこに笑いながら付け加えた。

「サポートメンバーのユウキも二月生まれだってよ」

 

……知らなかった。あたしの知らないユウキを、木村君は知ってる。ちょっとショックだったけど、気を取り直して続きをギタローに確認しなきゃ。


「クリスマスライブってのは、今度のライブのお知らせかな?」

「うん、会場と時刻はこれ」

「了解」


 そこまで来て、あたしは目を疑った。そこに書いてあることが信じられなくて、三回読み直した。


「ねえ、この春季交換留学情報って……」

「ああ、それね」


 ユウキが割り込んできた。


「来年の春季の交換留学生に木村が立候補してんの。私が今、秋季で来てるでしょ? 次の春季は木村がシカゴのうちの学校に来る感じ」


 木村君がシカゴに?


「え、それって……春からまたユウキと木村君、一緒の学校ってこと?」

「うん、そういうこと。まだ立候補段階で決まってないけど、立候補が一人しかいないらしいからね」


 木村君がシカゴに。またユウキと一緒に。嘘でしょ?


「多分、決まると思うよ。木村そこそこ勉強できるし、英語もそれなりに話せるしね」


 そんなこと、考えつかなかった。そうだよね、ユウキが来てるんだもん、行くことだって考えられるんだよね。でも、それを決断できてしまうんだ、木村君。なんか……力の差が歴然だ。


 っていうか。ちょっと待って。

 ユウキは留学生だったんじゃないか。うちの学校の交換留学は年二回、春季と秋季。三か月ずつだ。ユウキはもうすぐシカゴに戻ってしまう。

 なんてことだ、なんで今まで気づかなかったんだ。ずっと一緒に居られるわけじゃなかったんだ!


「ごめん、また来る」


 頭が真っ白になってしまったあたしは多目的室を飛び出した。



 飛び出したはいいけど部室に戻る気もしなくて、なんとなく渡り廊下から中庭を眺める。一階にある茶室に面した中庭には、白い玉砂利を敷き詰めた日本庭園のようなものが設えてある。誰が手入れしてるのか、京都のお寺とかにあるようなのとはずいぶん趣が違う。


 木村君、バンド活動をしながらも、着々と準備を進めてたんだ。あたしみたいに、目の前のことだけで勝手に一喜一憂してるのとは訳が違うんだ。

 あたし、ほんとバカみたい。何もしないでユウキの一番でいようなんて、虫が良すぎるよね。そこにいるだけでいいなんて、自惚れにもほどがあるよね。


「酷ぇ枯山水だな。もうちょっとどうにかなんねーのかな」


 後ろで声がした。振り返るまでもなく、あたしの横に木村君が並んだ。


「シカゴの姉妹校と年二回の交換留学で異文化交流を積極的に進めています……なんて学校の謳い文句にするくらいなら、最低でも日本文化はきちんとしておくべきだよなぁ。せめて灯篭か鹿威ししおどしでも置いとけっての」

「ユウキのこと、本気だったんだね」

「は?」

「シカゴ、応募してるとは思わなかった」


 木村君とは目を合わせずに言った。合わせられるわけがなかった。


「去年から応募してんだぜ。ユウキなんか関係ねーよ」

「じゃあ何しに行くの?」

「勉強に決まってんじゃん。俺、本気で音楽で食っていこうと思ってるから」

「木村君ならそれで食べていけるよ」

「じゃ、ユウキが全く関係ないのわかんだろ? 俺は英語と音楽を勉強しに行くんだよ」


 なんだか妙に納得がいかない。


「ギタローとか、行かないの?」

「あいつはもう一年の秋季に行ってるよ。この学年では第一号。二年の春季はケムリンが行ってる。俺はこの二年の秋季にって話もあったけど、ライブと文化祭に出たかったから、三年の春季に予定入れといたんだよ。俺ら、本気だから。恋愛がどうのなんてバカバカしいところで動いてねえんだよ」


 木村君があたしを真っ直ぐ見た。恋愛で動くのってそんなにバカげたこと? 木村君から見たら、あたしは大馬鹿なわけ?


「じゃあ、ユウキのことはどう思ってるの?」


 あ、なんてことを聞いてしまったんだろう。これ、どんなふうに答えられても、あたし、終わるんじゃないのか。


「好きだよ」

「えっ」

「ずっと一緒に居たいと思ってる。あれ以上の女はいないよ。なんせ、この俺を殴り倒したんだからな」


 好きなんだ……やっぱり。


「ライブを前にした俺の鼓膜を破りやがったくらいだ、これで惚れない方がどうかしてる」


 その感覚はイマイチ理解できないけど。


「留学の楽しみが増えた。またユウキと一緒に居られる。お前、どーなの?」

「え、あたし?」

「ユウキのこと、好きなんだろ?」


 そんなはっきり言わないでよ。


「お前も申請すれば? シカゴ」

「理由が無いから」

「なんだ、お前にとってユウキなんかその程度じゃん。その程度なら、俺とユウキがどうなろうとお前の知ったこっちゃねえな。俺とユウキが男と女の関係になってもな」

「えっ、だめ!」


 だけど、木村君は恐ろしいほど冷たい目であたしを見たんだ。そして、感情のない声で静かに言ったんだ。


「うるせえよ。お前なんかただのユウキのファンじゃねえか。なんもしないでキャーキャー言ってるだけで、ユウキの近くにいる奴を妬んでるだけだろ」

「それは……」

「違うか?」


 違わない。木村君の言う通りだ。


「お前将来のビジョンってあんの?」


 将来の? そんなもの……。


「無いって顔だな。お前が今、自分が何をすべきか全く考えていないのは、将来のビジョンが無いからだろ。自分が何をする人間になりたのか、考えれば自ずと答えなんか見えてくる。お前はそれをサボってる。高校生活なんかあと一年チョイなんだぜ。後回しにしてると一年後に困ることになる」


 確かにそうかもしれない。木村君はそんな事とっくに考えていて、しっかりと自分を見つめてる。計画を立てて遂行してる。そんな木村君だからこそ、ユウキも……。


「俺、戻るわ。ホームページの紹介文、よろしく」

「木村君」

「ん?」


 振り返った木村君の目が優しい。


「ありがとう」


 木村君は返事をせずに、片手をあげてそのまま行ってしまった。

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