第20話 見てたの

 翌日、あたしは部室で一人悶々としていた。昨日の木村君とユウキをどう解釈したらいいかわからなくて、もう、そのことばかりが頭のなかをぐるぐるぐるぐる、今日は授業なんて一つも聞いていなかった。

 木村君のキスを普通に受け入れてたユウキ。彼の前で素肌を晒して。

 っていうか、木村君、手が早すぎだよ! キスしてるだけだと思ったのに、知らぬ間にボタン外してたの? 肩が出るまでって、どれだけ外したんだろう。第二ボタンじゃ肩は出ないよね?

 あたしは自分のボタンを外してみた。第二ボタンじゃ肩は出ない。第三ボタンなら……ああ、肩出せるな。でも、ここまで開けたら、普通にブラとか見えるじゃない! 

 ああ、もうやだ! あたし何やってるんだろう。まるで変態だ!

 元通りにボタンを留めて、ネクタイをキュッと締め直したところに、ユウキの足音が聞こえた。

 ユウキはいつもと同じように、何事もなかったように部室に来た。ほんとなんでもない顔で。

 だけどあたしはどんな顔をしていいのかわからなくて、ユウキと顔が合わせられない。

 俯いていたら、ユウキはいつものようにあたしの隣に座った。


「どうしたの、そんな顔して」


 そんな顔って、あたし、どんな顔してるんだろう。


「ねえ、ユウキ。正直に言って」

「ん? 何?」

「木村君のこと、好き?」

「え? また木村? どうしたの、そんなに木村が気になる?」

「いいから答えて」

「ん~、そうねぇ」


 ユウキはちょっと焦らしてから、あたしを正面から見た。


「好きだよ」

「恋愛対象として?」

「うん」

「あたしは?」

「ナツミも」

「そんなのズルい」

「ズルいって言われてもね」

「どっちか選んで!」

「私はノーマルだって言った筈だけど、選んでいいの?」


 それって、あたしより木村君を選ぶってこと?


「ごめん。あたし、昨日見ちゃった。北校舎の階段の踊り場で、たまたまユウキがいるのが見えて……」

「へえ、ほんとだったんだ」

「え?」

「木村がさ、あそこでナツミが見てたよって。冗談かと思ってた」


 そんなに軽く言わないでよ。見られてたこと、なんとも思わないの?

 それどころか、ユウキってばくすくす笑ってる。


「ナツミ、覗きの趣味があったの?」

「ちが……」

「でも、見てたんでしょ?」

「ユウキは見られてると思って興奮したの?」

「そうだね……ナツミが見てると思ったら余計にね」


 やだ、ユウキ、木村君と?


「え、まさか……したの?」

「何を?」

「え、あ、その、つまり……」

「したよ」


 ええええええっ!!!


「キス。いっぱい」

「あ、ああ、そうだよね、キスね、いっぱいしてたよね」

「見てたんでしょ?」

「う、うん」


 やだ、あたし何焦ってるの! ああもう、あたし一人でパニクってる。そうだよ、学校じゃん、変な事できるわけないじゃん! いや、キスだって十分変な事だけど。あ、でも、あたしもユウキとしてるか。あん、もう、どうしよう!


「あいつ、肩フェチなんだよ。肩にキスさせろとか言ってさ」


 だから肩出してたんだ。もう、木村君のスケベ!


「何やってんの変態って言ったら、お前だってナツミにキスしてたじゃんとか言って。あいつも覗きの趣味があったらしいよ」

「えっ? 見られてたの?」

「そうみたい。録画して永久保存版にしたかったとか明るく言ってたな」


 嘘でしょ! 死ぬほど恥ずかしい! もう木村くんと顔合わせられない!


「木村は私たちの関係知ってるから、今更隠す必要もないってこと。堂々とイチャつけるからね」

「そういう問題じゃないよ」

「なんで?」

「だって、ユウキ、木村君のことも好きなんでしょ?」

「うん。何が問題?」

「木村君はユウキのこと……好き……なんだよね?」

「さあね。あいつの周りは女がいっぱいいるから」


 え、なんか。気のせいか、ちょっとユウキが寂しそうに見えた。もしかして、木村君のこと、本気で?


「木村のことはもういいでしょ? 今は私とナツミの時間なんだからさ」


 ユウキが顔を寄せてくる。でもあたしは素直に喜べない。木村君のことがどうしても気になって、つい、ユウキを拒絶してしまった。


「どうしたの?」

「木村君とは、普通のキスしかしてないよね?」

「え? どういう意味?」

「だから、その」


 何が言いたいのか自分でもよくわからない。なんでもいいから、あたしはユウキの特別でいたいの。


「ノーズキスはしてないでしょ?」

「ああ、してないよ」

「だめだよ、木村君としちゃ」

「は?」


 もう、気づいてよ!

 あたしはユウキの肩に手をかけると、鼻の頭に顔を寄せた。


「だから、ノーズキスはあたしだけの特権だからね。他の人としないで」


 きょとんとしていたユウキが、突然くすくす笑い出した。


「バカだね」

「きゃあ」


 急に抱きしめられてバランスを失ったあたしは、そのままユウキの腕の中に倒れ込んでしまった。


「ちょっと」

「可愛いナツミ。放してあげない」

「ユウキってば」


 ユウキの鼻があたしの鼻に押し付けられる。ちょんちょんちょん。


「これは、私とナツミだけね。他の誰にもしない。約束」

「木村君にしちゃやだよ?」

「わかった」


 って言いながらも、なんかあたしの中ではモヤモヤするものが残った。

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