オタクボクサー

平川らいあん

第1R『オタクで何が悪い!?』

「うわーーーーーーーーーー!!」

頭にはバンダナ、上着はチェックのシャツ、下はケミカルウォッシュジーンズで、手にはオープンフィンガーグローブ。背中にはリュック。

お気に入りのファッションに身を包んだ佐々木小太郎(ささきこたろう)は、奇声を発しながら走っている。

何で今日に限ってミコちゃん目覚まし鳴らないんだよ~。そんなツンデレいらないよ。

おっと説明しよう。ミコちゃんとは、宇宙からの侵略者とダンスで勝負をし、地球を守るというアニメのキャラクターだ。自分に厳しく、人にも厳しい。常にツンなのに、オタク設定の主人公には優しくデレデレ。あり得ないと設定と分かっている。でも主人公と自分を重ねてしまうのだ。あー優しくされたい。想像するだけで、もうたまら~んのである。

そのミコちゃんの猫なで声で起こしてくれる目覚まし時計は僕の宝だ。その目覚ましが、なぜか今日は鳴らなかった。今日だけはミコちゃんを憎んだよ。


 ハァ、ハァ。胸が苦しい。酸素が足りない。駅まであとどれくらいだろうか。こんなに走ったのは、小学校の運動会以来だ。うっぷ。やばい。さっき急いで食べた朝食のパンが出そうだ。走るのをやめ、乱れた息を整える。

やばい。本格的に出そうだ。地面に座り込んだ。苦しくて涙が出てくる。目の前にあるすべてが涙で歪んで見える。駅に向かう人達が僕を避けるように追い越していく。顔はたぶんこっちを見ているだろうな。目はいつものように汚いものをみるような冷たい目に決まっている。なんでオタクってだけで、腫れ物を触るように扱うんだろう。ほとんどのオタクは、自分の意思で自分の好きなことをやっているだけ。悪いことは何もしていない。好きな事をやって生きていることに誇りだって持っている。僕だってそうだ。

よし。だいぶ落ち着いた。駅まで急ごっと。本気で走るのは無謀だな。小走りでいこう。歩くより少しだけ速いぐらいのスピードで走りはじめた。

駅が見えた。休日の自由を感じさせる色とりどりの服装に身を包んだ人々がそれぞれの目的地に向かうために駅に吸い込まれていく。

「ハァ、ハァ…やっと駅についた~。急ぐでござるよ~」

誰にでもなく自分に言い聞かせるように声を出した。と、その時、構内アナウンスが耳に入った。

「ただいま、信号機故障のため、総武線は、運転を見合わせております」

「ええ~!そ、そんな~。もう絶望的だ…いや!まだ諦めないですぞ」

思わず大きな声が出る。周りの視線が痛い。でもそんなの気にしてる場合じゃない。

タクシー乗り場へ走った。一年に一度乗るか乗らないかのタクシーを使うことにした。今日を逃すわけにはいかない。タクシーに飛び乗り、荒い息のまま、目的地を伝える。

「秋葉原まで急いでください!」


 約二十分ほどで、目的地のアキバへ到着。

「まだきっと間に合うでござるぞ」

タクシーを飛び降り目的地へ走り出した。休日のアキバの歩道は、人で溢れかえっている。春の陽気のように足取軽く歩いている人をかき分け小走りで駆け抜ける。中央通りを曲がり裏路地にある公園にたどり着いた。

「ハァ。ハァ。間に合ったー」

終了まで時間はまだある。…のはずなのに誰もいない!

