第10話 王城への道のり

「コラッ! チャッチャと歩けノロマ」


 リードは上機嫌でそう言いながら僕の尻を蹴り上げる。

 くそぉ。

 遠慮なしにやってくれるよ。

 こいつは本当に性格悪いな。


 それにしても驚くべきはその外面そとづらの良さで、自分のねじ曲がった性根を隠すことにかけてはこいつは相当なスキルを持っている。

 今だって人が見ていないすき見計みはからって僕に嫌がらせをしてくるんだ。

 誰もこいつの本性を知らないってのは、実に不愉快ふゆかいだよ。


 僕は出来るだけリードを無視し、呪いの剣『タリオ』を通して感じられるミランダの気配を読むことに集中した。

 僕らは今、王城に向かって街道を歩き続けている。

 王城までは恐らくあと10分少々で到着するだろうから、そこでミランダを迎え撃つ準備も出来るだろう。


 リードの所属する部隊は全部で8人編成だ。

 プレイヤーが4人とそのサポートをするサポートNPC4人の合計8人で構成されている。

 ちなみにリードがサポートしているのは魔法使いの女の子でダニエラという名前だった。

 派手な茶髪と大きな目が特徴的な女の子で、体中にアクセサリーをつけている。


 彼女はいかにもリードをお気に入りのようで、リードの前では気持ち悪いくらい体をクネクネさせて語尾を伸ばしてしゃべる。

 一方で僕のことはゴミでも見るような目で見てくるけどね。

 安定のゴミ扱いですよ。

 いえ、慣れてますから平気です!


 他のプレイヤーは戦士が二人に僧侶が一人となっていて、それぞれリードと同じ上級兵士をサポート役に従えていた。

 黄色い声を出して話すダニエラの相手をしつつ、リードは背後を振り返って僕を見据える。 


「本当に王城にミランダは来るんだろうな。言っておくがミランダが現れなかったときは覚悟してもらうぞ。モグラ野郎」


 リードはドスのきいた声でそう言う。

 こいつのことだからどうせ半分くらいはそうなることを望んでるんだろう。

 ただ、そうはならないことを僕は分かっている。

 ミランダが近づいてきているのを確かに感じるからだ。

 彼女の向かう先が王城であることも今の僕には手に取るように分かる。

 そう遠くない場所にミランダの威圧的な気配を感じていた。


 彼女が来る。

 王城をはさんで僕らと対角線の向こう側から。


 今ミランダがどのような移動手段で移動しているのか僕には分からない。

 僕は彼女が従来の定住型のボスだった頃しか知らないから。

 ミランダも魔力で空を飛ぶことは出来るけど、そんなに長い距離は移動できないはずだ。

 かと言って今やお尋ね者の彼女が徒歩で移動しようものなら目立ちすぎる。

 だけど移動の手段は分からなくても、今ミランダが王城に向かっているのは確かなんだ。


 そう思うと僕は何だか緊張してきた。

 こういう時、自分の神経の細さがうとましいよ。

 いざ、ミランダと対峙した時に僕はきちんと彼女に立ち向かうことが出来るんだろうか。

 その時になったら恐れおののいて動けなくなってしまうんじゃないかと考えると、どうしても体がこわばってしまう。


 ミランダにこの呪いの剣を返して彼女の正気を取り戻す。

 だけど本当にそんなことでミランダの暴走を止められるんだろうか。

 考えるほどに不安な気持ちが押し寄せてくる。

 もし剣を突き返されたら、あるいは剣を手にしたとしても彼女が変わらずに暴走を続けたとしたら、その時こそ僕に出来ることはなくなってしまう。

 だけど僕は自分のアイテムストックに収めているミランダとの写真や彼女が残した手紙を思い、弱音を吐きそうになる自分の心を必死に奮い立たせて足を進めた。


「見えてきたぞ」


 少し進むとリードの仲間の一人がそう声を上げる。

 洞窟から王城までの距離は近いため、すぐに王城とその城下町が遠くに見えてきた。

 その王城から西の方角に位置する森の手前には古びた小さな白亜の神殿が立っていた。

 それを見て僕は思わずジェネットのことを思い出した。


 あれはジェネットと一緒に立ち寄った神殿だ。

 そう言えばあそこではジェネットとひと悶着もんちゃくあったっけ。

 いきなり彼女が服を脱ぎ捨てた時には本当に困ったよ。

 ほんの数日前のことなのにずいぶんなつかしいな。


 僕がそんなことを考えているその時、その神殿を見た一行の中の僧侶が立ち止まった。

 その若い男性の僧侶はドレイクという名前のプレイヤーであり、彼はリードに声をかけると神殿を指差して言った。


「あの神殿で祈りを捧げます」


 仲間の言葉を聞いたリードはほんの一瞬、面倒くさそうな表情を見せたけど、すぐにさわやかな作り笑顔で言った。


「あそこは回復の泉だろ? 今はみんな全回復してるから必要なくね?」


 そう言うリードだったけど、僧侶は首を横に振った。


「いえ。神殿での祈祷きとうによって私の法力が2割増しになりますので、魔女との戦いに備えるためにぜひ」


 確かに僧侶やシスターなどの神聖系キャラクターは神殿での祈りによって一時的に能力をアップさせることが出来る。

 他の仲間の一人がリードの横に立って言った。


「いいじゃん。リード。俺たちの中じゃ回復魔法と防御魔法を使えるのは彼しかいないし」


 そう言う仲間の言葉にリードは肩をすくめる。

 ドレイクはプレイヤーであるため、サポートNPCのリードとしてはその意思を尊重せざるを得ない。

 もちろんリードのことだから内心じゃ面倒くさくて舌打ちしてるんだろうな。


「オーケー。分かった。俺たちはここで待っているから行ってきてくれ」


 そう言うとリードは街道脇の小さな岩場に腰をかけた。

 隣にはダニエラが腰を下ろしてリードにベッタリとくっついている。

 他の仲間たちも彼の周りに思い思いに腰を下ろして、一人歩いていくドレイクを見送った。

 広い平原の景色の中、一人歩くドレイクの背中が遠くなっていき、やがて神殿の中に入っていく様子が見えた頃、僕の後ろで一行の中の一人が声を上げた。


「あれ? これってドレイクの経典きょうてんだろ」


 その声に振り返ると仲間の一人が街道に落ちている一冊の本を拾い上げた。

 それはこのゲームの中では僧侶が装飾品としてよく装備するアイテムだった。

 大規模な戦闘になると僧侶は回復魔法や補助魔法を数多く使用するため法力の消費が激しくなりがちで、そんな時に法力を節約するための補助アイテムとして経典きょうてんや聖具を使うプレイヤーもいる。

 経典きょうてん自体にあらかじめ一定量の法力を補充しておいて、自分自身の法力を使わなくても神聖魔法が使えるという優れものなんだ。


「ドレイクの奴、忘れていったのかよ」

「抜けてんだよなアイツ。アイテムストックに収納しておけばいいのに、カッコつけていつも手に持ってるからだよ」


 仲間たちが口々にそう言う中、リードはその経典きょうてんを僕に投げてよこした。


「おい、おまえ。そいつをドレイクに持っていけ。さっさとな」


 面倒だけど、この隊にいる以上、リードの命令は聞いておいたほうがいい。

 仕方なく僕は経典きょうてんを手に、ドレイクの後を追って小走りに駆け出した。

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