第4R『リベンジ』-5

 前の試合が終わった。いよいよ僕の番だ。

なんだろうこの感じ。心臓はドキドキして、気を抜けば倒れそうなほど緊張しているのに、じわーっと胸の辺りから暖かいものがわき出すような感覚。不思議と周りもよく見える。特に天井。いつもはまったく気にしない天井がはっきりと見える。そういえば静かだ。目を閉じると、友達一人一人の声が認識できるほど。

「いよいよコジロー殿の試合ですな。皆で応援しましょうぞ」

「なんだかこっちまで緊張してきた。無事生きて帰ってきてくれよな」

@カイエン氏とオタク仲間の声だ。やっぱり落ち着く。

「怪我なんてしたら許さないんだから。試合が終わったら、この前のお詫びをしてもらうんだもん」

みおちゃんだ。みおちゃんらしい。

なんだろ。こんな時に。目頭が熱くなってきた。こんな僕を応援してくれるなんて。応援ってこんなにうれしいんだ。知らなかったなぁ。アイドルとかは応援してきたけど、身近な人を応援するってなんだか恥ずかしいというか、くすぐったい感じがして今まで避けていた。これからは身近な人も応援していこう。

平田さんが軽く背中を叩いた。「いくぞ!」って合図。僕は目を開けて、両拳を二度叩いて気合を入れる。グローブのはじける音が響く。革っぽくしてあるけど明らかに科学的なビニール素材を叩く音。これが気合が入るから不思議だ。

リングへ続くたった三段の階段を、ゆっくりと踏みしめながら上る。ロープをくぐりリングへと降り立った。

リングの上から、四方八方へお辞儀をした。感謝の気持ちを伝えるために。それと、ガウンを見せびらかすために。

「なんだありゃ」

バカにする声と、笑い声が聞こえてくる。でも気にしない。僕にとっては宝物なんだ。

ガウンを脱ぐと、リング下のあこたんが受け取ってくれた。そして、そのまま袖を通した。えっ!着てくれるの?びっくり。やっぱりあこたん最高だ。

「続きまして、バンダム級の試合を行います。赤コーナー、W大学所属、松本くん」

試合のアナウンスがはじまった。

「松本ー!ファイト!」

W大学の息のあった応援が飛ぶ。

「青コーナー、彗星ジム所属、佐々木くん」

「コジロー殿!ファイトですぞー!」

オタク仲間の応援だ。数では負けてるけど、気持ちは負けてない。どんどん体が熱くなっていく。みんなの力を分けてもらったかのように力がみなぎる。みんなには何にもメリットはないのに、遠くまで来て、応援してくれている。お返しをしたい。せめて全力で戦うんだ。


 レフリーの合図で、相手選手と軽くグローブを合わせ、会釈をする。相手と目があった。気合が入っている。僕だって負けていない。やってきたことをすべて出してやる。

「一回目」

まずはガードを上げよう。ガードは下がりがちだち、ガードが低いせいで何度も痛い目に合った。自分を見直すことで気が付いた。相手のガードが低い。肩ぐらいまで下がっていて、顔はまったくガードされていない。チャンスだ。

ダッシュで相手の元へ向かい、ジャブを放った。クリーンヒット。相手もすかさずジャブを返してくる。

えっ?パンチが見える。実戦練習のおかげだ。宮本さんに比べたら全然遅い。グローブではじき、ワンツーを放った。またもやクリーンヒット。よし、このままラッシュだ。

「ガードを上げろ!松本!」

W大学の応援団の中から声が上がる。相手選手に声が届いたのか、腕全体でガチガチに顔をガードした。ラッシュしたパンチはすべてガードされる。

しまった…、一気にラッシュをかけたせいで、息が上がってしまった。腕が重い。相手選手は、そこを見逃さなかった。右に回り、ワンツーを打ってきた。すぐに相手の方を向きガードで吸収する。構わず前に出てきた。潜り込むように懐に入ってきて、ボディを打ってきた。

痛い。けど、痛くない。宮本さんのパンチに比べたら全然だ。散々、宮本さんにやられたおかげだ。「やられたおかげ」ってなんか変だけど。

パンチも見えるし、当たっても耐えられる。いける。いくぞ。

体をぶつける勢いで相手に向かった。相手も体をぶつけてきた。リング中央で押し合いになる。腕で相手を突き放し、強引に距離を取った。パンチが伸びる距離だ。ジャブを三つ放つ。ガードはされているが、相手は後退する。

もう一度、体をぶつけにいった。またも相手と押し合いになった。だけどさっきとは位置が違う。これを狙っていた。腕で相手を突き放した。相手は後退した。そこにはロープがあった。相手の体はロープに当たり、ロープの反動で戻ってくる。そこに思いっきり、右ストレートを合わせた。

会場に派手な打撃音が響き渡る。手ごたえがあった。しかし、相手のガードの上だった。ガードはやぶれなかったが、僕が押しているようには見えたはず。ポイントにはなるだろう。この調子で前に出るぞ。

と、思った瞬間、ゴングがなり、一ラウンド目が終了した。

「いいぞ。この調子だ。相手のガードは固いけど、ガードの上からでも打っていこう。いつかガードは開くはずだ。それに、優勢としてポイントもつく」

平田さんと思いは同じだった。力の限り前に出る。今の僕にはそれしかない。

「二回目」

ゴングと同時に相手に向かってダッシュした。相手の準備が出来る前に攻撃をしかけるんだ。ワン、ツー、ワン、ツー。まずは四つ。すべてガードされた。まだまだいくぞ。ジャブ、ワン、ツー。手を休めるな。きっとガードは開くはず。

ボクシングは、一人で戦う孤独なスポーツだと思っていた。それは違った。パンチを打つたび、パンチを打たれるたび、一つ一つの動作に様々な人の顔が浮かんだ。ボクシングの動きは単純だけど、奥が深く、どれも一人で習得できるものではない。一緒に練習して、一緒に戦って、時には倒されて。そうしてボクシングを覚えていく。

みんなで作り上げたボクシングをいまこそ披露する時なんだ。

ワン、ツー、ワン、ツー。立て続けに四つ。ボクシングをはじめた頃、四つ連打するだけでも息は切れた。いまは平気に四つ打てるようになった。

踏み込んでからの左フック、右アッパーのコンビネーション。フックとアッパーは難しくて、最近やっとまともに打てるようになった。ストレートに比べ、距離も近づく必要がある。勇気も必要なパンチだ。

アッパーがボディをかすった。ボディを意識して、相手が体を丸めた。ガードはよりいっそう固くなる。

これでもガードが開かないのか。くっそー。こうなったら思いっきり力を込めてパンチを出してやる。

右ストレートを力いっぱい放った。

うっ。

相手の左のカウンターをくらった。大振りになった所を狙われた。けど、チャンスだ。ガードが開いている。

ジャブを返した。開いたガードの間を抜けて、顔にヒットした。相手が右ストレートを返してくる。こちらも負けずに右ストレートを放つ。

打ち合いになった。無我夢中でパンチを放つ。何発打っただろうか。何発食らっただろうか。酸素が足りない。朦朧としてくる。でも、まだやれる。まだやりたい。

カーン。

「ストップ!」

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