「いない。いない。どこにもいない。まだ終わる時間じゃないのにー。あこたんはどこですかー?」

頭をかかえ、キョロキョロしているとそこに知った顔があった。アイドルオタクこと「@(アット)カイエン」氏だ。ちなみこの名前は掲示板やチャットで使っているハンドルネーム。

「これは、これは、コジロー氏ではないですかー。遅いお着きですな~」

「Coジロー」と書いて「コジロー」と読む。僕のハンドルネームで、本名の佐々木小太郎と、宮本武蔵と戦った剣豪、佐々木小次郎とかけている。

「あ!@カイエン氏!あこたんの撮影会はどうしたのでござるか?」

「いやはや、ちょうど今終わった所ですぞ。今日のコスは、なんと!綾波レイだったのですよ!コジロー氏残念でしたなぁ」

「な、なんですとー!なんという不覚」

「まあまあ。私が撮った写真でよければ、後で鯖にアップするから、そんなに落ち込まないで下さいよ~。にしても綾波レイの生のコスは、よかったですぞ~」

@カイエン氏の満足そうな笑みを見て、ますます落ち込こんでしまった。僕の周りだけ重力が十倍になったように大げさに膝から崩れ落ちて地面に膝をつく。アニメでしか見ないような、分かりやすいぐらいの落胆。これが自然に出るから周りからはオタクって呼ばれる。

「それじゃ、コジロー氏、私は次の撮影があるから行きますぞ。また、会いましょうぞ」

そう言うと、@カイエン氏は、飛ぶように走り去った。僕は、落胆のあまり声をかけることすらできなかった。

「仕方ない…せっかく来たんだ。イオちゃんと一緒にお宝を探しに行くとしますかー」

自分で自分を慰めながら、リュックを手に取り、ファスナーを開けた。宝箱に手を入れるように高ぶる気持ちを抑えつつそっと手を入れイオちゃんを探る。目はアニメのように輝いているだろう。

「ん?あ、あれ??おかしいなー」

リュックを覗き込んだ。見つからない。今度は頭を突っ込んで奥まで確認する。やっぱり見つからない。

あっ!思い出した。リュックから首を出し、頭をかかえ思わず叫んだ。

「う、うわ~!そ、そうだったー!今日のためにバッテリー抜いて、充電してたんだったー!今頃机の上で寂しくて泣いているだろうなぁ」

イオちゃんとは、必死にバイト代を溜めて買ったデジタル一眼レフカメラ「EOS」のこと。もちろん泣かない。

「おお神よ!どうしてそんなにツンデレなのですかー?」

天を仰ぎ叫んだ。人目なんか気にしない。でも道を行く人は誰一人として振り返らない。それがここアキバ。こんな光景が日常として許される世界。そんな自分を開放できるアキバが僕にとっては心地いいのだ。

開放したらだいぶ落ち着きスッキリした。膝の土を落とし立ち上がり、お気に入りのショップが立ち並ぶ裏路地へと向かった。後ろ姿はトボトボというマンガの擬音が見えたに違いない。


 もう何時間経っただろう。すっかり日は暮れ、ビルの明かりと様々な種類の看板の光がアキバを照らしている。

「ふう~。今日はどうなることかと思ったけど、なかなかの収穫があったからよしとしますか~」

お気に入りのショップ前でつぶやきながら、買ったばかりの小さな紙の袋を出し、テープをはがした。中からフィギュアを二つ出した。今シーズンの人気アニメ「魔法少女マギド」のフィギュアだ。手に上に乗せると、今産まれたかのようにホクホクしてるように感じた。

「う~ん。なかななかの出来ですな~」

フィギュアを手の平にのせ、眺めながら駅に向かう。このひと時がたまらなく幸せ。

「おい!お前!」

後ろで誰かが気だるそうに人を呼んでいる声が聞こえた。なんだか嫌な予感…自分じゃないことを願いながら、気付いてないふりをして歩き続ける。

「おい!お前だよ!お前!」

声は大きくなり、あきらかに攻撃的なトーンになった。これはもしかして…手の上のフィギュアをさっとリュックのサイドポケットに入れ、恐る恐る振り返る。

そこにはアキバには似つかわしくない三人組の男がいた。いかにも渋谷にいそうな。確かBボーイとかって言うんだっけ?

