第12話 卑劣な裏技 そして切なる祈り

 ミランダの『死神の接吻』デモンズキッスによって倒れたはずのリードが再び立ち上がった。

 それはあり得ないことだった。

 リードは今少し前まで物言わぬむくろとなって地面に横たわっていたはずだ。

 原則、復活という概念がいねんのないこのゲームでは生き返る方法はないし、死んだキャラクターは所定の場所へ戻され再スタートとなる。

 リードが今こうして立っている道理があるはずがなかった。


 ジェネットは背中に突き刺さったナイフを苦しげな表情で引き抜いた。

 鮮血が痛々しく地面に舞い散った。

 そ、相当なダメージを負っているはずだ。


「ど、どうしてあなたが……」


 ジェネットはうめくようにそう言った。

 その額に脂汗あぶらあせが浮かんでいる。

 リードは笑みを浮かべてジェネットをすがめ見た。

 その表情は以前の彼の様子とはどこか違っていた。


 両目は赤く染まり、禍々まがまがしさを漂わせている。

 彼のステータスを見ると、0だったはずのライフゲージは完全に回復していて、その属性の天秤てんびんは闇側に振り切れている。

 リードはその性根はともかくとして、キャラクターとしては光属性側のNPCであり、こんなに急激に属性が大きく変化することはありえないことだった。

 そして彼のステータス値の対物理攻撃および対魔法攻撃の防御力に見慣れない『∞』という値が記されている。


 何だアレ? 

 見たことないぞ。


「あんた。どうやって生き返ったのよ」


 不可解といった顔でそう言うミランダにリードはニヤリと笑みを浮かべる。


「新実装の特殊スキル『蘇生返魂』リザレクションだ。副産物として属性がひっくり返っちまうけどなぁ」


 何だそれ?

 聞いたことのないスキルだ。

 ミランダとジェネットも同様みたいで、に落ちない表情を驚きとともにその顔に張り付かせていた。

 驚く二人に対峙しながらリードは得意げな調子で口上を続ける。


「ライフゲージが0になった後に自動的に発動するこのスキルはな、その戦闘中に一度だけ甦ることの出来る優れものだ」


 ミランダは忌々いまいましげにリードをにらみつける。


「何よそれ。聞いたことないけど、あんたの妄言かしら?」


 刺々とげとげしい彼女の言葉を一笑に付してリードは言葉を返した。


「虚勢を張るんじゃねえよ。現にこうして俺がここに立っていることが何よりの証だろうが。まだ試験段階だが、こいつはすげえ。力があふれてくる」


 正式運用される前の試験的スキルってことか。

 リードが何でそんなスキルを持っているんだ?


「さて。第2ラウンド開始といこうか」


 そう言うとリードは悠然ゆうぜんとした歩調でミランダとジェネットに向かっていく。

 やばい。

 やば過ぎるぞコレ。

 もうミランダもジェネットも戦う力はほとんど残っていない。


「フンッ。たった1回生き返ったくらいで、何が変わるってのよ!」


 気丈にそう言うとミランダが黒鎖杖バーゲストを握り、リードに素早く突進する。

 そしてそのまま黒鎖杖バーゲストを鋭くリードに突き出した。

 だけどリードは武器を構えもせず、この一撃を腹部に受ける。


 まったくよけようともしないなんて……え?

 僕はリードのライフゲージを見て思わず言葉を失った。

 確かに彼はミランダの攻撃をまともに受けたはずだった。

 だというのにリードはまったくダメージを負っていなかった。


 ミランダは一瞬呆気あっけに取られたが、危険を感じて素早く後方に下がった。

 傷を負ったジェネットは何とか立ち上がると、その場で『清光霧』ピュリフィケーションをリードに仕掛ける。

 闇属性となった今のリードには効果的なはずだ。

 だけどリードは光のきりを全身に浴びても平気な顔をしていて、先ほどと同じようにそのライフゲージはまったく減っていない。

 ど、どうなってるんだ?


