第3R『デビュー』-6

レフリーが来てヘッドギア、マウスピース、グローブをチェックをし、中央へと戻った。手で合図をし中央へ来るように促した。えっと、確かグローブを合わせて、あいさつをするんだったな。

恐る恐るリング中央へ向かう。相手の顔は怖くて見られない。相手は僕の顔を見てるようだ。気合の入った視線を感じる。睨んでる?もしかして睨みつけてる?グローブを合わせ、逃げるようにリングサイドへ戻った。

「一回目」

女性の淡々としたアナウンスと同時にゴングが鳴った。女性のアナウンスは録音したかのようにいつも同じトーンだ。感情がこもってない。感情こめちゃダメなのかな。

「痛っ!」

くだらないことを考えてたら、相手選手が目の前にいた。思いっきりパンチが当たったようだ。あれ?なんだ?体が動かない。相手選手のワンツーが飛んでくる。ワンツーを綺麗にもらった。

相手の距離がさらに近くなった。ど、どうにかしないと。左アッパーが飛んできてるのが見える。

「ストップ!」

左アッパーも綺麗にもらって尻餅をついた。全部のパンチをもらった。人間サンドバッグとはまさにこの事だな…。

「ワンー、ツー、スリー…」

カウントがはじまった。立たなきゃ。

「澤田ー!ナイスパンチ!相手立てないぞ!」

相手への大きな声援に心が折れそうになる。

「わ、我々も応援、応援するのです!」

「コジロー殿★%#$l」

「佐々木氏★%#$k」

「立て、立つんだジョー。あぁ、間違った★%#$k」

またもや笑いが起きた。でも今度は恥ずかしさはなかった。オタク仲間のみんならしい応援だ。力が沸いてきた。応援ってこんなに力がでるもんなんだ。

僕は立ち上がりファイティングポーズを取った。レフリーがじっと目を見ている。「まだやれます」心の中でつぶやき頷いた。お願い。やらせてください。

「ボックス!」

再開だ。よかった。まだ何も試せてない。やるだけやるんだ。まずは、ガードを上げなきゃ。なぜかガードって下がっちゃうんだよな。宮本さんとやったときを思い出そう。確か、左拳はこめかみにつけて、右拳は頬につける。よし。これだ。

相手の顔を見るのも怖いから、猫背にしてガードの合間から相手の足を見よう。相手がものすごい勢いでこっちに向かってくるのが分かった。わわわ。

「チャンスだぞ澤田!倒せー!」

相手は倒す気で来る。足が止まった所で相手の左側に回った。相手のワンツーが空振りするのが見えた。力があまって前のめりになっている。チャンスかも。

「えっと、ガードは上げたまま。その場でワン、ツー」

声に合わせてワンツーを放つ。手ごたえがあった。

「よっしゃ!」

当たったのは相手の肩だった。それでも当たった喜びで思わず声が出た。

「続けていくぞー!」

「ストップ!」

えっ?何?もしかしてダウン取った!?

「君、試合中にしゃべったらダメだよ。今度やったら失格にするからね。いいね」

えっ?しゃべったらだめなの?知らなかったよ。

「ボックス!」

やばい。あと一回ダウンするとKO負けだし、しゃべったら失格だ。絶体絶命。

と、とにかくガードを上げて、足を見る作戦は続行しよう。あれ?この流れはもしかして宮本さんの時と同じ…ということはあの必殺のパンチ、ダブルパンチか!?

相手の足が向かってくるのが見える。パンチが届く位置に来た所で左側に回った。その場でワンツー。今度はパンチは当たらない。

相手は一旦距離を取ってまた向かってきた。が、ジャブが届くぎりぎりの所から入ってこず、ジャブを放つ。僕のガードにズシリと重い衝撃が走る。僕はその場でワンツーを放った。相手は距離を取り、空振り。また相手が入ってきたかと思ったら、ジャブを放った後、すぐに距離を取った。僕はまたワンツーを空振りする。

何度か同じ動きを繰り返した。すると、急に体が重くなった。肩で息をするも、息は整わない。やばい。全力でワンツーを空振りし続けて体力がなくなった。

相手のステップが早くなった。これを狙ってたな。倒しに来る!ガードを、とにかくガードだ。こらえろ!相手が体制を低くして向かってきた。ボディ狙いか?それともアッパーか?とにかく下から攻撃してくるぞ。ここしかないダブルパンチだ。

