第8話 ツーショット!?

「ちょっと。これを見なさい」


 ある時、ミランダは僕のところに来てある画像データを見せてきた。

 それは今まで彼女が打ち倒してきたプレイヤーたちの画像つきリストであり、さらに戦闘時の写真だった。

 その写真にはミランダが闇の魔法を使ってプレイヤーらを攻撃する場面が映し出されており、その表情は実に嬉々として悪の活力に満ち溢れていた。

 彼女はその中から一枚の写真を僕に見せて嬉しそうに言う。


「見なさいよ。これ。この時のプレイヤー。自信満々で入ってきたくせに、私の魔法を浴びたら一目散に逃げていったのよ」

「ああ。あの時か」


 それは腕自慢のプレイヤーだったが、背を向けて逃げるところをミランダの下位魔法『黒炎弾』ヘルバレットで狙い撃ちされてゲームオーバーとなった。

 憐れにも昇天した戦士の顔を思い浮かべて僕は苦笑した。

 ミランダは宙に映し出される数枚の写真を次々と指差しながら、延々とそうした話を繰り広げた。

 数々のプレイヤーに勝利してきた手柄てがらを僕に自慢じまんしたかったんだろうね。

 僕も覚えていることが多かったので、良い聞き手役を引き受けて時折、合いの手を入れながら彼女が気分よく話をするのを聞いていた。

 そんなふうに言うと偉そうだけど、本当は僕自身がそんな彼女の嬉しそうな顔を見ていたかったのかもしれない。


「あれ? この時のことは覚えてないな」


 ふと僕は一枚の写真に目を止めてそう言った。

 それは他の写真と同様にミランダがプレイヤーを葬り去っている場面だったけど、そのプレイヤーの顔やその時の戦闘の様子は僕にはまったく覚えがなかった。

 僕が見ているその写真に目をやると、ミランダは少し不機嫌そうに片方の眉を吊り上げた。


「ああ。それは多分、前回のデータリセット前の出来事よ」


 データリセットという言葉を聞いて僕は納得した。


「何だ。そういうことか」


 データリセットとはミランダにとって敗北を意味する言葉でもあるんだ。

 ミランダがプレイヤーによって倒されると、この洞窟の設定は一度リセットされる。

 その際にそこまでの彼女の記憶もリセットされて、ミランダはこの洞窟内の所定の位置に再配置されるんだ。

 記憶がリセットされるのは僕自身も同じで、ミランダが倒される前のことは記憶から抹消される。

 以前の出来事はこうして画像データなどに記録として残るだけだ。


 だから僕と彼女が今、覚えていることはミランダが前回倒された以降のことだけだった。

 ミランダはその写真をしばらくの間見つめていたが、やがて顔を上げた。 


「ねえ。写真撮影するわよ」


 思いがけない彼女の言葉に僕は首を捻った。


「撮影? ……僕が君を撮るの?」


 というか僕にはそんな機能はない。

 映像記録の機能が備わっているのはこの洞窟の主たるミランダだった。

 ってことはミランダが僕を撮るのか? 

 それって誰得?


「違うわよ! えっと……二人で」

「二人?」

「そ、そう。私と……あんた」


 何モジモジしてんのこの人。

 魔女のくせに。

 僕は彼女の意図がさっぱり分からなかった。


「ちょっと何言ってるのかよく分からないけど、何のために?」


 僕の言葉にミランダは少しだけムッとしてくちびるどがらせながら、それでも言葉を続けた。


「何のって……あ、ああ、そうそう。次のアップグレードの時、攻略難易度Aのボスは出張襲撃イベントに参加することになるのよ」

「出張襲撃イベント?」


 ミランダの話によれば普段は所定の場所で各々プレイヤーを待ち構えているボスたちが、各地の町や城を襲撃して回る出張イベントだという。

 どんなイベントだそれ。

 魔王やら魔女やら悪の化身が襲撃の出前を行うという場面を想像して僕はため息をついた。

 そして半分あきれながら、あることに気が付いた。


「え? ってことはミランダ。外に出るんだ?」


 僕の言葉にミランダは黙ってうなづいた。

 僕は少々驚いていた。

 彼女は洞窟の外に出たことはない。

 薄暗い洞窟の中に巣食うミランダが、太陽の光を浴びて意気揚々と外の世界を闊歩かっぽする様は想像し難かった。

 そんな僕に彼女はもうひとつ想像だにしないことを言う。


「あんたも一緒に来るのよ」

「ファッ?」


 僕は自分でも恥ずかしくなるほど、すっとんきょうな声を上げてしまった。

 だけどミランダは平然とした顔で言う。


「当然でしょ。私の家来なんだから」


 誤解のないように言っておきますが、僕はあくまでも王国の兵士であり、国王の家来です。


「なし崩し的に家来にしないでくれませんか」

「来なさいよ」


 彼女が強引なのはいつものことだけど、今日はどこか必死ささえ感じさせるような調子で、そんなミランダに僕は眉を潜めた。


「そんなこと言ったって、僕の意思ではどうにも出来ないからなぁ」


 僕はこの洞窟から自分の意思で勝手に出ることは許されていない。


「そこで写真よ」


 ミランダは得意げにそう言って指を鳴らし、どこからかカメラのフラッシュがたかれた。


「何で? 何で写真?」

「平凡で凡庸ぼんようなあんたをキャラ立ちさせるためよ」


 平凡も凡庸ぼんようも同じような意味なので二度続けなくていいですよ。


「いつも私とセットでいる変な奴ってキャラを確立させておけば、私が外に出るとき一緒に出られるかもしれないでしょ? だからこれから毎日私と写真を撮るわよ」


 ミランダの突拍子とっぴょうしもない話に僕は仰天してしまった。


「ま、毎日?」

「そう。毎日。プレイヤーを倒すごとに一緒に撮るわよ」


 ここで撮影した写真は管理者はもちろん、プレイヤーの誰もが見ることが出来る。

 まあ、確かに毎度ミランダと写真に写っていたら「コイツ誰?」とはなるよね。

 その結果、ミランダとセットで外に出られるかもしれない。

 恐怖の魔女と見張りの平凡兵士の凸凹コンビ、みたいな感じで。

 けど、何で彼女は僕をそんなに外に連れて行きたいんだろう。


「もう決めたから。今日から実行するわよ」


 ……もしかして。

 強気を通りしてもう無理矢理むりやりそう言うミランダの気持ちに僕は何となく気付いた。


「ミランダ。もしかして外に出るのが怖いの?」

 僕がそう言うとミランダはキッと僕をにらんできた。

 思わずたじろぐ僕だったけど、どうやら図星だったらしく彼女はすぐにうつむいて、少し恥ずかしそうにつぶやきを漏らした。


「……し、仕方ないじゃない。ずっとこの中にいたんだから」


 そう言う彼女の気持ちは分かる。

 僕もいざ外に出るとなったら、さすがに緊張して身構えちゃうからなぁ。


「顔見知りが一緒なら少しは気が紛れるでしょ。そ、それがあんたみたいなヘタレでもね」


 ミランダはそう言うとプイッとそっぽを向いた。

 僕は思わず彼女の不安げな顔に吸い寄せられるように見入ってしまった。

 気を引き締めていないと僕はいつまでも彼女を見つめていそうになる。


 い、いかんいかん。

 血迷ってはいかんぞ。

 けれど今、僕の目の前にいるミランダは恐ろしい魔女でも何でもない。

 慣れない状況に心細そうにしているただの女の子だった。

 分かったよミランダ。

 一緒に行けるかどうかは分からないけれど、君が望むことをしよう。

 それが僕の望みでもあるから。


「分かったよ」

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