「くっ!」


 ジェネットは背中の傷が思いのほか深いようで、その場に立ち尽くしたまま動けない。

 そんな彼女の窮状きゅうじょうを見てとった数名のプレイヤーやサポートNPCが駆け寄ってきた。


「ジェネット! 大丈夫か!」


 全部で5人が助太刀すけだちに割り入ってくるのを見たジェネットは思わず声を上げた。


「ダメです! その人に近づいては……」


 ジェネットの制止も聞かずに5人はリードに攻撃を仕掛ける。

 5人のうち2人が火炎魔法をリードに浴びせかけ、残った3人が長槍ながやりをリードの体につきたてた。

 だけどリードは涼しい顔でこれを受けきると、一転してケモノのようなうなり声を上げながら5人に次々と襲い掛かった。

 リードの攻撃はすさまじく、5人とも鎧ごと剣で貫かれて一撃で絶命してしまった。


 そ、そんな……。

 何かおかしいぞ。

 強さが異常すぎる。

 以前のリードはこんなに化け物じみた強さは持っていなかったはずだ。


「あなた。何か以前と変わりましたね」


 仲間を倒されてジェネットはいきどおりに顔を赤く染めながら、リードをにらみつけてそう言った。

 リードは邪悪な笑みを浮かべながら口元をゆがめてこれに答えた。


「ひとつ言い忘れたけどなぁ、さっきの特殊スキル『蘇生返魂』リザレクションにはもう1つ副産物があるんだよ。スキルの書き換えだ」

「スキルの書き換え?」


 ミランダが顔をしかめてそう問い返すのを聞き、リードは得意げに言った。


「そうだ。書き換わったスキルは物理攻撃無効、魔法攻撃無効、そして物理防御無効。この3つだ。もう俺には攻撃が一切効かない。武器での攻撃だろうが魔法攻撃だろうがな。逆に俺の攻撃をおまえらが防御することも不可能だ」


 僕はリードの言葉に愕然がくぜんとしてしまった。

 な、何だソレ。

 完全にチートじゃないか。

 何でそんなスキルをリードが身につけているんだ。

 試験的運用なんて言い分が通じるような話じゃない。

 そんなものがまかり通るなら、ゲームバランスは完全に崩壊するぞ。


「それはゲーム倫理りんりに反しています。あなたを違反行為で運営本部に訴えますよ」


 ジェネットは深い傷を負っているため、苦しげな顔でそう告げた。

 だけどリードはまったくこれを意に介さない。


「無駄だ。このスキルはその運営本部様から与えられた、世界に二つとない優れものなんだからなぁ」


 その言葉にジェネットは絶句し、ミランダは不満そうに鼻を鳴らした。


「フンッ。なるほど。運営と結託けったくして汚いことやってたってわけだ」


 ミランダがそう言うとリードは愉快そうに笑った。


「負け惜しみか。情けない魔女め。犬みたいにえてろ。プレイヤーのアンケートなんざ無効だ。ミランダ。てめえはここで死んでもらう」


 リードはもはや正気を失っている。

 運営本部の傀儡かいらいと化した彼は猛然とミランダたちに襲いかかった。

 ミランダはもう魔力が残っておらず、それでも気力だけで黒鎖杖バーゲストを振るう。

 だけどリードにはもう攻撃そのものが効かないんだ。

 勝負になるわけがなかった。

 リードはミランダの黒鎖杖バーゲストを受けてもものともせず、彼女の細い首につかみかかった。


「うぐっ!」


 リードの右手がミランダの首をつかんで強烈に締め上げる。


「このまま確実に絞め殺してやる!」


 ミランダのライフゲージが徐々に減少していく。

 やばい。

 やばいぞ!


