nose kiss

如月芳美

第1話 ユウキ

 あたしとユウキの瞳の間で、彼女の焦げ茶色の前髪が揺れる。こんなに近いのに、ユウキはあたしから目を離さない。瞬きもしない。あたしは彼女の瞳に吸い込まれるように、その顔に自分を寄せていく。

 最初の頃は、よく額をぶつけた。その度に、二人して笑った。今じゃもう額がぶつかることなんてない。


 最初に触れるのは鼻。

 次に触れるのも鼻。

 小鳥が何かを啄むように、ちょんちょんって。

 ちょっと角度がずれると、唇が触れてしまいそうな、そんなスリル。


***


 いつからあたしたちはこんな風になったんだろう。自分でもよく覚えていない。

 だけど、ユウキが交換留学でやってきたとき、あたしは一撃でユウキに恋をしたんだ。それだけははっきり覚えてる。

 

 あの日のユウキは私服だった。制服が間に合わなかったらしい。最初の登校日、ブラックジーンズに白いシャツで現れた彼女は、後ろから見たら男子のようだった。

 すらっと背が高く、スマートで、柔らかな焦げ茶色のストレートヘアをショートカットにした彼女は、男子の中に紛れてしまったら本当にわからなくなってしまいそうだった。


 あたしは職員室から運んで来たたくさんの本を両手に持って、階段を下りる途中で足を踏み外したんだ。あと数段ってところだったけど、焦って本をばら撒いてしまって。

 その時ちょうど階段を上ろうとしていた彼女に抱き留められたんだ。


「大丈夫?」


 彼女の腕の中で、頭上から囁かれたそのハスキーヴォイスに、あたしはお腹の底がゾクってしたんだ。ドキドキしながらそっと見上げたら、すぐ目の前に彼女の目があって。


 オッドアイだった。柔らかな焦げ茶色の瞳と、深い緑の瞳。あたしはその美しい瞳に魅入られて動けなくなったんだ。


「あ、うん、ありがとう」

「私のクラスの人だよね?」


 それで、散らばった本を一緒に拾ってくれて、運ぶのを手伝ってくれて。

 あの日からあたしの目にはユウキしか映らなくなった。

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