第4R『リベンジ』-4

 会場が緊張感に包まれている。女子演技の部が、始まろうとしていた。今回の女子出場者は全部で十五人。前回よりも多く、五人ずつ三組で実施するようだ。前回は四人ずつだった。五人になるとリングの使い方がだいぶ変わる。ぶつかったりすると最悪だし、ぶつかるかもって気にすると、萎縮していい演技はできない。

今回も出場者は番号が書かれたビブスをつけている。またあこたんのビブス姿が見れるなんて幸せ。むふふ。

あこたんのビブス番号は三番。一組目だ。ストレッチしながら開始を待っている。あっ。あこたんと目があった。あこたんが右拳を見せて、笑顔を見せて頷いた。僕も右拳を見せて、何度も何度も頷き返した。

「調子に乗るなよ。ストーカー」

後ろから聞き覚えのある声がした。もしかして…。恐る恐る振り返る。ひぃぃ。やっぱり宮本さんだ。調子に乗ってごめんなさい。怖いけど、見に来てくれたことがうれしかった。いるだけで心強い。あこたんも同じ気持ちだろう。

一番から五番までが呼ばれてリングに上がった。いよいよ試合開始だ。

内容は前回と同じだった。

基本のパンチとステップ。男子と二人一組になってのディフェンス。

今回は、ペース配分は大丈夫だろうか?五人の中では、あこたんがダントツにうまかった。周りの選手よりもパンチもリズムも速い。パンチが速い分、必然的にパンチの数も増える。前回よりもリズムも速く、パンチの数もはるかに多い気がした。

それでも、前回と比べると余裕が見られた。体が自然体というか、無駄な力が入っていない。風に乗って舞っているように身軽で、綺麗でかっこよかった。こりゃファンが増えるな。男どもよ、もう見るのをやめてくれ。

ディフェンスまで終わり、リングの上での最後の競技、シャドーボクシングになった。

五人でのシャドーボクシングはやりにくそうだった。そんな中、あこたんは、他の人をかいくぐりながら、華麗に舞った。ダンスをしているようで、なのにちゃんとボクシングだった。試合をしているかのごとく対戦相手が見える。スタミナも心配なさそうだ。安心してほっと一息ついた時だった。

相手をコーナーに追い詰める動きをした。コーナーに向かってラッシュをかけるあこたん。

そこに、他の二選手がバックステップでコーナーに近づいた。三人が背中を合わる形でコーナーに密集している。誰かがバックステップすれば当たる距離だ。

コーナーに向かってラッシュしているあこたんは、コーナーと二人の選手に挟まれている。身動きが取れない。

そんな状況で、あこたんがバックステップでコーナーから距離を取ろうとした。

「あ、危ない」

思わず声が出た。ぶつかる。っと思った瞬間、あこたんはクルッくるっと体を反転させ、二人の選手を華麗にかわした。

「おおー!」

会場もどよめいた。

あこたんは何事もなかったかのように、リング中央でシャドーボクシングを続けている。誰でもがあこたんに釘付けだった。


 女子演技の部の結果が張り出された。あこたんの成績が楽しみだ。結果の周りには人だかりができている。

「生野さん、すごーい!」

賞賛の声が聞こえた。な、なんだと!ということはもしかして!

人だかりをかきわけ、結果を覗き込む。

あこたんは…、二位。

彗星ジムのメンバーは大喜びであこたんの両手をつかみ、飛び跳ねている。あこたんの表情は浮かない。

あこたんと目があった。そっと立ち去ろうと思ったけど、そうもいかなそう。

「あの、お、おめでとう」

「うん。ありがとう」

「正直、一位を狙ったんだけどね。もう少し足りなかったみたい」

先ほどの表情で分かった。一位とは僅差だった。三位とは差がついている。一位の人がすご過ぎたんだ。それでも手が届く位置にあった。それだけに悔しい。

「私、いつもこうなの。もう一歩って所で届かない。タレント活動も最終オーディションで負けちゃうことが多いんだよね」

言葉に詰まる。なんて言っていいかわからなかった。

「でもね。私あきらめない。次は一位になってみせる。前回は実質ビリだったんだもん。そこからここまで来れたんだ。やればできるよね」

前向きだった。今度は強がりではない。目が本気だ。あこたんなら大丈夫。次も応援しよう。ずっとずっとあこたんの味方だからね。心に誓った。


 今度は僕の番だ。女子演技の結果の横に、実戦の対戦表が張り出された。僕の対戦相手は、松本さん、W大学所属。なんと、前回と同じW大所属だ。リア充め。今度こそ一泡吹かせてやる。なんて思ってみたり。