「ストップ!コーナーへ」

レフリーが二人の間に割って入ってきた。いつの間にかゴングが鳴ってたみたい。夢中で気が付かなかった。危なかったぁ。

「大丈夫か?」

「な、なんとか」

「立ってくれてよかった。終わったかと思ったよ。思わず声出しそうになって危なかったぁ。自分が声出して失格になったら、合わせる顔がないからね」

「えっ?セコンドも声出したらダメなんですか?」

「そうだよ。アマチュアの試合では、セコンドは声を出せない。もちろん選手も」

目で訴えかけていた。

「ご、ごめんなさい」

「後半はよくなってきたね。ガードもしっかりできてたし、ワンツーも綺麗に打ててた」

「でも当たらないし、空振りすればするほど体力がなくなっていきます…」

「全部のパンチに力が入っているからね。そのおかげで相手は怖がって入ってこない。次のラウンドはこれを利用しよう」

「利用?」

「同じようにガードを上げて、左に回ってワンツー。一番最初のワンツーだけ思いっきり力を入れて。で、二回目からも同じ動きなんだけど、ワンツーは力を抜く。何回か繰り返したら息が上がったフリをしよう」

「力を抜く」「息が上がるフリ」…できるかなぁ。

「そしたら懐に入ってきて下から攻撃してこようとするはずだから、そこにカウンターを合わせよう」

「カウンター!?」

「パンチを当てることを考えなくていいから。来たと思ったら、手を伸ばすだけでいい」

む、難しい…。できるだろうか。

「できる?」

やるしかない。今の僕には、他にいい方法が思いつかない。

「分かりました。やるだけやってみます」

平田さんがゆっくりと頷く。覚悟を決めたような表情だった。覚悟を決めるのは僕なのにと思った。

「深呼吸!」

二人で深呼吸をした。深く深く。

「二回目」

「よし!行って来い!」

平田さんが背中を押す。押された場所が暖かい。そういえば家族以外に体をふれられることはなかった。ふれられることが嫌だった。でもいまは心地よい。ひとりじゃないとしみじみ思う。みんなの気持ちを背負い再び戦いに赴いた。

ガードを上げ、猫背になって相手の足を見た。ゆっくりと向かってくる。パンチの届く位置に入った所で、ジャブを打ってくる。一つ、二つ、三つ。ガードに衝撃が伝わる。ガードの上からでもパンチをもらうと気持ちが焦る。何かしなきゃ。ジャブを返す。空振り。すでにバックステップで距離を取られている。一発の空振りでも体力が奪われていく。フー。深く息をした。あと何発撃てるのか。限界が迫っている。

再び相手との距離が近づいた。ジャブを打ってくる。これに合わせて左に回ろうとしたけど、相手はバックステップで距離を取り左に回れない。何かしなきゃと焦り、当たらないと分かっているけどパンチを放つ。

相手がガードの上からパンチを当て、それに合わせパンチを放つ。なるべく力を抜いて。の攻防が数回続いた。作戦通りにまったくいかない。このままじゃ埒が明かない。体力消耗も激しい。こっちから仕掛けるしかない。

相手がガードの上からパンチを当ててきた。まったく何度も何度も。そんなにノックしたって、開けるものか。その瞬間を狙った。いままではその場でパンチを放ち、かわされていた。今度は思いっきり踏み込んでみた。相手に体をぶつける勢いだ。相手と体がぶつかる直前で思いっきりパンチを放つ…とその時、下から衝撃を受けた。相手は潜り込むぐらい体制を低くしてボディにパンチを当ててきた。ぐっ。苦しい。そのまま体を浮き上がらせる力を利用してアッパーを繰り出してきた。アゴにヒット。やばい。足の力が抜ける。倒れそう。

いや。ダメだ。あきらめるな。パンチを…出すんだ。体制を崩しながら、なんとか右パンチを伸ばす。あれ?手ごたえあり。まさかのヒット。相手が左を出そうとした所にカウンターが入った。形は違ったけど、作戦は的中した。

当たる距離にいる、いましかない。全力を出すんだ。

ジャブ。ワンツー。今まともに打てるパンチはこれしかない。

ジャブ。ワンツー。とにかく必死で、当たっているのかさえわからない。

ジャブ。ワンツー。打つたびに顔とボディに痛みが走る。相手のパンチをもらった。それでも…。

ジャブ。ワンツー。酸素が薄い。気が遠くなりそうだ。

ジャブ。ワンツー。色んな人の顔が浮かんできた。

ジャブ。ワンツー。みんなにお礼を伝えなきゃ。

ジャブ。ワンツー。みんなありがとう。みんなのおかげでリングに上がれたよ。

ジャブ。ワンツー。もうダメかも…。目の前が白くなる…。

「ストップ!」

白いのは、レフリーだった。

「両者コーナーへ」

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