第1R『オタクで何が悪い!?』完

 やっぱりアキバは落ち着くなぁ。嫌なことがあった時はアキバに限る。頭は相変わらずぐちゃぐちゃでなんだか夢か現実か分からないような感覚だ。ゲームを十時間ぐらいぶっ通しでやった後みたいな。でも足はしっかりと目的地に向かって動く。お気に入りのショップが立ち並ぶ裏路地へと入った。少しだけ頭がすっきりしてきた。

と、その時、後ろで誰かが気だるそうに人を呼んでいる声が聞こえた。

「おい!お前!」

これは…デジャブ?

「ササオタ!お前だよ」

ゆっくりと振り返る。やっぱり真人くんだ。この前の取り巻き二人も一緒だ。二人とも黒ずくめで一人は背が高く。一人は身長はないがガタイがいい。

「お、またコイツっすか?」

黒ずくめの背の高い方が言う。

「前と同じような格好しやがって、どうしてオタってこんなにキモイんでしょうね。」

同じく黒ずくめのガタイがいい方が言う。そっちもなんでみんな黒ずくめなんでしょう。とは口が裂けても言えない。

「ササオタ、今日は金持ってるんだろうな」

「い、いや…」

「ちゃんと仕事してんのか?オタだけじゃ生きていけねぇだろうが。オレ達のために働いてくれよー」

「ははっ。そうだよーオタ君」

三人が声を上げて笑う。乾いた笑い声。バカにするための笑い声。自分の方が上だと優越感に浸る笑い声。声が頭の中で踊り始めた。頭は真っ白になり胸が熱くなる。怒りという感情が溢れ出す。もうどうなってもいい。そう思った時には声が出ていた。

「オタクで何が悪い!」

「はぁ?なんだって?」

「人はみんな違うんだ!僕は、僕だ。僕は、オタクなんだよ!オタクで、オタクで何が悪い!」

「なんだ?開き直りやがったよコイツ。だからどうしたんだよ」

真人くんが鼻で笑う。それでも続けた。

「オタクだって普通の人間なんだよ!人の冷たい目線とか。分かってるけど…、けど、けど、何も悪いことはしていない!真っ直ぐに自分に素直に生きているだけだ!」

僕は、両手を目の高さまであげ、脇を締めて両拳を顔にひきつけた。足を肩幅まで広げ、そのまま右足を半歩後ろに下げ、つま先を四十五度、外側に向ける。そのつま先に合わせて体を半身に構える。

「な、なんだよ!やる気か!?」

「こいつ大丈夫っすか?マンガの見すぎじゃないっすかね。本気で三人相手に勝てると思ってんの?」

黒ずくめのどっちかが言った。もうどっちでもいい。

「左足をしっかりと踏ん張って、右足のつま先で蹴るように腰を回し、その勢いで右腕を伸ばす。そして、当たる瞬間に拳を内側にひねるように打ち抜く」

平田さんの言葉を思い出し反芻した。といっても平田さんの言葉を覚えていた訳ではない。ボクシングアニメでほぼ同じ言葉が使われていた。アニメが先か平田さんが先か。平田さんの言葉がそのままアニメで使われる訳ないだろうからアニメが先だろう。切羽詰まった場面なのにこんなことを考えられるオタク脳ってすごいな。我ながら感心。

「何ブツブツ言ってんだよ」

真人くんのイライラが伝わってくる。肩を怒らながら向かってきた。怖くて顔を見れない。目線を足元に落とした。足が少しずつ向ってくる。今だ!腕が届く距離に入った瞬間、思いっきり拳を突き出した。

自分でもビックリするぐらい腰が勢いよく回り、その勢いに合わせて右ストレートが綺麗に伸びた。

「ふぬっ!」

思わず声が漏れる。

「うわっ!」

右ストレートは、真人くんの右頬をかすめた。その体制のまま、お互い固まった。静寂。時間が止まったのかと思った。

「あぶねぇ。お前!ボクシングやってんのかよ。その包帯もボクシングでやったってわけか。」

真人くんの言葉で時間が動き出した。

「い、いや。これは」

「ボクシング?コイツがっすか?」

「でもさすがに三人には勝てないでしょ。やっちゃいましょうよ」

黒ずくめの取り巻き二人が交互に言ながらジリジリと詰め寄ってきた。もうだめぽ。覚悟を決め、目を閉じた。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

「コジロー氏―!大丈夫ですかー!?今、助けますぞぉー」

@カイエン氏の声だ。おおー。という複数人の声が追って聞こえてきた。オタク仲間数人が、手に木刀や戦隊もののおもちゃの武器やらを持って走ってくる。

「ハァ。ハァ。コジロー氏、もう大丈夫であります。アキバ中から仲間を集めてきたのですぞ。」

「な、なんだよ!コイツら!」

「うわっ!キメえ。どっから湧いてきたんだよ」

黒ずくめの取り巻き二人が交互に言ながらジリジリと下がっていく。

「みんなで、コジロー氏を守るのでござるよ」

「オオー!」

オタク仲間が僕の前で壁を作る。手にもった武器や玩具やらを掲げている。がどうみても強そうには見えない。

「おい、お前ら、もう行くぞ」

真人くんが黒ずくめの取り巻き二人に向かって言う。

「おう。ほんとなんだよコイツら。うぜーなぁ」

真人くんと黒ずくめの取り巻き二人は気だるそうに駅の方へ歩いていった。その姿を見て歓喜の声が上がった。

「やったー!アキバを守ったぞー!」

「コジロー氏、すごい右ストレートでしたなぁ。幕之内一歩以上でしたぞ」

「あ、ありがとう!みんな、ありがと~!!」

ほっとした。体の力が抜ける。今日すべてが夢だったかのようだ。色々ありすぎた。

「じゃあ。これからメイド寿司で打ち上げと行きますかー」

@カイエン氏が持っていた木刀を掲げた。修学旅行の学生が買うやつだ。

「よっしゃー!」

オタク仲間みんなに囲まれ歩き出した。すごく暖かく、心強い輪。輪が照らす光は、曇った僕の心を晴らしてくれた。オタクでよかったと心から思った。同時にもっともっと強くなりたい。自信を持ちたいと思った。そのためにできること。それがボクシングだった。

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