第12話 卑劣な裏技 そして切なる祈り
ミランダの
それはあり得ないことだった。
リードは今少し前まで物言わぬ
原則、復活という
リードが今こうして立っている道理があるはずがなかった。
ジェネットは背中に突き刺さったナイフを苦しげな表情で引き抜いた。
鮮血が痛々しく地面に舞い散った。
そ、相当なダメージを負っているはずだ。
「ど、どうしてあなたが……」
ジェネットは
その額に
リードは笑みを浮かべてジェネットを
その表情は以前の彼の様子とはどこか違っていた。
両目は赤く染まり、
彼のステータスを見ると、0だったはずのライフゲージは完全に回復していて、その属性の
リードはその性根はともかくとして、キャラクターとしては光属性側のNPCであり、こんなに急激に属性が大きく変化することはありえないことだった。
そして彼のステータス値の対物理攻撃および対魔法攻撃の防御力に見慣れない『∞』という値が記されている。
何だアレ?
見たことないぞ。
「あんた。どうやって生き返ったのよ」
不可解といった顔でそう言うミランダにリードはニヤリと笑みを浮かべる。
「新実装の特殊スキル
何だそれ?
聞いたことのないスキルだ。
ミランダとジェネットも同様みたいで、
驚く二人に対峙しながらリードは得意げな調子で口上を続ける。
「ライフゲージが0になった後に自動的に発動するこのスキルはな、その戦闘中に一度だけ甦ることの出来る優れものだ」
ミランダは
「何よそれ。聞いたことないけど、あんたの妄言かしら?」
「虚勢を張るんじゃねえよ。現にこうして俺がここに立っていることが何よりの証だろうが。まだ試験段階だが、こいつはすげえ。力が
正式運用される前の試験的スキルってことか。
リードが何でそんなスキルを持っているんだ?
「さて。第2ラウンド開始といこうか」
そう言うとリードは
やばい。
やば過ぎるぞコレ。
もうミランダもジェネットも戦う力はほとんど残っていない。
「フンッ。たった1回生き返ったくらいで、何が変わるってのよ!」
気丈にそう言うとミランダが
そしてそのまま
だけどリードは武器を構えもせず、この一撃を腹部に受ける。
まったくよけようともしないなんて……え?
僕はリードのライフゲージを見て思わず言葉を失った。
確かに彼はミランダの攻撃をまともに受けたはずだった。
だというのにリードはまったくダメージを負っていなかった。
ミランダは一瞬
傷を負ったジェネットは何とか立ち上がると、その場で
闇属性となった今のリードには効果的なはずだ。
だけどリードは光の
ど、どうなってるんだ?
「くっ!」
ジェネットは背中の傷が思いのほか深いようで、その場に立ち尽くしたまま動けない。
そんな彼女の
「ジェネット! 大丈夫か!」
全部で5人が
「ダメです! その人に近づいては……」
ジェネットの制止も聞かずに5人はリードに攻撃を仕掛ける。
5人のうち2人が火炎魔法をリードに浴びせかけ、残った3人が
だけどリードは涼しい顔でこれを受けきると、一転してケモノのような
リードの攻撃は
そ、そんな……。
何かおかしいぞ。
強さが異常すぎる。
以前のリードはこんなに化け物じみた強さは持っていなかったはずだ。
「あなた。何か以前と変わりましたね」
仲間を倒されてジェネットは
リードは邪悪な笑みを浮かべながら口元を
「ひとつ言い忘れたけどなぁ、さっきの特殊スキル
「スキルの書き換え?」
ミランダが顔をしかめてそう問い返すのを聞き、リードは得意げに言った。
「そうだ。書き換わったスキルは物理攻撃無効、魔法攻撃無効、そして物理防御無効。この3つだ。もう俺には攻撃が一切効かない。武器での攻撃だろうが魔法攻撃だろうがな。逆に俺の攻撃をおまえらが防御することも不可能だ」
僕はリードの言葉に
な、何だソレ。
完全にチートじゃないか。
何でそんなスキルをリードが身につけているんだ。
試験的運用なんて言い分が通じるような話じゃない。
そんなものがまかり通るなら、ゲームバランスは完全に崩壊するぞ。
「それはゲーム
ジェネットは深い傷を負っているため、苦しげな顔でそう告げた。
だけどリードはまったくこれを意に介さない。
「無駄だ。このスキルはその運営本部様から与えられた、世界に二つとない優れものなんだからなぁ」
その言葉にジェネットは絶句し、ミランダは不満そうに鼻を鳴らした。
「フンッ。なるほど。運営と
ミランダがそう言うとリードは愉快そうに笑った。
「負け惜しみか。情けない魔女め。犬みたいに
リードはもはや正気を失っている。
運営本部の
ミランダはもう魔力が残っておらず、それでも気力だけで
だけどリードにはもう攻撃そのものが効かないんだ。
勝負になるわけがなかった。
リードはミランダの
「うぐっ!」
リードの右手がミランダの首をつかんで強烈に締め上げる。
「このまま確実に絞め殺してやる!」
ミランダのライフゲージが徐々に減少していく。
やばい。
やばいぞ!
