第14話 ギタロー&ケムリン
「何から行こうか」
ギタローの方を振り返って聞いてる。決めてないの? だけど、当然のように客席からいくつもの声が上がる。
「了解。リクエストがあったから、俺たちの代表曲『February』からね。ギタちゃん、いいっしょ?」
ギタローがサムズアップして見せると、ケムリンがスティックでカウントを取る。
いきなり来た! カウント3つ目の裏からりんご飴の音!
黄色い歓声に混じって駆け抜ける低音、ギタローだ。凄い、この人、あんまり喋らないし、リアクションも小さいけど、ギターの……じゃない、ベースのテクニック半端ない! 指の数と音の数が一致してないんだけど! 弦もギターのより太いって言ってなかった? なんでこんな真似ができんの? あたしの語彙力が全然無さ過ぎてこの驚きが言葉にできない。
だけどギタロー、全然いつもと変わらない顔して飄々と弾いてる。カッコつけたり動き回ったり、そういうのがまるで無い。普通に立って、外の天気でも眺めてるような顔で、なんだか凄いテクニックを披露してる。なんなのこの人、神?
次にユウキが割り込んできた。普通にソロじゃん、これ。何がどう伴奏なのよ?
会場がどよめいたのがわかる。「あの子誰?」「女の子じゃん」「背、高ー!」「すっごい美形!」なんて声があちこちから聞こえる。
っていうか。この前のドラムもめちゃめちゃ上手だったけど、何これ、ギターも凄い上手いじゃん! 「私は初心者だからピック使い分けないと弾けないんだよねー」とか言ってたの誰よ? でも、唇にピック咥えてる。ほんとに使い分けるのかも。
ユウキもギタロー同様、特に目立つこともなく、ドラムからちょっと離れたところでギタローと視線を送り合いながら自然に弾いてる。そのギタローはドラムのすぐ横に陣取ってる。うん、確かにドラムとベースはセット、お父さんとお母さんだ。
そして、満を持しての木村君の登場。っていうかずっと登場してるけど、登場オーラが半端ない。右手に持った赤いピックで一本
周りからはキャーキャーと凄い声援。体を揺らして踊る女の子たち。インストのバンドでこれだけ盛り上がれるって、とんでもないことじゃないの?
木村君の登場とともにユウキがバックに引っ込んだ。立ち位置は変わってないんだけど、それまでソロで弾いてたのが急に伴奏に回ったというか。
さっき使ってたピックを胸ポケットにストンと落とし、咥えていたピックに持ち替える。ほんとに使い分けてるんだ。
ギタローとケムリンと視線を合わせながら楽しそうに刻んでる。なんかケムリンと同じリズム屋さんみたいな感じ、コードついてるけど。
なんて思ってたらいきなりギタローがソロをとった。ベースってソロやるもんなの? あ、違う、違くない、ギタローと木村君がちょっとずつ交代でソロとってる。二人でステージの
木村君が楽し気にガンガン動き回って弾いてる一方、ギタローは飄々と顔色一つ変えずに弾いてる、このギャップがたまんない。
周りでもギタローコールが起こる。へぇ、ギタロー人気なんだ。その間もケムリンとユウキはずっと淡々と刻んでる。それもそれでカッコいい。
不意にギタローが下がった。そのままユウキの方に歩み寄って、顎で「行け」と促してる。ユウキがひょいと肩を竦めて困ったようにギタローに笑いかける。ああもう、あたし以外にそんな笑顔を向けないで!
と思う間もなく、ユウキがセンターに入ってきた。木村君と視線を合わせる。
あのゾクゾクするような艶のある視線を、木村君に向けた! やめて、ダメ。
それは唐突に始まった。
木村君の『痛烈』という言葉の似合うソロ。ネックの根本っていうかボディ寄りのところを押さえて、高音域で凄まじい速弾きを展開してる。まさに超絶テクニックと呼ぶに相応しい演奏。
なんて言うの? もう、『演奏』とかそういう領域じゃない、なんか『職人芸』みたいな、そんな感じ。これを一本のピックで弾いてるんだから凄い。何がどうなってんのか全然わからない。高校生? だよね? 同じクラスだよね?
女の子たちの黄色い声よりも、むしろ今はギターを齧ってるであろう男子の「おお~っ」という低いどよめきの方が勝ってる。こんな神業見せつけられたら、そりゃあ誰だって「おお~」しか出なくなる。
だけど当の本人は実に楽しそうに頭を振ったり歩き回ったり、ユウキにちょこちょこと視線を投げかけながら弾きまくってる。これだけ弾けたら快感だろう。
なんて思ってたら。
木村君がユウキに何か合図した。ユウキが小さく頷く。チラッとケムリンを見やると、ケムリンが長めのフィルイン(※)を入れて雰囲気を切り替える。ソロが移行するんだ。会場中が木村君の長いソロに拍手を贈る。
ケムリンがリズムパターンを変える。名前わかんないけど『パカパカシンバル』をメインに、あまりガチャガチャしないソフトな印象。その代わりと言っちゃなんだけど、りんご飴でかなり遊んでる感じ。ドドドって低い音が毎回変わって聞こえる。同じテンポなのにリズムパターンが変わるだけでこんなに落ち着いた印象になるんだ。ドラムって凄い! っていうかきっとケムリンが凄いんだ。
実際、周りの反応を聞いていてもわかる。女の子たちに混じって、バンドやってるっぽい男子もいっぱいいるから。「流石Februaryのドラマー伊達じゃねえ」「ケムリンうめえ!」「ケム教に入信するわ」なんて声が耳に入ってくる。ケムリンのファンは男子が多いみたいだけど、依然として「ケムリン可愛い」「あの可愛さとドラムテクニックのギャップがいい」なんていう女子の声もちゃんとある。
リズムが落ち着いたところでピーンと一音だけ鳴らすユウキ。ドラムとベースの音をじっくり堪能してから左手をネックの一番遠いところに添える。そう、掴むって感じじゃないの、添えるって感じ。すっとピックを胸ポケットに入れて、右手をフリーにする。
黒いストラトを優しく抱くと同時に、彼女の右手の指が細かく動き出した。
―――――
※フィルイン
一定のパターンで演奏をする中での、フレーズの繋ぎ目となる1~2小節を使った即興的な演奏。これを入れることによって、曲に変化を付けたり、次のフレーズへスムーズな受け渡しをすることが可能になる。
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