第11話 ジャッジメント

 ミランダとジェネットは苦闘の果てにようやくリードを討ち果たした。

 動かなくなったリードの亡骸なきがらかたわらに立つと、ジェネットはミランダをまっすぐ見つめて問いかける。


「魔女ミランダ。自分の暴走を覚えていますか?」


 ミランダは憮然ぶぜんとした表情でうなづく。


「無論よ」

「この戦いに勝利したからといって、あなたの罪が許されるわけではありません。ばつを受ける覚悟はありますか?」


 神妙しんみょうな顔でそう尋ねるジェネットにミランダは開き直って答えた。


「ええ。私もあいつみたいにルール違反で消されるんでしょ。多分、今ならもうこの体にアクセス可能よ」


 その言葉を聞くとジェネットはミランダの背後に目をやった。


「あの人たちを見てください」


 ミランダはジェネットの言葉に背後を振り向いた。

 広場ではミランダ討伐隊とうばつたいとジェネット守護隊『懺悔主党』ザンゲストの戦いが今なお続いている。


「あの人たちは皆、私がこれまで出会ってきた人々です。私の意見に賛同し、この戦いに参加してくれました。少し時間がかかってしまいましたけれど」


 やっぱりジェネットがここに駆けつけてくれた時に言っていた準備っていうのは、あの人たちへの呼びかけのことだったのか。

 すごい人数だ。

 彼女のブログの会員たちなんだろうけど、それでもあれだけ多くの人々を集めることが出来るというのは本当にすごいことだと思う。


「魔女ミランダを討とうとする人々を止めるため。私がそう申し上げた時は皆一様に理解が出来ないといった顔をされましたし反対もされました」


 そりゃそうだよね。

 世間的に見て悪いのはミランダだ。

 そのミランダの討伐とうばつを止める理由なんて彼らにあるはずがない。


「だからもし魔女ミランダが暴走したときは、私が命に代えてでもあなたを仕留めると彼らには約束しました」


 あくまでも口約束で確証のない言葉だけど、それでこれだけの人が動くのだからジェネットがいかに信頼を勝ち得ているのかよく分かる。

 あそこにいる人たちは皆、ジェネットのために剣を振るうことの出来る人たちなんだ。

 ミランダは少しだけ彼らをまぶしそうに見つめながら言った。


「で、そんな無理を通してでもここに来たからには、相当な理由があるんでしょ」


 ミランダの言葉にジェネットはうなづいた。


「理由は2つ。ひとつはこのゲームのためです」

「このゲームのためですって?」


 まゆを潜めるミランダにジェネットは堂々たる口ぶりで告げた。


「ええ。私たちが生きるこの世界のためです。あなたの暴走を止めるためにその命を奪うことは、その場しのぎでしかないと思いました。ここであなたを消去したところで、別の暴走者がいつまた現れないとも限らない。だからあなたが暴走した原因を突き止め、そしてそれを改善する方法を検証実施する。これは私を創造した方の考えです。運営本部にも同じ考えが徐々に浸透しつつあります。そしてもうひとつは……兵士様のためです」


 そう言うとジェネットは地面に落ちている手紙を拾い上げ、それをミランダに差し出した。 

 黙って彼女の話を聞いていたミランダは静かにその手紙を見つめた。


「兵士様が残してくれたこの手紙。これで全てを思い出したのでしょう?」


 ミランダは何も言わずにその手紙を受け取る。


「これを読めばあなたは一度失った記憶の内容を知ることが出来る。いえ、もしかしたら読まずともこの手紙そのものが媒体ばいたいとなって、初期化によって失われた記憶をあなたの中に甦らせたこともあったでしょう。違いますか?」