「放しなさい!」
ジェネットは傷ついた体を顧みずに
だけど、逆にリードは空いている左腕でジェネットの杖を弾き飛ばすと、そのまま左手を伸ばしてジェネットの首にも手をかけた。
そしてジェネットの首をも締め上げる。
「くはっ!」
ジェネットの口からも苦しげな息が漏れる。
リードはジェネットを
「
そう言うとジェネットの頭上に警告のメッセージが表示され、彼女が運営本部による審判にかけられたことが示される。
それを見たリードの顔に
「運営本部からのお達しが出たぞ。ジェネット。これでこのライフゲージが0になればミランダ同様におまえは消える。二度と甦らないぞ。これが本当のゲームオーバーだ!」
そう言うとリードは左右の手でミランダとジェネットの首をつかんだまま、その両手を上に引き上げる。
ミランダとジェネットの足が地面を離れて宙に浮き上がった。
リードに首を締め上げられて二人のライフゲージはじわじわと減っていく。
もう体は消えてしまって魂だけの存在となっている僕は、ただ見ていることしか出来ない。
だけど、このままじゃミランダもジェネットも消されてしまう。
そんなの……そんなの嫌だ!
僕は生まれて初めて心の底から神に
神様。
どうかお願いします。
僕はもう命も消えてしまって差し出せるものは何もないけれど、あの二人を救うためならば何でもします。
どうか彼女たちを消さないで下さい。
全身全霊を込めて僕は
そんなことで状況が変化するはずもないのに。
だけど……神様は僕を見ていた。
切なる願いが心身を満たしたその時、僕の体に
僕の足にくくりつけられている黒い鎖が音を立ててしなり、僕の目の前に突発的にコマンドウインドウが示されたんだ。
「な、何これ?」
そこにはパスワードを入力するよう文字が記されている。
パ、パスワード?
ここにきてまたパスワードなんて・・・・・・。
すぐにタイムカウントダウンが開始され60秒が59秒、58秒と進んでいく。
しかも時間制限付きかよぉ(泣)。
僕は必死に思考を巡らせた。
ミランダの持っていた手紙の内容やジェネットのブログの中身など、記憶の中を必死に探る。
だけど正直に言って僕にはまったく心当たりがなかった。
時間は45秒を切った。
こ、こうなったらダメ元で手当たり次第入力するしかない!
僕はそう思い、ミランダの名前を【Miranda】と入力する。
【エラー。パスワードが間違っています。あと2回入力できます】
そりゃそうか。
って、あと2回?
回数制限まであるのか?
それを越えたらどうなるんだ?
もう入力できないってことだよね。
まずい。
残り秒数も35秒を切った。
僕はもう一度、記憶の中を探る。
ミランダやジェネットとの会話の中で何か、何かキーになる言葉はなかったのか?
時間は刻々と過ぎていく。
僕は仕方なく二度目の入力を
もちろんジェネットの名前で【Jennette】と。
【エラー。パスワードが間違っています。あと1回入力できます】
マ、マジか……。
ミランダでもジェネットでもなく他のパスワード?
そ、そんなの分からないよ。
肩を落とす僕だったけど、時間は無情にも残り20秒を切った。
僕はここにきて
そうしている間にもミランダとジェネットはリードに首を締め上げられて
もう二人のライフは残り10%を切り、ライフゲージの底をつこうとしている。
彼女たちのライフゲージを見ていると、僕は強い切迫感を感じて震え出しそうになる。
これだけの激しい戦いの中でライフゲージを背負って戦うことがどれだけ
特に今の彼女たちは負ければ即消去されてしまうんだ。
文字通り命がけの戦いだ。
命がけ……ん?
ふいに僕はミランダが言っていた言葉を思い出した。
― フンッ! 少しはライフの重みを知りなさい! ―
そ、そういえばジェネットも似たようなことを言っていた。
― あなたはライフゲージをお持ちでないようなのでお分かりではないでしょうけれど、ライフの持つ重みを知る者であれば、そのように自らを危険にさらすような
彼女たちのその言葉を思い返すと僕の体の中で何かが
も、もしかして……。
僕は息を飲んでじっとコマンドウインドウを見つめる。
残り時間は10秒。
入力できるのはあと一回だ。
僕は頭で考えるのをやめ、自分の身で感じた言葉を決死の思いで入力した。
【LIFE】
……どうだ?
7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・4・・・・・・
タイムカウントダウンは残り3秒のところで停止した。
【パスワードを認証しました。タリオの規定に従って復元プログラムを起動します】
と……通ったぁぁぁぁぁ!
本当に一か八かの賭けだったけど、僕は正解の糸を
いや、そうじゃない。
ミランダとジェネットが僕を導いてくれたんだ。
「むふっ……」
急に体の中がムズムズとし始めて僕は奇妙な声を口から漏らしてしまった。
な、何か来る……。
そこから事態は急転した。
消えてしまっていた僕のステータスコマンドが復活したんだ。。
さらにはステータスコマンドの中に見慣れない項目が追加されていた。
あ、あれは……ライフゲージだ。
一般NPCである僕には無縁のものであるはずだった。
自分の身に起きた異変に目をしばたかせる僕の視界の中で、地上に落ちたまま横たわっていたはずの呪いの剣『タリオ』が、いつの間にか地面に突き立っていた。
そして刀身の周囲に施された二匹の
白と黒の
すると二匹は
その二匹が向かう先は僕だった。
世界の誰もが僕の姿を見ることが出来ないというのに、その二匹だけはそんな世界の
僕はそう感じた。
そしてついに
不思議とこそばゆさも気持ち悪さもなく、あるのは体に力が満ちていく感覚だけだった。
大地に刺さったままの刀身に戻ろうとしているんだ。
僕は急激に自分の体内に満ちていく現実感に戸惑ってしまう。
呼吸した時の空気の
そして目に鮮やかに映る世界の色感は先ほどまでのおぼろげなそれとは大違いだった。
そして『タリオ』の目の前まで引き寄せられた僕が、その
再びこの世界の一員になれたことを。
そしてほんの一秒にも満たない時間で、
僕は二匹の
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