第10話 城下町の大乱戦!

 大きなどよめきが上がり、この広場に続く通りに無数の人影が押し寄せてきた。

 ぞ、増援だ。

 ついにミランダ討伐隊とうばつたいの増援が街の中へ押し寄せてきた。

 その数は元から広場に集まっていた人数の三倍近い。


 も、もうダメだ。

 ようやく苦労してミランダとジェネットが敵を壊滅させかけているのに、こんなの無理だよ。

 ミランダは元より、ジェネットだって相当に消耗している。

 二人とも。

 もう逃げてくれ。

 僕は二人があの大群に押しつぶされてしまうことを想像して怖くなった。


「ハッハッハ! 残念だったな。これでおまえたちもオシマイだ。あきらめろ。そしてあんな大群に押しつぶされる前に、おとなしく俺に倒されろ!」


 リードはそう言って憎たらしく笑うと、再び剣を振り上げてミランダに斬りかかった。

 大群の先頭がミランダの姿を確認したようで、彼らもいきり立って突進し始める。

 大勢の人間が上げるどきの声と足音で辺りは轟然ごうぜんとした雰囲気に包まれた。

 ミランダはリードとの戦いでそこから離れることが出来ず、ジェネットも覚悟を決めてしまったのか、そこから動こうとしない。


 二人とも今すぐここから離れてくれ!

 僕の心の叫びは誰にも届かずにむなしく消えていく。

 さらに、そこで事態が大きな変化を迎えた。

 大群の押し寄せてくる方角とは反対側から大きなどよめきが上がり、驚いて振り返ると、別の大群が通りをこちらに向かってきているのが見えた。


 僕は愕然がくぜんとした。

 まだ新手がいるなんて……。

 はさみ撃ちで退路は断たれてしまった。

 一発逆転の奇跡でも起こらない限り、もう打つ手はない。


 僕はせめて最後の瞬間までミランダやジェネットのそばにいようと決め、二人の近くに寄り添った。

 前方と後方から迫る大群はもう目の前だ。

 だけどそのとき確かに僕は聞いたんだ。

 後方から迫る大群がある人物の名前を連呼しているのを。


「待たせたなジェネット!」

「助太刀するぞ! ジェネットの敵を殲滅せんめつしろ!」


 そう。

 彼らは口々にジェネットの名を叫んでいたんだ。

 ジェネットはこれに応えるように片手を天に突き上げた。

 か、彼らは味方なのか? 

 僕は彼らの掲げているはたに着目した。


『懺悔主党』


 な、何て読むんだ?

 ざんげ……しゅとう?

 い、いや……ザンゲストだ!

 僕はそこでジェネットのブログに訪れて彼女に懺悔ざんげを告白する人々が、ザンゲストと呼ばれていたことを思い出した。


 そうか。

 もしかしたらジェネットはブログ内の項目であの会員専用になっていた『典礼の間』を利用して増援を呼びかけていたのかもしれない。

 味方が駆けつけてくれることを知っていたからジェネットは敵の大群を前にしても動じることがなかったんだ。

 僕は驚き、同様にミランダも呆然ぼうぜんと大群を見つめていた。

 ジェネットの援軍はプレイヤーやサポートNPCで構成されていて、彼らはついに僕らの目の前を通り過ぎると、そのまま前方から迫り来る敵の大群に突撃した。

 ミランダ討伐隊とうばつたいとジェネット守護隊『懺悔主党』ザンゲストが激突し、入り乱れての大乱戦となった。


「増援部隊は彼らに任せておけば大丈夫です。私たちは残ったこの人たちを」


 声を張り上げてミランダにそう告げると、ジェネットはリードらの一団に果敢かかんに向かっていった。

 ミランダもすぐに呼応し、リードとの戦闘を再開した。

 後退していくリードを守るようにして、彼の数名の仲間たちが二人の前に立ちはだかる。


鬱陶うっとうしいわね!」


 そう言ってミランダが『黒炎弾』ヘルバレットを撃とうとすると、ジェネットが立ち止まって叫んだ。


「そこをどきなさい!」


 ジェネットが気合の声とともに上位スキルである神聖魔法『断罪の矢』パニッシュメントを唱えた。

 猛烈な勢いで頭上から降り注ぐ光り輝く矢が、数名残ったリードの仲間らを一人残らず貫いた。

 すごいぞ。

 残り少ない法力量を酷使こくしして見事にジェネットは敵を討ち果たしたんだ。

 これで最初からこの広場にいたのは、とうとうリードは一人となった。

 ミランダはリードの前に立ち、黒鎖杖バーゲストを彼に突きつけた。


「さあ。もう助けてくれる仲間も、盾に出来る女もいなくなったわよ。色男」


 追い詰められたリードは、唇をんで怒りの声を上げる。


「調子に乗るなよ? 魔女風情ふぜいが。おまえをぶっ殺して手柄てがらを立ててやるぜ」


 仲間の回復魔法で体力が全回復し、補助魔法によって攻撃力と防御力、俊敏性しゅんびんせいをドーピングしたリードは剣を振り上げて一気呵成いっきかせいにミランダに襲い掛かる。

