最終R・エピローグ『運命のゴング!!』
後楽園ホール。言うまでもないボクシングのメッカ。今、ここである試合がはじまろうとしている。
それにしても、まさか僕が後楽園ホールに何度も足を運ぶことになるなんて。以前の僕は、後楽園ホールとは無縁だったのに。
会場の照明が落とされた。ざわついていた観客の声が徐々に小さくなり、声一つ聞こえなくなった。まるで夜の森のような静寂が訪れた。リングの中心にスポットライトの光があたる。光は夜の森に注がれた月明かりのようだった。それはすべてを暖かく包み込むと同時に、これから起きる未来を暗示していた。
光の中、人の影が浮かび上がる。
「ただいまより~本日のメインイベント~日本バンダム級タイトルマッチを開催いたします!」
光の中から出てきたリングアナウンサーが独特の口調でアナウンスする。声は静寂の会場に響き渡る。
「なお、このタイトルマッチは、前王者が世界挑戦のためベルトを返上したことによる、一位と二位との日本王者決定戦となります!」
会場がざわついた。静寂がやぶれ、熱気が波紋のように広がっていく。
「それでは選手紹介です!赤コーナー117ポンド2分の1~日本バンダム級一位~宮本~武~!」
待ってましたと言わんばかりに、ワァーとウォーが入り混じった大きな歓声が上がった。会場が震える。それに答えるようにグローブに包まれた拳を高々と掲げた。さらに歓声が大きくなる。
みんなの歓声に応えながらも、目線はただ一人に向けられていた。あこたんだ。何かを決意したように大きく一つうなずいてみせた。
歓声が小さくなっていくのを確認してから、アナウンサーはマイクを持ち替え、青コーナーを差した。
「青コーナー116ポンド2分の1~日本バンダム級二位~佐々木~小太郎~!」
僕の名前が後楽園ホールに響き渡った。宮本さんの歓声に負けないぐらい大きな歓声が上がった。不思議な感覚だった。僕の名前が後楽園ホールで呼ばれることも。僕のことを応援してくれる人がこんなにいることも。
リングの四方八方に深々とお辞儀して回った。
「いいぞー。今日もがんばれよー」
いつからかこれが恒例のパフォーマンスになっていた。ただただみんなに感謝の気持ちを伝えたくてお辞儀しただけだったのに、いまや喜んでくれる人もいる。
応援席に@カイエン氏が集めてくれたオタク仲間が見えた。背中を向け、ガウンを指差す。
「コジロー殿、かっこいいですぞー!」
毎回オタク仲間たちがガウンをつくってくれる。背中には、今流行のアニメ「スクールジョシ。」の女の子のイラストが描かれている。今一番熱いアニメだ。さすが分かってるー。
その横には、真人くんたち応援団がいた。真人くんがやっているBARの常連さん達と一緒に、応援団をつくってくれた。真人くんの友達は、オタクの仲間とは間逆の人たちがほとんど。横断幕には「ぶっ殺せ!」の文字がおどろおどろしく書かれている。
さらにその横には、彗星ジムの太田会長がどっしりと構えて座っている。周りには、彗星ジムの女子練習生たちが囲む。
うーん。なんだか不思議な組み合わせだ。ここだけ見ると何の団体なのか絶対に分からないな。
最後にみおちゃんと目があった。祈るように手を合わせている。
目があった瞬間、祈る手をはずし、僕を睨みつけた。「負けたらゆるさないんだから!」って声が聞こえてきそうだ。
レフリーが僕たちを中央に呼んだ。お決まりの注意点を話しだす。緊張はピークに達していて、レフリーの話は耳に入ってこない。
「いいね」
話が終わったようだ、両者に向かって確認を促す。両者ともレフリーの目をちらっとみて頷く。
顔を上げて、前を向いた。
宮本さんが近づいてきた。僕も怯まずに前へ踏み出した。
両者ぶつかる寸前まで近づいた。
「やっとここまで来たか。遅いんだよ。今日は手加減しないからな」
「はい。僕も全力でいかせてもらいます」
宮本さんが、かすかに笑った。僕も笑おうとしたけど、表情はひきつり、うまく笑顔をつくれなかった。
いま運命のゴングが鳴ろうとしている。
まさか僕がこんな大舞台に立てるなんて。人生は何が起きるか分からない。
僕は、オタクだからとか言い訳して、自分を狭い世界に閉じ込めていた。羽ばたこうと思えばいつでも羽ばたけたんだ。ボクシングに出会ってよかった。ボクシングのおかげで多くの人たちと出会い、大きく羽ばたけた。
僕はオタクだ。アニメもマンガもゲームも好き。ただそれだけ。自分次第で何者にだってなれるんだ。
リングを照らすライトが眩しい。光を吸い込むように大きく深呼吸する。体と心に力がみなぎった。
オタクボクサー完
オタクボクサー 平川らいあん @hirakawaraian
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