第13話 February

 講堂に行ってみて何が笑ったって、朝の東西線中野方面行きみたいな大混雑。その八割が女の子。ケムリンの言ってた通り。冗談じゃなかったらしい。

 ステージ袖に行ってみると、音響係の子たちと談笑してる木村君とギタロー君がいた。


「遅いじゃん。何してたんだよ」

「ナツミとイチャついてた」


 ユウキってば、なんてことを!


「お前が言うと冗談に聞こえねー」

「マジだから」


 笑ってる木村君。本気にしてるのか、冗談だと思ってるのか、わかんなくてこっちがドキドキする!

 

「じゃ、あたし、向こうで見てるから」

「うん、あとでね」


 袖を後にして客席の方に回ると、凄い熱気にやられて倒れそう。近くの女子高の制服がうちの制服と同じくらいいるってどういうことよ? 電車で2駅分くらい離れたところの制服の子たちも結構いるけど、全く見たこともないような制服の子や、中学の制服の子たちも混じってる。木村君ってすっごい人気なんだ。

 周りの子たちの話を聞いていても、木村君の人気が窺える。しかも、木村君だけじゃなくて、ケムリンやギタローもかなり有名人ぽい。


「木村君、今日は凄いカッコいい子とバトルするんだって」

「あれ、女子らしいよ。めっちゃ背が高いから男子みたいだって」

「えー、イケメンなら女子でもいいかも」

「あたしはケムリンのファンなんだよね。去年も来ちゃった」

「ケムリンは可愛い弟系だよね」

「ポーカーフェイスのギタローもカッコいいじゃん」

「わかるー、あたしギタローの追っかけしてる」

「私、Februaryがライブハウスでやったとき、見に行ったよ」

「えー、ずるーい、サイン欲しい」

「てゆーか、バトルする子ってどんな子よ?」

「私見たよー、超美形! メニュー手渡されたもん。名前聞けばよかった」


 February? バンド名なのかな。そう言えばバンド名って聞いたこと無かった。

 ユウキたちの前はバンドじゃなくてマジックショー。前の方のお客さんは笑ってるけど、後ろの方なんか全然見えなくて、みんなお喋りに夢中。

 しばらくしてマジックショーが終わり、マジックなのかコントなのか良くわからない二人組が引っ込んだ。なかなかにウケてたみたい。盛大な拍手を貰ってる。


 だけど……。

 袖のうちからギターの音が聞こえた瞬間、講堂は女の子の大歓声に満ちたんだ。いやこれ、音量チェックとかそういうのじゃないの? まだ姿も見せていないのに、これ? っていうか、11月だよ、何この熱気。講堂の中、冷房が必要だよこれ!

 なんて思ってたら、当の木村君がはちみつ色のギターを抱えて袖から出てきた。黄色い声援を浴びながらマイクの前まで来ると、声援がピタッと止んだ。まるで彼の声を一言一句聞き逃したくないかのように。


「今日はFebruaryの応援に来てくれてありがとう。ドラムのセッティングの間、一曲歌うから、静かに聴いてくれるかな」


 静かに聴くような曲やるの?


「今日は歌うんだ」

「ラッキー」

「木村君、滅多に歌わないからねー」

「インストじゃないってことはオリジナルじゃないのかな」


 え? 木村君のバンドって、オリジナルやってるようなバンドだったの? 凄いかも!

 って思った瞬間、木村君がギターを爪弾き始めた。


 うわ……。普段の木村君から想像できない、キラキラするような綺麗な音。ギター1本なのにポロポロといろんな弦が鳴って、点描で描いた絵みたいにまとまってる。

 凄い。指3本くらい使って弾いてる。ピック使わない弾き方もあるんだ。


Are you going to Scarborough Fair?

Parsley, sage, rosemary, and thyme


 ああ、なんか昔からある曲だ。確かにどこかで聴いてる。何度も聴いたことがある。

 木村君がこんな透明感のある声で歌うなんて、信じられない。すっごい上手い。


 彼の後ろではギタローとケムリンがドラムをセッティングしてる。似たようなシンバルが3枚も4枚も出てきてるけど、わけわかんなくならないのかな。


 あ、ユウキが出てきた。例の黒いレスポール、違う、ギブソン、違う、なんだっけ、ストラディバリウス! なんか違う。とにかく黒いギターのネックを持って出てきた。

 木村君のすぐ横に立つ。木村君がマイクの正面を譲って、二人が並ぶ。なんかちょっとヤキモチ。ううん、ちょっとじゃない、めちゃくちゃジェラシー。しかも二人がお似合いすぎて、それもなんか嫌。

 ユウキが木村君に視線を送ると、彼も歌いながら視線で応えてる。それを受けてユウキが柔らかく微笑み返すのを見ていると、恋人同士にも見えてくる。ああん、もう、なんか嫌! 凄く嫌! 似合ってて嫌! そんな近くで見つめ合わないで!


 曲が二番に入って、ユウキも歌い始めた。ハモってる! うわぁ、鳥肌。何この人たち。ユウキの英語、凄い綺麗。あ、そっか、ユウキはシカゴから来たネイティヴじゃん。忘れてた。

 ドラムの運び込みもほぼ終わって、ケムリンが微調整をしている間に、ギタローのベースも参入してきた。

 これがベースの力か……。この前ユウキが説明してくれた時にはピンと来なかったけど、今、こうしてギタローが入って来てようやくわかった。厚みというか深みが全然違う。安心感が桁違いだ。

 これだけ大勢の女の子たちが、物音一つさせずに聴き入ってる。これだけで凄いこと。あたしもその一人でしかないけど。


 禅問答みたいな不思議な歌詞の歌が終わると、黄色い声の混じらないクラシックのコンサートみたいな拍手が一斉に沸き起こった。それだけ格調高く演奏されていたと言っていい。


「みんな、静かに聴いてくれてありがとう。俺、この歌が大好きでさ。俺がギターを始めるきっかけになった曲なんだ。スカボローフェア。いい曲だよね。さて、ドラムのセッティングも終わったみたいだし、いつもの俺たちのサウンドを聴いて貰おっかな」


 会場が一気に歓声に包まれる。木村君、緊張しないの? まるっきり普段通りの話しっぷり。ステージ慣れしてるにもほどがある。ポケットから2~3枚ピックを出して選びながら、何気なくマイクを通してとんでもないことを言い出した。


「さて、何から行こうか」

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