「放しなさい!」


 ジェネットは傷ついた体を顧みずに懲悪杖アストレアで思い切りリードをなぐりつける。

 だけど、逆にリードは空いている左腕でジェネットの杖を弾き飛ばすと、そのまま左手を伸ばしてジェネットの首にも手をかけた。

 そしてジェネットの首をも締め上げる。


「くはっ!」


 ジェネットの口からも苦しげな息が漏れる。

 リードはジェネットをにらみつけると恫喝どうかつするように言いつのった。


尼僧にそうジェネット。おまえは反逆者ミランダをかばい立てし、人々を扇動せんどうしてこのゲームに混乱をもたらした。重罪人としてここに告発する」


 そう言うとジェネットの頭上に警告のメッセージが表示され、彼女が運営本部による審判にかけられたことが示される。

 それを見たリードの顔に嗜虐的しぎゃくてきな笑みが浮かんだ。


「運営本部からのお達しが出たぞ。ジェネット。これでこのライフゲージが0になればミランダ同様におまえは消える。二度と甦らないぞ。これが本当のゲームオーバーだ!」


 そう言うとリードは左右の手でミランダとジェネットの首をつかんだまま、その両手を上に引き上げる。

 ミランダとジェネットの足が地面を離れて宙に浮き上がった。

 リードに首を締め上げられて二人のライフゲージはじわじわと減っていく。

 もう体は消えてしまって魂だけの存在となっている僕は、ただ見ていることしか出来ない。

 だけど、このままじゃミランダもジェネットも消されてしまう。


 そんなの……そんなの嫌だ!

 僕は生まれて初めて心の底から神にいのった。


 神様。

 どうかお願いします。

 僕はもう命も消えてしまって差し出せるものは何もないけれど、あの二人を救うためならば何でもします。

 どうか彼女たちを消さないで下さい。


 全身全霊を込めて僕はいのった。

 そんなことで状況が変化するはずもないのに。

 だけど……神様は僕を見ていた。

 切なる願いが心身を満たしたその時、僕の体に未曾有みぞうの異変が起きた。

 僕の足にくくりつけられている黒い鎖が音を立ててしなり、僕の目の前に突発的にコマンドウインドウが示されたんだ。


「な、何これ?」


 そこにはパスワードを入力するよう文字が記されている。

 パ、パスワード?

 ここにきてまたパスワードなんて・・・・・・。

 すぐにタイムカウントダウンが開始され60秒が59秒、58秒と進んでいく。

 しかも時間制限付きかよぉ(泣)。


 僕は必死に思考を巡らせた。

 ミランダの持っていた手紙の内容やジェネットのブログの中身など、記憶の中を必死に探る。

 だけど正直に言って僕にはまったく心当たりがなかった。

 時間は45秒を切った。

 こ、こうなったらダメ元で手当たり次第入力するしかない!

 僕はそう思い、ミランダの名前を【Miranda】と入力する。


【エラー。パスワードが間違っています。あと2回入力できます】


 そりゃそうか。

 って、あと2回?

 回数制限まであるのか?

 それを越えたらどうなるんだ?

 もう入力できないってことだよね。


 まずい。

 残り秒数も35秒を切った。

 僕はもう一度、記憶の中を探る。

 ミランダやジェネットとの会話の中で何か、何かキーになる言葉はなかったのか?

 あせりが思考を邪魔して考えがまとまらない。

 時間は刻々と過ぎていく。

 僕は仕方なく二度目の入力を敢行かんこうした。

 もちろんジェネットの名前で【Jennette】と。


【エラー。パスワードが間違っています。あと1回入力できます】


 マ、マジか……。

 ミランダでもジェネットでもなく他のパスワード?

 そ、そんなの分からないよ。

 肩を落とす僕だったけど、時間は無情にも残り20秒を切った。


 僕はここにきて呆然ぼうぜんとしてしまい、思考停止の状況におちいった。

 そうしている間にもミランダとジェネットはリードに首を締め上げられてもだえ苦しんでいる。

 もう二人のライフは残り10%を切り、ライフゲージの底をつこうとしている。

 彼女たちのライフゲージを見ていると、僕は強い切迫感を感じて震え出しそうになる。


 これだけの激しい戦いの中でライフゲージを背負って戦うことがどれだけ熾烈しれつなことなのか、ライフの重みがどれだけ重圧となるのか僕は身をもって知ることが出来ない。

 特に今の彼女たちは負ければ即消去されてしまうんだ。

 文字通り命がけの戦いだ。

 命がけ……ん?


