第4話 聖女にお説教
……うぅ。
え~と。
何がどうなったんだっけ?
目を覚ますと、僕は神殿の中庭にある柔らかな草の上に寝かされていた。
自分の置かれている状況を理解できないまま僕は上半身を起こして周囲を見回す。
すると、すぐそばにジェネットが座っていた。
「大丈夫ですか?」
彼女は心配そうに僕を見ながらそう言った。
ハッ!
そうだった。
僕の脳裏に先ほどの出来事とジェネットのあられもない姿がフラッシュバックする。
僕は恐る恐るジェネットへと視線を向けた。
「鼻から出血されていたので、念のため回復魔法をかけておきました」
そう言って少し申し訳無さそうに目を伏せる彼女は、純白の衣に身を包んでいた。
ふ、服を着てる。
良かった。
さっきのは夢だったんだ。
僕の妄想だったんだ。
ハハハ。
聖女たるジェネットを相手にそんな
「どうですか。私の裸身を見ても何も感じなくなりましたか?」
クッ!
夢だけど夢じゃなかった。
「どうかされましたか?」
ダメだ。
この人にはきちんと言っておかないと。
色々と鈍い人なんだな。
僕は意を決してジェネットを見つめると口を開いた。
「……シスター。いいですか。もう二度とこんなことをしてはダメです」
僕の言葉にジェネットは不思議そうに首を
「なぜですか? あなたの心に巣食う悪を
ジェネットは
僕はひるみそうになる心を必死に奮い立たせて反論の言葉を口にした。
「あなたは確かに
僕の言葉にジェネットは心底驚いた顔を見せた。
いいぞ。
今度は彼女がひるんでいるみたいだ。
「そんな……ではあなたが女性の身体に対して抱くいやらしい情欲は正当なものだというのですか? あなたが女性に向ける色欲まみれの
ぐぬぬ。
劣勢に立たされながらも返す言葉の刃で僕を斬り刻むジェネットおそるべし。
それでも僕は引き下がらなかった。
「も、もし僕の心に悪が芽生えるのなら、それはあなたが生み出しているのですよ」
「……な、何ですって?」
ジェネットは驚愕に目を見開いた。
「そう。あなたがあんな格好であんな行為をすることで僕の心に悪の種を植え付けているのです。だからもし僕の心を正しく導いてくださるなら、もうあんなことしてはダメです」
そう言って僕が熱弁を振るうとジェネットはうつむいて目を伏せた。
彼女の細い両肩がフルフルと小刻みに震えている。
し、しまった。
さすがにちょっとこれは話が大げさ過ぎたか?
ジェネットを怒らせてしまったかもしれないと思い、僕は恐る恐る彼女の表情をうかがった。
だけど顔を上げたジェネットはすっかり意気消沈して、消え入りそうな声を出した。
「……分かりました。お恥ずかしい姿をお見せして申し訳ありません」
そう言うと彼女は力なくうなだれるようにして頭を下げた。
よ、よし。
怒ってないぞ。
それに説得に成功したみたいだ。
「いえ。まあ驚きましたけど……」
「私の裸など見苦しいばかりだというのに、そんなものを見せてしまうとは深く恥じ入るばかりです。あなたの目に害を与えてしまったことを深くお詫び申し上げます」
そう言うとシスターは今度は大仰に深々と頭を下げた。
「い、いえいえ。見苦しいだなんてとんでもない。シ、シスターはキレイな女性なんですから、衣服を着ていても十分に美しいですよ」
なに寒いセリフを吐いてるんだ僕は。
そんなイケメンキャラじゃないだろうが。
とっさに口から出たガラにもない自分の言葉に自嘲する僕だったけど、ジェネットは急に
「あ、ありがとう……ございます」
ボソボソとそう言うジェネットは視線を僕から外すと口をすぼめた。
「ではあなたも今後もし裸の女性に迫られても決して誘惑に屈してはいけませんよ」
「……だ、大丈夫ですよ。そもそもそんな状況は起こりませんから」
「それもそうですね。アハハ」
あっさり
そうですか。
いえ、別にいいですけど。
僕はすっかり疲れ果てて、ため息混じりに問いかけた。
「はぁ。え~と。それで浄化のほうは終わったんですか?」
僕がそう問いかけるとジェネットは自分の身に手を当てた。
「おかげさまで。この身も清められましたし、剣のほうも呪いを解くことが出来ました」
回復の泉に沈んでいた剣はすでにジェネットのアイテムリストに収納されたようだった。
「では王城へ向かいましょうか」
そう言うとジェネットは聖衣の
「そうしましょう」
僕も立ち上がり、彼女の後に続く。
とんだ寄り道になってしまったけど、ようやく僕も
何か暗い洞窟の中にずっといたせいか、日の光のもとを歩くことに気疲れしてしまったみたいだなぁ。
すっかり僕も魔女ミランダと同じ
そんなことを思いながら神殿の出口に差し掛かったその時、ふいに前を行くジェネットが後ろを振り返った。
「やっぱりあなたは正しい心の持ち主だと思いますよ」
「そ、そうですか?」
「そうですよ。私はそう思います。ふふふ」
そう言うとジェネットは優しげに微笑んだ。
厳しく正義を追求する一方でそんなふうに穏やかに微笑むジェネットの表情が、僕にはとてもまぶしかった。
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