戦績は二戦一勝一敗。試合数も僕よりも多いし、一勝している。完全に格上。うーん。厳しい相手だ。簡単な相手なんていないけども。


 会場では、女子実戦の部がはじまろうとしていた。女子実戦は、二試合。ライトフライ級とバンダム級の試合が予定されていた。バンダム級だと僕と同じ階級だ。僕よりも強かったらどうしよう…。

女子選手がリングに上がった。やっぱり女子は男よりも線が細く、グローブとヘッドギアが大きく見えた。子供が大人の服とか着てるような、ちょっと不恰好。

ゴングがなった。

両選手、勢いよくコーナーを飛び出し、リング中央で対峙した。お互い同時にパンチを繰り出した。相打ち。両者とも綺麗にヒットした。次のパンチも、その次のパンチも。どちらも怯まなかった。中央で堂々と殴り合っていた。

女子の本気の試合を、はじめて見た。子供が大人の服着てるみたいと思ったことを謝りたい。目の前には本物のボクサーがいた。男とか女とか関係なかった。胸が熱くなり、目頭も熱くなった。本気で戦うことの美しさを見た。負けてられない。僕だって、やれるんだ。

試合を最後まで見ずに、隣のフロアに向かった。気持ちが昂ぶっているうちに準備をしよう。体と心に全部を込めて、試合で開放するんだ。

ジャージを脱ぎユニフォーム姿になった。鏡の前でシャドーボクシングをする。以前は人前でシャドーボクシングをしているのを見られるのが恥ずかしかった。

下手だとか、しょぼいだとか、そもそもお前ごときがボクシングなんてするんじゃねぇ。って言われてる気がしてたから。

いつしかそんな気持ちはなくなった。すると目の前に対戦相手が見えるようになってきた。シャドーボクシングは、ボクシングのマネごとではなくて、対戦相手の影との戦いだったんだ。

今も平田さんが目の前に見える。指導しながら丁寧に、かつ、時には厳しく、相手をしてくれている。平田さんが熱心に教えてくれたのは、「距離」だった。「当たる瞬間には、一センチずらせ」「当てる瞬間には、一センチ奥へ」自ら体を張って教えてくれた。平田さんのパンチを一センチずらしディフェンスをし、パンチを返す。平田さんに当たる瞬間、一センチ奥へ打ち抜いた。

今度は、宮本さんが見えた。宮本さんはファイタータイプだった。ガンガン前に来て、あっという間に懐に入ってくる。気が付くと、ボディにパンチが入っていた。重くて、苦しい。シャドーボクシングなのに、思い出して、体がくの字に曲がる。こらえろ。こらえたらチャンスが来る。宮本さんが「よくこのパンチに耐えたな」って意外そうな表情をしている。その表情で少しは強くなったんだと実感し、うれしくなる。

「コジロー君、そろそろ準備した方がいいよ」

いつの間にかあこたんが横にいた。集中して気が付かなかった。

「あっ、はい。ありがとうです」

マウスピースをして、ガウンを着た。そう、みおちゃんが作ってくれたガウンだ。アマチュアではガウンは着る人はいないそうだ。それを知って前回は恥ずかしかった。だけど、もう恥ずかしくない。だって、オタク仲間みんなの気持ちがこもっているんだ。背中の「アイドルライフ」のキャラクターたちも素敵だろ。胸を張って見せびらかしてやる。

リングサイドには、平田さんがグローブを持って待っていた。ガウンを見て笑った。バカにした笑いではなかった。理解のある暖かい笑いだった。

平田さんとあこたんが片方ずつグローブをはめてくれた。僕のためにこんなにも力になってくれる人は今までいなかった。

ボクシングを本気ではじめてから、人との心の距離が近い。今までどこかで距離を取っていた。たとえオタク仲間であっても、心を開くのが怖くて、人の心に踏み込むのは怖くて。ボクシングで自分をさらけ出すことになった。するとみんなも本音を話してくれたり、本気で向き合ってくれたり。すごく居心地がいい。

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