 ふいに僕はミランダが言っていた言葉を思い出した。


― フンッ! 少しはライフの重みを知りなさい! ―


 そ、そういえばジェネットも似たようなことを言っていた。


― あなたはライフゲージをお持ちでないようなのでお分かりではないでしょうけれど、ライフの持つ重みを知る者であれば、そのように自らを危険にさらすような暴挙ぼうきょおかさないでしょう ―


 彼女たちのその言葉を思い返すと僕の体の中で何かがうずいた。

 も、もしかして……。


 僕は息を飲んでじっとコマンドウインドウを見つめる。

 残り時間は10秒。

 入力できるのはあと一回だ。

 僕は頭で考えるのをやめ、自分の身で感じた言葉を決死の思いで入力した。


【LIFE】


 ……どうだ?

 

 7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・4・・・・・・

 

 タイムカウントダウンは残り3秒のところで停止した。


【パスワードを認証しました。タリオの規定に従って復元プログラムを起動します】


 と……通ったぁぁぁぁぁ!

 本当に一か八かの賭けだったけど、僕は正解の糸を手繰たぐり寄せることが出来た。

 いや、そうじゃない。

 ミランダとジェネットが僕を導いてくれたんだ。


「むふっ……」


 急に体の中がムズムズとし始めて僕は奇妙な声を口から漏らしてしまった。

 な、何か来る……。

 そこから事態は急転した。


 消えてしまっていた僕のステータスコマンドが復活したんだ。。

 さらにはステータスコマンドの中に見慣れない項目が追加されていた。

 あ、あれは……ライフゲージだ。

 一般NPCである僕には無縁のものであるはずだった。


 自分の身に起きた異変に目をしばたかせる僕の視界の中で、地上に落ちたまま横たわっていたはずの呪いの剣『タリオ』が、いつの間にか地面に突き立っていた。

 そして刀身の周囲に施された二匹のへびの装飾が再び生きているかのように動き出したんだ。

 白と黒のへびたちは刀身から離れて地面をい出した。

 すると二匹はうほどに太く長くなり、大地を進み続ける。

 その二匹が向かう先は僕だった。


 世界の誰もが僕の姿を見ることが出来ないというのに、その二匹だけはそんな世界のことわりなど自分たちには無関係だというように、まっすぐ僕に向かってくる。

 へびたちが僕を呼んでいる。

 僕はそう感じた。

 そしてついにへびたちは僕の両足首に絡みつくと、螺旋らせんを描くように僕の足を伝って上へとい上がってくる。

 不思議とこそばゆさも気持ち悪さもなく、あるのは体に力が満ちていく感覚だけだった。


 へびたちはついに僕の全身に長いその体を絡みつかせると、そのまま僕を引き寄せるように徐々に呪いの剣『タリオ』の元へ戻っていく。

 大地に刺さったままの刀身に戻ろうとしているんだ。

 僕は急激に自分の体内に満ちていく現実感に戸惑ってしまう。

 呼吸した時の空気のにおいや、鼓膜こまく腹膜ふくまくに伝わる音の振動。

 そして目に鮮やかに映る世界の色感は先ほどまでのおぼろげなそれとは大違いだった。


 そして『タリオ』の目の前まで引き寄せられた僕が、そのつかに触れたその時、僕は完全に実感したんだ。

 再びこの世界の一員になれたことを。

 そしてほんの一秒にも満たない時間で、へびたちの全てが僕の体内で細胞の隅々までインプットされていくのを感じていた。

 僕は二匹のへびと同化してこの世界によみがえったんだ。

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