第18話 レモン

 文化祭以来、ユウキのファンは確実に増えてしまった。元々女子の間にファンクラブができていたくらいなのに、更に大勢がユウキを知ることになっちゃった。

 しかも、元からのファンだった子たちも、文化祭の木村君とのセッションを見てから『熱狂的』っていう形容詞? 形容動詞? 枕詞? そんなのがつくくらいになっちゃって、もう誰の手にも負えない感じ。

 Februaryファンの人たちも、ユウキをメインメンバーに迎えることを望んでるみたい。ユウキは「サポートでいいよ」なんて相変わらずだけど。


 それと。ちょっと悔しいんだけど、あの文化祭以来、ユウキと木村君が付き合ってるらしいっていう噂が広がってる。まあわからなくもない。あれだけ親し気に一本のギターを弾いてたんだから。なんでもないただの友達に二人羽織はできないでしょ、同性ならともかく、そうじゃないのに。

 それにね、あたしは途中で抜けちゃったから知らなかったんだけど、ユウキを紹介したときのインタビュー、「バストは?」「あとで触らせてやるから当ててみな」っていうあのやりとり、本当にやったらしい。

 木村君があのまま後ろからユウキの胸を触って「触ったくらいじゃわかんねー」って。それに対してユウキが「じゃあ、揉んでみな」って言ったらしくて、講堂が大騒ぎになったとか。もう、ユウキってばここ日本だよ! っていうか、女の子がそういうこと言う? 

 結局、木村君も涼しい顔でユウキの体を散々撫でまわして、スリーサイズを完璧に当てたらしい。そりゃ盛り上がっただろうけど、文化祭だよ、学校の!


 で、今あたしは部室でユウキに説教してたわけだ。こんこんと!


「あいつ相当女食ってるな」

「木村君?」

「うん。だってさ、私、教えてないんだよ? それなのに正確に当てて来たからさ。女同士だってわかんないじゃん?」

「そうかな?」

「ナツミのスリーサイズ、当てて見せようか?」

「遠慮する」

「そう言うなって」


 ユウキがあたしのウエストに手を添える。やだー、寸胴なんだから触らないでよー。


「座ってたらわかんないね。立っててもわかんないけど」

「でしょ? だからおしまい」

「待って待って、当てるから」


 何かユウキが楽しそう。変にはしゃいじゃって可愛いったら。


「私と同じくらいかな。57?」

「そんなに細くないよ」

「60?」

「うん」

「大して変わんないじゃん」

「ユウキ、あたしより3センチも細いじゃん。もーやだぁ」


 ブツブツ文句を言ってるあたしを無視して、ユウキの手がするりと腰のあたりを撫でる。


「ヒップは結構あるかな? 86くらい?」

「そんなにないよ」

「84だ」

「うん」

「私のバストと同じ」

「えーっ、ユウキそんなにあるのー? 男子みたいなのに、そういうとこばっかりしっかり女子でずるーい!」


 ユウキがくすっと笑って耳元で囁いた。


「触る?」

「いいの?」

「ふふ、ナツミは木村だけに触らせてていいの?」

「だめ、ズルい!」


 そっとユウキの胸に触れる。形のいい綺麗なバスト。でもシャツ着てネクタイ締めたらあんまりわからない。


「木村君、ほんとに触ったの?」

「あの野郎、観客の前で後ろから思いっきり揉みしだいてくれたわ」

「ええっ!」

「冗談の通じないヤツなのか、わざとなのか、全くしょーがない奴だ」


 って言いながら、ユウキ、楽しそう。


「仕方ないからわざとエロい声出してやった」

「どっ、どんなっ、声?」

「聴きたいの?」

「あ、やっぱいい、遠慮する!」


 ユウキはくすくすと笑ったかと思うと、急にあのドキッとするような目をこちらに向けてきた。


「ナツミは何センチくらいかな?」

「えっ、あ……」


 急にユウキの手があたしの胸元に伸びた。


「ちょっと待った!」

「やーだ、待たない」

「あっ、ちょっ、やっ」


 ソファの背もたれに押し付けられて、唇を塞がれる。ユウキの手があたしの体を往復して、思わず背筋が伸びてしまう。だめ、ユウキ……。


「んんっ……」

「なあに?」


 唇が解放された。と同時に、自分から驚くほど甘い声が出てしまって焦る。

 ユウキの艶めいた眼が、あたしを挑発するように見てる。


「80、いや、81かな」

「ぁ……」

「どうしたの? サイズ当てゲームしてるだけだよ?」


 彼女の手があたしの上半身を緩やかに移動する。

 どうしよう、あたし、一人で息が荒い。恥ずかしい。


「感じてるの?」


 ユウキが楽しげに笑う。


「ユウキは」

「ん?」

「木村君に触られて……その、感じたの?」

「まさか。あんなところであんな鷲掴みじゃ、色気もそっけもない」


 ちょっとー。ユウキってばそんなこと平気で言うし。もうちょっと恥じらってよー、こっちが恥ずかしくなっちゃうよ。


「でも、二人っきりならわかんないね。案外その気になるかも」

「その気……って?」

「子宮が疼くかも」


 や、ちょっと、え、ユウキ! なんてこと!


「あいつも男だからね。私、ノーマルだから感じちゃうかも」

「ダメ! ユウキ、もう木村君と喋らないで! 近寄らないで!」


 あたしが必死に訴えると、ユウキってばケラケラ笑いだすの。


「ごめんごめん、そんな泣きそうな顔しないでよ。冗談だってば。あいつが手を出して来たら、またぶん殴っちゃうかもね」

「やだもー! 殴るのもダメ。次は網膜剥離とかしちゃうかもしれないでしょ!」

「ちょっと、私をプロボクサーあたりと一緒にしないでよ。か弱い乙女だよ?」

「誰がか弱い乙女よ! もう、ユウキのバカ!」


 どさくさに紛れてユウキに抱きついた。ああ、レモンみたいないい匂い。ユウキの匂いだ。彼女の首筋に顔をうずめて、その香りを堪能する。


「くすぐったいよ、ナツミ」

「いい匂いなんだもん」

「レモンヴァーベナだよ」

「レモンじゃないの?」

「うん。ハーブ」


 反撃してみようかな。


「レモンも、美味しそうだよ?」

「桃ほど甘くないよ?」

「あたし酸っぱいのが好きなの」

「食べてみる?」


 やだー、もう、ユウキの方が一枚も二枚も上手。全然動じないんだもん。

 

「食べてよ」

「食べてあげない」


 あたしは彼女の鼻にキスをした。やっぱりまだ慣れられないらしい。

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