第14話 最後の勝負! 僕の誇り

 呪いの剣『タリオ』の効果によって僕に与えたダメージと同じ分量のダメージを受けることになってしまったリードは怒りの声を上げた。


「くっ……やってくれやがったな。心底忌々いまいましい野郎だぜ。だが、俺とおまえじゃライフポイントの総量がハナから違う。勝てると思うなよ!」


 そう言うとリードは剣を振り上げて猛然と僕に襲い掛かってきた。

 そうだ。

 リードの言う通り、彼のライフの総量は僕の1.5倍ほどだ。

 普通にこのライフのやり取りをしたら、僕のほうが先にライフが尽きてしまうのは明白だ。

 だけど毒によるリードのライフポイント減少分が僕のライフポイントに充当されることを計算に入れれば勝てない勝負じゃない。

 いや……勝たなきゃダメなんだ!


 僕は必死に身をおどらせてリードの猛攻を回避する。

 へびたちのおかげで以前の自分では出来なかった身のこなしが出来るようになっていた。

 軒並のきなみ低かった僕のステータス値は、タリオのおかげで天地逆転して今やかなりの数値をたたき出している。

 それでもリードの攻撃が数回に一度は自分の体をかすめていき、小さくないダメージが積み重なっていった。


「くっ! ふざけやがって!」


 苛立いらだちもあらわにリードが攻めまくり、僕が防戦に徹する。

 そうした戦いが1分2分と続き、リードの受毒消費による充当分を含めても僕のライフゲージは残り3分の1を切った。

 もうここまで来ると次にまともに直撃を食らえば僕は一気にライフが尽きてしまうだろう。

 リードのライフも残り3分の1と少しになっている。

 僕はそこで気が付いた。


 今、この瞬間に致命的なダメージを浴びると僕は死に、リードはその報復ダメージを食らってもわずかなライフを残して生き残るだろう。

 呪力性の毒である以上、施術者である僕が倒されれば毒は消える。

 そうなればリードの勝利が確定する。

 そのことを考えた途端、僕は先ほどまでのようには体が動かなくなってしまった。


「どうしたオラァ! 顔が青いぞ腰抜けが!」


 リードは自分の有利と見るや一気呵成いっきかせいに攻め込んでくる。

 逆に僕は一気に緊張感にさいなまれ、全身から汗が噴き出すのを感じた。

 死への恐怖がつのる。


 や、やばい……体が重い。

 足がフワフワして頼りなく、まるで自分の体じゃないみたいに感じられる。

 さっきまで普通に戦っていたのがウソみたいだ。


 ミランダを救うため、ジェネットの助けになるため、腹は据えたつもりだった。

 それでもこんな戦闘が未経験である自分のことを過信してしまった。

 いくら新たな力に目覚めたからといって、戦闘でつちかう勘や駆け引きなどがすぐに身に付くわけじゃない。

 僕が甘かった。


「くそぉっ!」


 あせりのままに僕は二匹のへびを繰り出すけど、リードはこれを強引に振り払って、僕と距離を詰めてくる。

 そしてリードの振るう剣先が僕のすぐ鼻の先をなぎ払った。


「うわっ!」


 僕は思わず足がもつれてしまい、バランスを崩して後ろに倒れ込みそうになった。

 だけどその時、僕の体を後ろから誰かが受け止めてくれたんだ。

 柔らかな体とほんの少し甘いにおいが感じられ、聞き慣れた声が耳朶じだを打つ。


「しっかりしなさい!」

「私たちがついてますよ」


 右側からミランダが、そして左側からジェネットが僕の肩を支えてくれていた。

 そしてタリオの刀身を握る僕の手に、それぞれの手を重ね合わせてくれた。

 その手は暖かく、僕にほんのわずかな勇気を与えてくれる。


「ミランダ……ジェネット……」


 二人の名前を口にすると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。

 途端に両足がしっかりと大地を踏みしめている感覚が戻ってくる。

 そうだ。

 この二人のために僕は舞い戻ってきたんだ。

 僕が今ここでやるべきことはたった一つしかない。


 僕は歯を食いしばって自分の足で再び一歩を踏み出した。

 そんな僕の目の前にリードが仁王立ちする。

 その目は血走っていて、僕にトドメを刺す気だ。


「俺はいつだって勝ち組なんだよ。おまえみたいな負け組が一発逆転できるほど世の中は甘くねえんだ!」


 リードはそう叫ぶ。

 確かにその通りだろうね。

 でも僕は一人じゃない。

 ミランダもジェネットもいてくれる。


 何の取りもないダメな僕だけど、二人と出会い、真剣に向き合ってきたことは僕にとってかけがえのない財産なんだ。

 だからたとえ一発逆転の芽がない人生だからって、あきらめて手を抜くことなんて出来ない。

 ミランダとジェネットに報いるためにも最後の最後まで逃げずに立ち向かうことが……。


「これが……これがっ! 僕の誇りだぁっ!」


 叫び声を上げる僕の頭を叩き割ろうとリードが剣を振り上げた。

 鈍い金色の刀身を持つタリオを握る僕の手に重ねられたミランダの手とジェネットの手に力が込められた。

 それは一瞬の出来事だった。

 だけど僕にはゆっくりと確かな感覚として感じることが出来たんだ。


 ミランダの魔力とジェネットの法力が彼女たちの手を伝わって僕の体に流れ込んでくる。

 瞬時に満たされた二つの力に導かれるように、僕の体に取り憑いた黒と白のへびが口から糸を吐き出したんだ。

 猛烈な勢いで吐き出された黒と白に輝く糸は僕の眼前でぐるぐると宙を回り始める。


 やがて黒い糸は漆黒のドクロを形作っていく。

 それはまるでミランダの必殺魔法『死神の接吻』デモンズキッスだった。

 そして漆黒のドクロが大きく口を開くと、そこには白い糸で織り込まれた光り輝く一枚の鏡が現れる。

 それはまさにジェネットの最終奥義『応報の鏡』リフレクションだった。


 そしてその鏡に映っているのは今まさに剣を振り下ろさんとするリードの姿だった。

 リードの振り下ろす剣は鏡の中にまるで水面を斬るようにめり込み、そこに映る彼自身を深く斬りつけた。


「うぐあああああああああああああああああああっ!」


 リードの口から絶叫が放たれ、その胸元から鮮血がほとばしった。

 僕はあまりに凄惨せいさんなその光景に呆然ぼうぜんと立ち尽くす。

 リードは持っていた剣を落とし、胸に受けた斬撃ざんげきあとを震える手で押さえる。

 そして信じられないといった顔で僕をにらみつけた。


「ば、馬鹿な。こんな結末……ありえねえ」


 両目を見開いて息も絶え絶えにそうつぶやきを漏らすと、リードはバッタリと仰向あおむけに倒れた。

 そして目を見開いたまま鬼のような形相ぎょうそうでリードは上空を見つめ、動かなくなった。

 そのライフゲージは0と表示され、今度こそリードは息絶えたんだ。


 時を同じくして全プレイヤー及びNPCのコマンドウインドウに運営本部からの通達が表示された。


『ミランダの討伐執行とうばつしっこうを一時的に停止し、その処分を保留とする』

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