第19話 多目的室
最近、ユウキが部室に現れる時間が遅い。あたしは毎日待ちぼうけを食らってる。
元々、本を読んでは文芸誌にちょっと投稿したりする程度の部だったし、あたし一人しかいなかったんだから、ほんの二か月前と変わらないんだけど。
だけど、一度ユウキのいるこの部屋を体験してからは、彼女がいないことがとてもあたしに孤独を感じさせる。
彼女が来ない理由はわかってる。木村君と一緒に居るんだ。厳密にいえばFebruaryのメンバーと。
Februaryの練習していたスタジオが建て替えで使えなくなってしまったから、仕方なく「軽音部」として申請を出して、多目的室を使う許可を取ったんだって。ケムリンが言ってた。あの部屋なら隣の物置にドラムを置かせてもらえるらしい。
ユウキはサポートメンバーだけど、なんやかんやと言ってはケムリンや木村君に拉致されてくんだ。
それでもちゃんとここには来てくれる。あたしがここで待っているから。
いつもなら。
だけど今日はいつまで経っても来ない。どうしちゃったんだろう?
邪魔になるかもしれないとは思ったけど、ちょっと多目的室を覗いてみることにした。
多目的室は北棟の端っこにある。楽器室とか、陶芸用粘土やキャンバスが置いてある美術準備室とか、実験器具やなんかを保管してる理科準備室とか、そんな部屋の並ぶ北棟の2階の一番奥。校内でもあんまり人の寄り付かない領域。渡り廊下の奥に突き出しているから、階段の踊り場の窓から見えるんだ。
もしかしたらユウキはここにいないかもしれないけど、いたらラッキーって言うくらいのつもりで多目的室に向かう。
勿論ユウキがいたからと言って引っ張って帰るわけにもいかないけど、でも、軽音部という名のFebruaryがどんな練習をしてるのかもちょっと気になる。それに、Februaryでのユウキの立ち位置も気にならないと言えば嘘になる。このままメインメンバーに組み込まれちゃったら、本当に文芸部の部室に来なくなっちゃうかもしれない。それだけは何が何でも阻止しなくちゃ。
北棟の階段を駆け上がる。運が良ければ踊り場からユウキが見えるかもしれない。いるかなー? ……あ、あの後ろ姿はユウキだ。ちょうど窓の近くにいる。
次の瞬間、あたしは固まった。ユウキのすぐ向かいに木村君がいたんだ。ユウキの肩を掴んで。
あたしはあの日を思い出した。木村君に無理やりキスされたあの日。ユウキが怒り狂って木村君を殴った日。あの時と同じように、ユウキの肩を掴んだ木村君が、ユウキに顔を寄せていく。
あたしは階段の踊り場の窓にへばりついた。少し下から見上げるような形だけど、二人が窓際にいるから良く見える。だめ、木村君、これ以上ユウキに近寄らないで!
ユウキが木村君の胸を押し返す。良かった、少なくともユウキは望んでないんだ。
だけど次の瞬間、木村君は彼を押し返したユウキの手首を掴んで、彼女の頭の上で窓に押し付けた。ユウキが体ごと窓に押し付けられる。
ここからでもわかる。木村君が……ユウキにキスしてるのも。ユウキがそんなに抵抗していないのも。
いや、寧ろ彼を積極的に受け入れていることも。
何度も何度も、顔の角度を変えながら、深く深く口づけして……それを、こんなところから覗いている自分がとても卑猥な気がして。だけど、人の愛し合う姿を覗き見る背徳感が、あたしを興奮させる。
やだ、あたし、悔しい筈なのに、なんでこんなにドキドキしてるの? なんでこんなに期待してるの? あたしのユウキを返して欲しいのに、それなのに、木村君とのキスがもっと見たいと思うのは何故なの?
二人は唇を合わせたまま、ユウキの手首を押さえていた木村君の手が、彼女の腕に沿ってスルスルと降りていく。そのまま脇の下を通って、ウエストのくびれを滑り、腰のラインから腿まで撫で下ろす。ユウキの手が降りてきて、木村君の腰の辺りに添えられる。
ここからだと見上げる形になるから、あまり下の方は見えないけれど、長いキスを楽しみながら、木村君の手がユウキの首筋を撫でるのが見える。
なんて官能的な動きをするんだろう。見ているだけでゾクゾクする。その彼の手が、ユウキのシャツの襟にかかった。そのままするりと肩から落とされて、彼女の左の肩が
あたしが慌てる間もなく、彼の手は下着のストラップも肩から滑り落とした。
ここでやっとあたしは現実に帰った。このままじゃユウキが……。
なのにあたしの体は金縛りに遭ったように動かない。本能がそうさせているんだ。『見ていたい』という欲求が勝ったのだ。
ユウキの首筋に顔を埋めた木村君は、肩までのラインに沿ってその素肌に唇を滑らせていく。あたしはそれを見ているだけで、彼にそうされているような錯覚に陥った。
ユウキじゃないのに、木村君なのに、しかも見てるだけなのに、何故あたしはこんなにドキドキしてるの? 何故こんなに感じてるの? あたしはおかしくなってしまったの?
その時。木村君が不意に顔を上げた。あたしは彼と目が合ってしまった。どうしよう!
なのに、木村君はあたしを見るとニヤリと笑って、人差し指で「おいで」って合図を送って来た。そんな、行けるわけないじゃない!
どうしたらいいかわからなくなったあたしは、そのまますぐに部室に引き返すと、逃げるように家に帰った。
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