第9話 恐るべき暗黒魔法
「分かったよ」
僕がそう言うと彼女は顔を
「よし。よく言った。じゃあ、さっそく撮るわよ」
「え? 今から」
「何よ。この私と写真撮るのが嫌なわけ?」
ジロリと
「い、いえ。光栄ですよ。ミランダ様と同じフレーム内に収まれるなんて
「言うようになったわね。もうこの際だから国王を裏切って私の配下になっちゃいなさい」
そう言って僕を悪の道へ導こうとしつつ、ミランダはあろうことかすぐ側に身を寄せてきた。
互いの肩が触れ合い、彼女の髪の甘い香りが僕の
こんなに近い距離に彼女を感じたのは初めてのことで、僕はすっかり緊張して身を硬くした。
それはミランダが恐ろしい魔女だからってわけじゃないことは僕も自覚していた。
「ちょっと。触らないでよ」
ミランダはそう言うと僕を
いや、そっちから触れてきたんじゃないか。
「自分が触れてきたんだろ?」
「はぁ? 何で私があんたみたいな冴えない男に自分から触らないといけないのよ。それはあんたの願望でしょ? 妄想でしょ? キモッ! あんたキモッ!」
ムカッ。
彼女の口ぶりに僕は少しばかり腹を立てて思わず言い返した。
「僕はそんな妄想しないよ。ミランダに触ってほしいなんてちっとも思ってないし」
自分で思っていたよりも
「何ですって? クッ。いいわ。あんたにも暗黒魔法の恐ろしさを堪能させてあげる」
怒りに震える声でミランダはそう言い、僕に向けて手のひらをかざした。
あ、暗黒魔法?
NPCの僕に危害を加えるつもりか?
フハハハハ!
だが残念だったな!
戦闘に参加しない一般NPCである僕には体力を表すライフゲージが無いから、暗黒魔法で攻撃しても無駄だ!
「僕にそんなことしても何にもならな……」
「暗黒魔法であんたの神経をいじって本音を吐かせてやるわ。食らいなさい」
「な、なにぃ?」
じ、自白を強要する魔法だと?
僕を
容赦なくミランダの手から放たれた黒い
「うぷっ!」
その不気味な黒い
(し、しまった。直接攻撃の魔法は効かなくても睡眠、混乱、
そしてミランダの中位魔法が
確かこれはステータス異常を引き起こす魔法だ。
ミランダの意思によって相手を睡眠や
すぐに魔法の効果が現れ始めたみたいで、僕は頭がクラクラし始めるのを感じた。
やがてすぐに僕の口は勝手に開き、僕の意思とは無関係に言葉を
「ミランダの髪の毛っていい匂いがするんだな。肩もやわらかいし、肌もきれいだ」
はっ、はぁぁぁぁぁ?
な、何を口走ってるの僕は。
自分の顔は見えないが、僕は恐らく今、顔面蒼白なのだろう。
間違いない。
そんな僕とは対照的にミランダは顔を真っ赤にして上ずった声をあげた。
「なっ、何を考えてるのよ! このエロNPC!」
「い、いや。違うんだ!」
「違わないわよ! 私の暗黒魔法の効果は絶対なんだから! あ、あんたって男はぁ!」
僕を
や、やばい。
この逆境を好転させる方法はないのか?
ここは逆ギレか?
逆ギレするしかないのか?
「ほ、本音を
「それ見なさい! 自分でも本音だって認めてるじゃない!」
あぅぅ!
僕は馬鹿か!
余計なことを口走ってしまった自分を呪うヒマもなく、ミランダの暗黒魔法の効果が持続して僕の口をますます悪い方向に
「それにミランダってよく見ると顔もかわいいしスタイルも……」
「な、何どさくさにまぎれて本音言っちゃおう、みたいにぶっちゃけてるのよ!」
そういう魔法をかけたのはあんたでしょうが!
しかしこれ本当に僕の本音なのか?
自分でも気付いていない深層心理とか?
カンベンしてくれよ。
僕はそんなテンプレ鈍感キャラじゃないぞ。
そんな疑念もおかまいなしに僕の口は勢いを増して気持ちの悪い言葉を並べ立て、最高潮を迎えようとしていた。
「ミランダ。僕は……」
しかしそこまでだった。
僕以上にこの状況が耐え難かったようで、ミランダが金切り声を上げた。
「そ、それ以上言うなぁぁぁぁぁっ!」
そう言うとミランダは必死の形相になって、僕の顔を両側から挟むように両手の平を押し付けると、そのまま急いで暗黒魔法を解除した。
「ブェッ!」
ミランダの両手で顔を押しつぶされそうになりながら珍妙な声を漏らすと、それを最後に僕の口は閉じられ、気持ちの悪いミランダ
そして薄暗い洞窟内には興奮したミランダの荒い息遣いだけが響き渡っている。
それもやがて消え、世界一重苦しい沈黙が僕らの間に訪れると、それに耐えられなくなったようにミランダが声を張り上げた。
「このセクハラNPC! 死ねっ! 死ね死ね死ねっ!」
クッ!
僕だっていっそ死にたい気分ですよ。
「あんたが私をどういう目で見ているのかよく分かったわ」
そう言うとミランダはジロリと僕を
はぁ。
今から小一時間は説教されるんだろうなぁ。
キツイなぁ。
そう覚悟をした僕だったが、意外にもミランダはそれ以上僕を責めることはせず、怒ったような困ったようなそれでいてムズがゆいような複雑な表情を浮かべて言った。
「もう。恥ずかしいことばかり言って。あんたには二度とこの魔法はかけないからね」
責め苦を覚悟していた僕は思わず拍子抜けして彼女に問いかけた。
「え? それだけ?」
「何よ。もっと責めてほしいわけ?」
いやいやいや。
めっそうもない。
僕は慌てて首をブルブルと横に振った。
どうやらお
もうしばらく口もきいてもらえないかと思ったけど、どういう風の吹き回しだろう。
ミランダは腕組みをしたまま、そっぽを向いてじっとしている。
それにしても魔法が解除される直前に僕は彼女に何を言おうとしたんだろう。
きっととんでもないことを言おうとしていたんだろうな。
そんなことを考えると僕は思わず身震いした。
どんな血迷ったことを口走っていたか分かったもんじゃない。
はぁ。
言わなくて良かった。
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