 ミランダは沈黙をもって彼女の問いをとした。


「そしてその度にあなたは痛みを覚えた。兵士様との記憶は自分だけに残り、彼の中には同じものは残っていない。同じ時間を過ごしたはずなのに」


 それは僕には耳の痛い話……いや、痛いのは胸だった。


「自分も忘れてさえいれば味わうことのなかったはずの痛み。だけどあなたはその痛みを知ってなお、自分への手紙を書き続けた」


 ミランダは黙って自分の手中に収まる手紙を見つめ続けている。

 そんな彼女にジェネットはさらに問いかけた。


「どうしてですか? あなたは自分の意思でそれをやめることも出来たはずです。手紙を書かなければ記憶の忘却と復元の連鎖は止まる。それをしなかったのはなぜですか?」


 それは問い詰めるような調子ではなく、ミランダの心の中を整理するような静かで、そして優しい口調だった。

 ミランダはゆっくりと顔を上げてジェネットを見つめた。

 その表情を見たジェネットは静かにうなづいた。


「答えはもう出ていますね。そしてあなたが暴走したのは蓄積されたその痛みが許容量を超えたためです。コップから水があふれるように」


 そう言うとジェネットはふところから一枚の札を取り出して、それを頭上に掲げた。

 あれは何だろう? 

 僕がそう思っているとジェネットは朗々たる声を響かせる。 


「決を取ります! ミランダを存続させることをとする方は私に賛意をお示し下さい」


 それは世界の果てまでも届くんじゃないだろうかというほどの声だった。

 ジェネットの手に握られた札が光り輝きながら天に向かって打ち上げられた。

 すると、まだ戦っている多くのプレイヤーのコマンドにイエスとノーの二択が表示される。


「このコマンドは今このゲームにログインしている全てのプレイヤーに選択権として与えられています」


 ジェネットがそう言うやいなや、空の上に大きな線グラフが映し出された。

 そのグラフの中でイエスの青とノーの赤、その2本の線が競り合うようにして伸びていく。


 僕は固唾かたずを飲んでそれを見守る。

 一定の時間を経て、やがて答えは出た。


 最終的に6対4の割合で……イエスの青が勝った。

 ミランダを存続させようというジェネットの意見に賛同してくれる人のほうが多かったんだ。


 やった……やったぁぁぁぁぁっ!

 僕は思わず諸手もろてを上げて大声を出していた。

 誰にも聞こえることのない歓喜の声を。


 ジェネットはその結果を見届けるとミランダに視線を移した。


「答えは出ました。無論、これをもってあなたの存続が最終決定するわけではありません。ただしこの決議はこれから運営本部で行われる最終会議において有力な判断材料となることでしょう。私に出来るのはここまでです」


 そ、そうだ。

 結局、最終的な結論を出すのは運営本部なんだ。

 僕は冷や水を浴びせられたように我に返った。


 言葉を終えて泰然たいぜんとするジェネットを静かに見返してミランダは口を開いた。


「私は生き残りたいなんて一言も言っていないわよ。あいつは違反で消去された。であるのならば私も消去しなさい。それが裁きというものじゃないのかしら」


 ミランダの言葉にジェネットはクスリと笑みを漏らした。


「魔女の貴女が裁きの公平さを説くとは意外でしたね。ですが、あなたはばつを受ける覚悟があると先ほど言いました。あなたにとってのばつとは消去ではなく、あの兵士様のいなくなってしまったこの世界でも生きていくことです。それともあの兵士様の後を追って消えてしまいたいということですか?」


 挑発するようにそう言うジェネットに、面白くなさそうにミランダは舌打ちをした。


「チッ! いちいち頭に来る女ね。何でそんなにアイツに肩入れするのよ?」


 苛立いらだった表情のミランダがそう言うと、雄弁だったジェネットが少し黙り込んだ。

 そして伏し目がちな表情で口を開いた。


「彼は良い方です。私とも仲良くして下さいました。彼がいなくなってしまったのは……私にとっても残念なことです」


 そう言うジェネットの肩が小刻みに震え、その目が涙に濡れた。


 ジェネットまで僕のために泣いてくれるなんて。

 死んじゃったけど僕の人生は悪くなかったんじゃないかな。

 僕は思わず胸にこみ上げるものがガマンできなくなり、ジェネットから視線をらした。

 場の空気が一瞬にして変わったのは、その時だった。


「きゃあっ!」


 突然、女性の悲鳴が響き渡り、僕が視線を戻すと、ジェネットが地面にガックリとひざをついていた。

 悲鳴はジェネットのものだとすぐに分かった。

 なぜなら彼女の背中には一本のナイフが突き刺さっていたからだ。

 ミランダが驚いて後方を振り返り、僕も思わず息を飲んだ。


 そ、そんな。

 何で……。


 僕はそこに立っていた人物の姿に信じられない思いを抱いた。

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