第3話 特別
今日もユウキは女子に囲まれてる。あれはどう見たって男子は分が悪い。下手な男子より身長はあるし、スレンダーで均整の取れたプロポーションはうっとりと見とれるレベルだ。その上、彫りの深い整った顔立ち、柔らかそうな前髪の隙間から覗くミステリアスなオッドアイ、非の打ち所がない。
群がる女子に曖昧な微笑を向けて、その輪の中から抜け出してきたユウキは、あたしの手を引いて文芸部の部室に逃げ込む。
「私が困ってるの知ってるなら、助けてくれたらいいのに」
部室に入ると同時に文句を言うユウキ。
「そんなこと言ったって、どうやって助けるの?」
「呼んでくれたら逃げ出せる」
「他の女子に恨まれるよ」
「私がナツミを連れて来た時点で恨まれてるさ。諦めなよ」
「やめてよー、高校生活無事に過ごしたいよ」
そういうとユウキはちょっと悲しげな眼をしてあたしを見るんだ。あの綺麗な瞳で。
「私の逃げ場はナツミしかないのに」
ユウキは勉強もスポーツもできる。料理や裁縫も得意らしい。寧ろ苦手なことを探す方が大変だ。
それなのにユウキは、二言目には「私の逃げ場はナツミしかない」って言う。そんな時、あたしはユウキの『特別』であることを自覚して、秘かな優越感に浸るんだ。
あたしの大事なユウキ。あたしがずっと守ってあげるよ。……そう思ってしまうタイミングでユウキは甘えてくる。ネコのような気まぐれを装って。
特に何をするわけでもない、ただ部室のソファに座って「隣に来て」って言うだけ。あの低めのハスキーヴォイスで。そしてあたしが隣に座ると、いつものようにあたし側の腕を背もたれに乗せて、日本の古典を読む。ただそれだけ。
それが彼女の『甘え』だって気付けるのは、知ってるくせにあたしに古文を訳させるから。
「ナツミはどうしてここにいるの?」
「え?」
「どうして文芸部なの? 他にもクラブあるのに」
「うーん……スポーツ苦手だし、ワイワイやるのも苦手だし。一人で居たいんだ」
そうしたらユウキは寂しそうな眼をした。
「ごめん。私は文芸部に入らない方が良かったか」
「ち、違うよ、そうじゃないよ、ユウキには入って欲しかったの。ユウキだけ! だからあんなに必死に誘ったんだよ。ユウキは特別なの」
思わず、大慌てで否定してしまって、余計な事まで言ってしまった。けど、もう後の祭り。
「その『特別』って何? どういう『特別』?」
「え……その……」
しどろもどろになっていると、ユウキが背もたれに置いた手をスルッとあたしの肩に下ろしてくる。そのまま自分の方にギュッと引き寄せるから、必然的にユウキの肩にしなだれかかってしまうわけで。
やっぱり男子とは違う女子の柔らかい肩。あたしの腕を摑んでいる指は細くて長くて、そのくせ男子みたいに大きくて。
「こういうことしても許されるような『特別』?」
あたしは返事ができなくて、小さく頷いた。
「こういうのも許される?」
ユウキがもう片方の手で、あたしの顔を自分の方に向けさせる。
すぐ目の前に、あの美しい瞳。
彼女の顔が近づいてくるのに、あたしはその瞳に吸い込まれるように身動きができない。
ちょん。
彼女が鼻の頭をあたしのそこにくっつけた。
「nose kiss」
「?」
「日本ではあまりしないでしょ? こうやって鼻の頭をくっつけるの、nose kiss っていう」
「キス?」
「そう。唇は触れないの」
ユウキがあたしから離れて、くすっと笑う。
「それで……許される? こういうの」
あたしは返事の代わりに自分の鼻を彼女にくっつけた。
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