 ミランダも応戦するけど、体力が落ちているためにリードの勢いに押されていた。


「オラッ! お供のモグラ野郎が消えちまって悔しいか? 俺が消してやったんだ。あいつは昔っから気に入らなかったからなぁ! ザマーみやがれ!」


 そうだね。

 リード。

 昔から君は僕を嫌っていたよ。


「弱くてグズでマヌケなくせに、魔女の腰巾着こしぎんちゃくになって安穏あんのんと洞窟の見張り役に収まってやがる。ムカつくモグラ野郎だ」


 ひどい言われようだ。

 ミランダ。

 何か言い返してやってくれ。


「弱くてグズでマヌケなのは否定はしないわ」


 否定しないのかよ。

 否定してくれよ(泣)。


「でも私の腰巾着こしぎんちゃくになれるほどあいつは器用な奴じゃない」


 そう言ったミランダの双眸そうぼうが怒りの色を帯びた。


「ハアッ!」


 ミランダの気合の声と共に黒鎖杖バーゲストの先から四つに枝分かれした漆黒の鎖が空気を切り裂き、リードの両手両足に絡みついた。


「うおっ!」


 きょを突かれたリードは驚きの声を上げ、これを振りほどこうとする。

 だけどミランダのありったけの魔力が込められた鎖はリードを捕らえて放さない。

 リードは四肢ししを封じられ、握っていた剣を落とした。

 必死にもがくリードをにらみつけながらミランダが静かに口を開く。


「モグラ野郎モグラ野郎って。気安く私の相棒をディスってんじゃないわよ」


 そう言うとミランダは黒鎖杖バーゲストを地面に突き立てた。


「あんた。この広場での戦いで自分が最前線に出ないよう、わざと遠巻きに移動していたでしょ。知ってるのよ」


 ミランダの指摘にリードは顔を引きつらせる。


「他の連中に戦わせて私が弱ったところで、あのビッチ魔法使いに手柄てがらを取らせるつもりだったのよね。そうすることでサポートNPCとしての自分の株も上がるし」


 狡猾こうかつなリードならやりそうなことだ。

 僕は思わず納得してしまった。


挙句あげくの果てにそのビッチの抜けがらを盾に生き延びようなんて、大した根性だわ」


 そう言って鼻で笑うミランダにリードが激昂げっこうして声を荒げた。


「うるせえっ! グダグダ御託ごたくを並べやがって!」


 だけどミランダはリードの数倍はあろうかというほど大きな声で逆に怒鳴り返す。


「うるさいのはあんたよ! あいつは……あいつは弱くて馬鹿で何の取り得もない奴だけど、あんたみたいに逃げたりしなかった! 臆病なくせにそれでもまっすぐ生き抜いたんだ! あんたなんかにあいつを批判する資格はない! 報いを受けろっ!」


 ミランダの言葉に僕は胸がいっぱいになった。

 感情がうず巻いて言葉が出てこない。

 満身創痍まんしんそういのミランダは最後の魔力を振り絞る。

 耳に馴染なじんだ詠唱が響き渡り、彼女の伝家の宝刀が満を持して炸裂さくれつする。

 ミランダの手から放たれた『死神の接吻』デモンズキッスは黒いきりのドクロとなって飛翔し、一気にリードを飲み込んだ。


「うぉああああっ!」


 リードの断末魔だんまつまの叫び声が辺りにこだまする。

 真っ黒なきりのドクロはリードの体を完全に飲み込み、咀嚼そしゃくするかのようにあごうごめかせる。


 アタリかハズレかどっちだ?

 運命の審判が下る瞬間に僕はじっと固唾かたずを飲む。

 すぐに黒いきりのドクロはリードの体を突き抜けて後方へと飛んでいき、顔面蒼白のリードが再び姿を現した。

 恐怖に開かれたその目が、二度三度と瞬き、リードは自分の体を舐めるように見回して、やがて大きく息をはいた。


 リードは無傷だった。

 ハ、ハズレだ。

 リードはまんまと死神の手から逃れたんだ。

 勝利の女神は三分の一の確率でミランダに微笑んでくれることはなかった。

 リードの顔が恐怖の表情から引きつった笑みに変化する。


「ハッ、ハハハ! ハズレ……」


 リードがそう叫びかけたその時だった。


『応報の鏡』リフレクション


 りんとした声が響き渡った。

 見ると、リードの背後にいつの間にかジェネットが控えていた。

 リードの体を突き抜けた漆黒のドクロは、ジェネットの眼前に現れた光の鏡によって跳ね返される。

 反射された『死神の接吻』デモンズキッスが今度はリードの背中から襲いかかり、再びその体を飲み込んだ。


 こ、これは……。

 ジェネットの『応報の鏡』リフレクションで跳ね返された魔法は成功率が100%に跳ね上がる。

 僕は以前にジェネットが言っていたそのことを思い返して両目を見開いた。

 すぐに黒いドクロが霧散むさん消滅して、そこから現れたリードは両目を見開いたまま地面にゆっくりと崩れ落ちる。

 そして大地に横たわったままピクリとも動かなくなった。

 そのライフゲージが赤く染まり、リードが絶命したことを示していた。


 か、勝った……勝ったんだ! 

 僕は思わず歓喜の声を上げた。

 ミランダは疲労困憊ひろうこんぱいでその場にしゃがみ込み、ジェネットも立ち尽くしたまま一歩も動かなかった。

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