「おっと!これはこれは。ササオタじゃねーか!」

「あれ?マサトさん知り合いッスか?」

一人の声に聞き覚えがあった。確か高校の同級生だ。うっすらとしか覚えていないけど。まぁ思い出したくもないけど。学校になんていい思い出はひとつもない。

「知り合いっつーか、高校の同級生でよ。こりゃ話はえーや。なぁ。ササオタ」

マサト…そうだ!中山真人(なかやままさと)だ。ササオタっってあだ名を付けた張本人。

「ど、どうも。ひ、久しぶり」

普通に答えたつもりだったけど、声が震えた。

「そんなのどうでもいいんだよ!ほら!早く金出しな」

「あ、あの~。お金ないから…ほんとに持っててないから…」

「あ?なんだと!?少しぐれえあるだろうよ。おい!」

真人くんはそう言うと、後輩らしき二人に、アゴで指図した。二人はさっと僕の両側につき、ジーンズの両方のポケットに手を入れた。右側のポケットに入っていた財布を抜き出し、中を確認する。

「なんだよ。マジ入ってねえよ」

背が高く黒ずくめの男がそう言いながら少しだけ入っていた小銭を取り出しポケットに入れた。完全に空になった財布を真人くんに投げる。受け取った真人くんは、お札入れとカードを確認する。カードはアキバのショップのポイントカードばかりだ。真人くんは、あきれた顔をし、財布を僕に投げ返した。

「ほんとシケてんなぁ。仕方ねぇ。その中のもんだせよ。ゲームソフトとか入ってるんだろ。売って金にすっからよ」

真人くんは、すっと僕の前に立ち、肩ごしにリュックに手をかけた。この中には今日一日の成果がずっしりと詰まっている。真人くんからみるとただのガラクタかもしれないけど、僕にとってはどれもお宝だ。僕はさっとリュックを肩からはずし、胸の前でしっかりと両手で抱えこんだ。そのまま地面にしゃがみ込む。

「なんだよ!よこせよ!」

その声と同時に他の二人も加わり、三人がかりでリュックを引っ張りはじめた。意地でも離すもんか!

「よこせって言ってんだろうが!」

真人くんのイライラは頂点に達したようだ。右足で僕の太ももを蹴った。それが合図となり、他の二人もでたらめに蹴りはじめた。

「オラッ!ゴラッ!オラー!」

怒号と蹴りが飛び交う。何度も何度も。僕はリュックと頭を守るために、亀のように地面に丸まった。それでも蹴りは止まらない。

「ちぇっ!このオタクが!!今度会ったら覚えてろよ!おい!お前ら、もう行くぞ」

しびれを切れしたのか、真人くんは、諦めてアキバの裏路地へと消えていった。去って行く足音が遠くなってから、僕は、恐る恐る顔を上げた。

「ふう~。助かった~。誰一人として連れて行かれなかったよ~」

リュックをギュっと強く抱きしめ、中のフィギュア達を思い返してほっとした。今日はほんとうにツイてなかったなぁ。

はやく家に帰ってアニソンでも聞きながらみんなと話でもしますか。みんなとはもちろんフィギュア達のこと。もうすでに僕の中では、妄想の世界でいっぱい。さっさと帰ろうと立ち上がった。

「痛っ!!」

蹴られた足が痛み、うまく立てずしりもちをついた。一気に現実に戻される。目頭が熱くなってくる…。

「泣いちゃダメだ。泣いちゃダメだ。漢が泣いていいのは、大事なフィギュアを失ったときだけだ!」

自分に言い聞かせ、涙をこらえる。

その時、目の前を天使が横切った。アキバのビルの光に包まれ輝く天使。「あこ☆」だった。

今日アキバに来た目的はこの「あこたん」こと「あこ☆」の撮影会だったのだ。撮影会に間に合わず会えなかった反動と身も心もボロボロになっていた僕には、あこたんが光を発して輝いているように見えた。

「あ、あこたん!て、天使だ。まさしく天使だぁ!」

僕は、痛みも忘れすくっと立ち上がった。気がつくと無意識のうちにあこたんの後をつけていた。

後をつける。これはオタクの中でもタブーで決してやってはいけない行為。分かってはいるけど、この日は感覚がマヒしていた。

我に返ったのは、荻窪駅に着いたときだった。

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