第4R『リベンジ』完

ゴングがなり、レフリーが割って入ってきた。

二ラウンド目が終わった。フラフラになりながら、平田さんの待つコーナーへと戻る。

「よし。体力は大丈夫か?まだやれるな?」

「はい」

「ラスト二分。たった二分だ。全力で行け」

たった二分。たった二分が長いことは、ボクサーなら誰でも知っている。

「あの…僕、ボクシングできてますか?」

ふと聞きたくなった。自分が戦っている姿を客観的に見たことないから。

「ああ、立派なボクサーになった。胸を張れ」

何者でもなかった僕が、ボクサーになれた。今度は勝者になりたい。

深呼吸をした。もちろん平田さんも一緒に。リング下のあこたんも一緒に深呼吸していた。

「三回目」

最終ラウンドがはじまった。

体は疲れている。気を抜いたら倒れてしまいそう。なのに…楽しい。顔に自然と笑みが浮かぶ。苦しいはずなのに、不思議と力が出てきて、練習通り、いや練習以上に体が動く。フットワークも軽く、あっという間に相手にパンチが届く距離に入った。

基本通りのジャブを放つ。距離を測るジャブ。相手もジャブを返してくる。

ジャブを二つ放った。相手もジャブを二つ返してきた。相手の周りを回りながらジャブを三つ放った。すべてガードされた。

しばらくジャブの打ち合いと距離の取り合いが続いた。このままだと埒が明かない。攻めないと。

ここはもう一歩踏み込んで、相手の懐に入り、ボディを狙おう。顔はしっかりとガードされている。ボディに攻撃を集中して、ガードを下げさせるんだ。

ジャブを放ち前に出た。相手がジャブを返してくる。そのジャブをかいくぐる。相手の右フックが見えた。右フックをかわしながら、懐に潜り込む。右フックが頭をかする。よし、懐に入れた。ここでボディだ。

おっと。踏み込んだ左足が滑って、ひざをついてしまった。スリップだ。せっかく潜り込めたのに。

「ダウン!」

「えっ!?」

ちょっと待ってよ。スリップだって。首を振ってアピールするが、カウントは進んでいく。レフリーに抗議すると失格になってしまうかもしれない。これ以上のアピールは無理だ。仕方なくファイティングポーズをとる。

「ボックス!」

やばい。やばい。やばい。再開はしたものの、ダウンとられたのはきつい。ポイントにも大きく影響する。どうしよう。どうしよう。

「松本ー!一気に畳み掛けろ!」

相手側の応援が沸く。相手が一気に向かってきた。

相手のパンチを顔面にくらった。あれ?なんでパンチが当たるんだ?ガードしたはずなのに。とにかくパンチを出さなきゃ。ジャブを放つ。ジャブはかわされ、同時に相手の右ストレートをくらった。

なんで?なんで相手のパンチが当たるの?さっきまではガードできてたのに。何が起きてるの?何がなんだかわからない。

もう一回ジャブを放つ。やっぱりジャブはかわされ、右ストレートをくらった。

分からない。さっきのダウンで何かが変わってしまったみたい。頭は混乱し、体も思うように動かない。もうだめだ。もう十分戦ったよね。もういいよね。

「落ち着け!まだ時間あるぞ!諦めるな!」

あの声は…、宮本さんだ!

「ガードを上げて、相手をよく見ろ!」

今度は会長の声。

二人とも大きな声を出すタイプじゃないのに。

「コジロー殿、みんながついているですぞー!」

オタク仲間のみんな。

「コジロー君、練習を思い出して!」

あこたん。

そうだ。基本を思い出そう。あれ?いつの間にこんなにガードが下がっていたんだ?ガードを上げる。両拳を顔につけた。

相手のパンチが飛んできた。しっかりとガードできた。バックステップで距離を取る。相手が向かってくる。んっ?相手のガードが低い。

バックステップを途中で止め、一気に前に切り替えした。その勢いで右ストレートを放つ。クリーンヒット。よかった。まだやれる。

基本通りのジャブを放つ。続けて基本通りのワン、ツー。相手が怯んだ。ここだ。

左足をしっかりと踏ん張って、右足のつま先で蹴るように腰を回し、その勢いで右腕を伸ばす!そして、当たる瞬間に拳を内側にひねるように打ち抜く!

相手のガードの間を右ストレートがすり抜けた。

相手がフラついた。チャンスだ。倒せるかも。ラッシュするぞ。

カーン。

行こうとしたその時、試合終了のゴングが鳴ってしまった。相手選手はよろけながらコーナーへ戻っていく。その姿を見届け、僕もコーナーへと戻った。

試合は終了したのに、心臓は高鳴り、緊張していた。もうすぐ試合結果が発表される。レフリーの横に立った。レフリーが両選手の腕を取る。勝者の名が読み上げられた時、この腕が掲げられる。

やれることはやった。ただ、三ラウンド目のダウンが悔やまれる。明らかにスリップなのに。しかし、いまさら何を言っても遅い。終わったことなのだ。

判定の集計が終わったようだ。会場が静寂に包まれ、結果を待っている。

「ただいまの試合の結果は、赤コーナー、松本くんの判定勝ちでした」

レフリーが勝利者の腕を掲げる。高く。高く。

会場に歓喜の声が響く。同時に落胆の声も上がった。落胆してくれる人がいた。僕を応援してくれた人がいた。その想いに答えられなかった。

足が重い。なんとかリングを降りる。体が僕のものじゃないようだ。自分の体を動かしている感覚がない。頭の中に白いモヤがかかっている。

「おつかれさま。よくやった」

平田さんが優しく肩を叩く。

涙があふれてきた。止まらない。人前で泣くなんて恥ずかしい。でも止まらない。

悔しい。悔しくてたまらない。あと一歩で勝利に手が届きそうだったのに。頭の中の白いモヤが世界を包んだ。

「コジロー君、一緒にがんばろ。次は絶対に勝とうよ」

「コジロー氏、かっこよかったですぞ。次もみんなで応援しますからな」

「惜しかったな。判定はあと一ポイントだった。最後のダウンがなければな。次は絶対勝つぞ。どんなパンチにも耐えられるように鍛えてやる」

「仕方ない。結果は結果だ。今は敗北を受け入れろ。しかし、その想いは必ず次につながる。切り替えて前を向け。まだ次がある」

まだ涙が止まらない。でも泣いてばかりいても何もはじまらない。せっかくみんながいるんだ。せっかくみんなが力を貸してくれているんだ。せっかく次が見えてきたんだ。前を向こう。

精一杯の笑顔を作り、顔を上げた。みんなの心配そうな表情が一気に笑顔に変わった。こんなに心配してくれる人がいるなんて、僕は幸せものだ。僕は一歩踏み出した。新たな一歩を。みんなと共に。


第4R『リベンジ』完

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