第16話 千葉
木村君たちのバンドの演奏はどれも好評だった。
何よりあたしを驚かせたのは、曲のジャンルが全部違うこと。ロックバンドなのかなーって思ってたら、スカボローフェアでスタートでしょ、代表曲って言ってた『February』はちょっとジャジーな感じだったし、その後の曲はダンス系みたいなのもあればフュージョンもあって、いったい何屋さんなんだろうって悩んじゃうような、なんだか不思議なバンドだ。
そんなバンドに放り込まれて、すぐに順応してしまうユウキもユウキだ。それだけの知識とテクがあるってことだもん。
すっかり夢中になっていたら、あっという間に持ち時間が過ぎて、最後の曲になってしまった。そうだった、これ、文化祭だったんだ、忘れてた。
「えーっと、実行委員の方からあと一曲の合図来ちゃったんで、最後の曲になります」
客席から「えーっ!」って不満の声が一斉に沸き起こる。かくいうあたしもその声を発した一人だけど。
「ごめんごめん、文化祭だからね。来月のクリスマスライヴで待ってるから。さーて、それでは最後の曲なんだけど。これねー、俺の長年の夢だったんだけどさ、つってもまだ16年しか生きてねーけど」
会場が笑いに包まれる。ほんと木村君上手いな。16歳ってことはまだ誕生日来てないんだ。
「どーしてもやってみたいことがあったんだよね。でもこれ、一緒にやれるパートナーが今までいなくてできなかったんだ。今回サポートで入ってくれたユウキがそれを可能にしてくれた。まあ、とにかく聴いてよ、曲は『Thousand Leaves』簡単に言うと『千葉』!」
再び大爆笑に包まれた。千葉! 千葉なの? じゃあ青森は『Blue forest』?
なんて馬鹿なことを考えている間に『千葉』は始まった。
ハードロック! 『千葉』はハードロックだ! 何故『千葉?』
ケムリンが楽しそうにパカパカシンバルを文字通りパカパカさせながら、右手で端っこの大きい太鼓をガンガン叩いてる。ずっとパカパカシンバルで刻んでたのに、この曲はこの低い音の太鼓で刻むんだ。へえ~、こういうのもあるんだ。左手はあっち行ったりこっち行ったり、シンバルの間をウロウロと大忙し。
ギタローは相変わらず顔色一つ変えずにずっとケムリンの右手と同じリズムを刻んでる。たまに1オクターヴ飛んだりしてるけど、あんまり変わりない。そう見えるだけで、実は凄いことしてるのかもしれない。素人にはわからない!
それより。ユウキと木村君だ。何よ何よ何よ、なんなのこれ、二人ですっごいイイ感じで、仲良く背中合わせにくっついちゃって、やだちょっと、離れてよ!
背中合わせかと思ったら、今度は並んで二人で顔を見合わせながら。一緒に頭振ったり、一緒に歩いたり、なんか凄い楽しそう。
周りの女子たちのキャーキャーという声援が凄まじい。木村ファンだけじゃなくて、即席ユウキファンまで一緒になってキャーキャーやってる感じ。
ユウキが持って行かれてしまう!
それまで盛り上がっていたあたしの気持ちはどこかに吹っ飛んで、焦りの感情が凄い勢いで押し寄せてきた。周りが盛り上がれば盛り上がるほどその気持ちは大きく膨れ上がり、あたしは落ち着かなくなってくる。
そこへきてとんでもないことを二人が始めたんだ。
木村君が例のはちみつ色のギターを下ろし、ユウキのギター1本になる。ユウキは左手もボディの方に移動して、ネックのヘッド寄りがフリーになる。
真ん中でちょこちょこと弾き始めたところに、ギターを下ろした木村君がユウキの背後に回り、彼女を後ろから抱きかかえるようにそのギターを押さえたのだ。
まさかの二人羽織!
木村君の長年の夢って、これだったの?
ユウキの左側に顔を出した木村君は、右腕をユウキの肩の上からギターのボディに落とし、左手はユウキの外側からネックのヘッド寄りのポジションに固定した。
木村君がユウキに顔を寄せたまま、彼女に熱い視線を送るのがここからでも見える。そしてユウキもあの瞳で彼に応える。
ダメだよ、その瞳で、そんな距離で見つめちゃ。あのオッドアイに魅せられて、木村君もユウキの虜になってしまう!
あたしの声は届かない。二人は時々お互いに視線を送り合いながら、1本の黒いギターで結ばれていく。
ユウキ、こっちを見て! あたしを見て!
あたしがいくら心の中で叫んでも、ユウキにこの声は届かない。
あたしの燃え尽きてしまいそうなほどのジェラシーは、木村君に届かない。
そんな風にユウキを抱きしめたりしないで! そんなに近くで微笑みかけないで!
なのに。あたしの心と裏腹に二人の距離はどんどん近づいて行くように見える。
あたしは居ても立ってもいられなくなって、講堂を飛び出した。
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