第7話 バトン
あれから木村君とは一言も口を利かないまま、体育祭を迎えた。
文化委員の仕事はユウキが代わってくれようとしたんだけど、木村君とユウキで一緒に仕事なんてさせたら、いつユウキが木村君を殴り殺すかわかんないって、周りに壮絶に心配されてた(もちろん木村君が心配されたんだよ?)。
まぁそれ以前に、木村君が学校を休んでいる間に仕事殆ど終わっちゃったんだけどね。
もうユウキってば、女の子なのに男子を殴り殺すって本気でみんなに心配されるってどういうこと? ホント困った人だ。
今日はとてもよく晴れて、十月の頭だというのに真夏並みの温度になった。熱中症にならないよう、みんなこまめに水分補給しながら種目をこなしてる。
今日のメインイベントはなんと言っても最後のクラス対抗リレーだろう。全生徒が参加で、男子と女子が交互に走る。うちのクラスのアンカーは男子が木村君、女子はユウキだ。もうこの時点でうちのクラスが貰ったようなものだ。他のクラスからの大ブーイングも、少し気分がいい。
案の定というべきか、流石ユウキというべきか、短距離も中距離もブッチギリで、まるで他の追随を許さない。それはそうだ、標準より15センチも大きいんだもん。脚だって凄い長いし。ユウキは男子の種目に混じるべきだ。それでも不利な男子はいるだろう。
そしていよいよ本日のメインイベント、クラス対抗リレー。
うちのクラスは鼻も耳も完治してイケメンに戻った木村君と、性別不明女子のユウキがアンカーのゼッケンをつけてる。
カッコいいな、ユウキ。あたしなんてアンカーどころか、参加しない方がクラスの役に立てるのに。
ああ、なんて綺麗なんだろう。どれだけ見ても見飽きないユウキの姿。
柔らかな素材の体操服を着ていると、その体のラインがはっきりと出る。モデルみたいにスレンダーでしなやかなボディ、いつまでもずっと眺めていたい。
でも、あたしも走らなきゃならない、ぼんやり見とれていられない。自分の番が来て、誰にも見られたくないような鈍くさい走りを披露したあたしは、いつもならそのまま『穴があったら入りたい』状態になるんだけど、今日はユウキの雄姿が見たくて必死にその姿を探す。
スタート地点に並ぶ人の中に、木村君とユウキを見つけた。木村君がトラックを一周してユウキにバトンを渡すことになっている。事実上ユウキがアンカーだ。
その木村君がスタートラインに並ぶ前にユウキに何か声をかけたのが見えた。
やだ、ユウキに声かけないで……ってそんな風に思ってしまう自分が嫌。彼はきっとバトンの渡し方の話をしてるか、そうでなきゃ「頑張ろう」とか言ってるに違いない。でも、それさえも嫉妬する自分に気づく。どれだけ独占欲強いんだろう、あたし。
え?
木村君がユウキの肩に手をかけた。手をかけたっていうより、肩を抱いたっていうか。ユウキがその手を払って何か言ってる。どんなやり取りがされているのか、ここからではわからない。木村君は尚も何か言ってたけど、先生に促されてスタートラインに並んだ。
バトンが木村君に渡り、彼がスタートを切る。
速い! 陸上部のエースって聞いてたけど、滅茶苦茶な速さだ。他のクラスをどんどん引き離していく。凄い! 悔しいけど、あたしは改めて木村君をカッコいいと思ってしまった。彼の実力を。
そして彼が一周してくるころ、ユウキがスタートラインに立つ。ユウキが木村君と視線を合わせるのが悔しい。その視線はあたしだけのものなのに。
木村君が「出ろ」と叫ぶ。ユウキが全力でスタートする。20メートル弱であっという間にバトンが渡る。
綺麗だ。無条件に綺麗。ネコ科を彷彿とさせるしなやかな体が風を切って行く。
ユウキが半周ほど終えたところで他のクラスのバトンが次々とアンカーに渡る。走り終えた男子アンカーたちはみんな倒れ込むように地面に伸びているが、木村君だけはすぐにスタートラインに戻り、ユウキのゴールを待っている。
ユウキが最後の直線に入ったところで、割れんばかりの応援席の声援に紛れて木村君がゴールからユウキに声援を送っている。
そのとき。ゴール10メートルほど手前で、ユウキの足がもつれた。そのまま前にのめるように転び、バトンが手を離れた。
女子たちの悲鳴が響く応援席の正面で、木村君がトラックに飛び込んでくる。バトンを拾いユウキの手に握らせて声をかけると、ユウキはゆらゆらと立ち上がり、残り2メートルを倒れ込むようにゴールした。
何か様子が変だ。
木村君はゴールしたユウキの手からバトンをもぎ取ってゴールテープの係に押し付けると、そのままユウキを抱き上げて校舎に向かう。近くにいた先生が木村君に駆け寄り、その後、誘導するように先に立って校舎に向かった。明らかにユウキは意識が無さそうだ。
応援席ではユウキを心配する友人たちのざわめきが起こる。あたしは気が気ではなくてすぐにユウキを追いたかったけれど、勝手にここを離れるわけにもいかず、ただオロオロするしかなかった。
リレー種目が終わり、みんなが応援席に戻るとき、あたしはトイレに行くふりをして保健室に向かった。もう、他の種目なんて応援していられない。
保健室はドアが半分開いていた。あたしはユウキが寝ているかもしれないと思って、音をたてないようにそっと覗いてみた。
そして固まった。
ベッドに横になっているユウキのそばで、木村君が彼女に顔を寄せて、その首筋を撫でていたのだ。
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