第13話 目には目を 歯には歯を ダメージにはダメージを

「お、おまえ……消えたはずじゃないのか」


 一番最初に僕の姿に気がついたのはリードだった。

 まさに幽霊でも見たかのような表情をしているリードに、僕はありったけの怒りの声を浴びせた。


「今すぐに二人を放せっ!」


 自分でも驚いてしまうほどの大きな声が響き渡るのと同時に、この体に絡みついたままの二匹のへびは僕の意思に従って、僕が伸ばした手の先から伸びてむちのようにしなった。

 そしてミランダとジェネットの首をつかんでいるリードの左右の二の腕に素早くみついた。


「ぐっ!」


 リードは思わず驚いてミランダとジェネットの首を放し、へびを振り払うと後方へ飛び退すさった。

 ミランダとジェネットは地面に崩れ落ちて、苦しげにあえぎながらこちらを見た。


「ミランダ! ジェネット!」


 僕の声に驚いた二人は苦しげな表情で身を起こして、目を白黒させている。


「あ、あんたどうして……」

「兵士様。よくぞご無事で。で、でもまさか……」


 良かった。

 二人ともまだしゃべる元気はあるみたいだ。

 二人の姿に僕は思わず胸が熱くなったけど、それをこらえて僕は気持ちを落ち着かせるように静かに言った。


「話は後にしよう」


 僕はリードをグッとにらみつけた。

 リードはへびに噛まれた二の腕を手で押さえながら僕をにらみ返す。

 鋭い牙にまれようとも、物理攻撃の効かないリードは当然ダメージ0だ。

 だけど彼の満タンのライフゲージは本来の緑色から紫色に染まっていた。

 リードは顔色を変えて自らのステータスウインドウを凝視している。


「て、てめえ……盛りやがったな」


 彼の言葉で僕は状況に気が付いた。

 リードはステータス異常を引き起こしていた。

 その内容は……受毒だ。

 そしてリードのステータスコマンドを見る限り、それは生物性の毒でも魔法性の毒でもなく呪力性の毒だということが分かる。

 要するに呪いによってかけられたどくであり、術者を倒さない限り死ぬまで続くやつだ。

 間違いなく僕の体に取り付いているへびのひとみによるものだった。

 外的な攻撃では一切減少することのなかったリードのライフゲージが、毒によって徐々に減っていく。


「い、いつのまにそんなふざけた格好になりやがった。消えたはずの亡霊野郎が」


 二匹のへびをまとわりつかせた僕を見て、リードは憎々しげにそう吐き捨てた。


「自分でもよく分からない。多分、君のバックに誰かがいるように、僕の力になってくれる人がいるんだよ。ミランダとジェネットを救うためなら、僕は何にだってなってやる」


 そう言うと僕はリードに向かってへびをけしかけた。

 二匹のへびは先ほどと同様にむちのようにしなりながらリードに襲い掛かる。


「くっ!」


 リードは今度は油断なく剣を振ってこれを弾き返した。

 いいぞ。

 どうやらへびたちは僕のイメージ通りに動いてくれるみたいだ。

 僕は慣れないへびたちの制御に少しだけ自信を持つことが出来た。

 そしてそうこうしている間にも毒の影響でリードのライフゲージは着実に減っていく。


「さぁ。どうするリード。早く僕を倒さないと、君のライフが底をつくぞ」


 僕の言葉にリードは噴火せんばかりの怒りを見せた。


「このクソ野郎が。妙な力をつけて気持ちが大きくなってるようだが、痛い目みないと分からないようだな。自分がいかに矮小わいしょうなクズかってことが」

「よく言うよ。チート能力がなきゃ君だって今そこに立ってないだろ」


 おおっ! 

 何か今の僕は口もなめらかだぞ。

 リードの憎まれ口に負けてない。


「て、てめえコノ野郎!」


 リードは僕の口からそんな言葉を聞いたもんだから、怒り心頭で真っ赤な目をさらに充血させて襲い掛かってくる。

 僕はへびの力を借りてリードを迎え撃った。

 だけど元から剣術に長けているリードと今さっき力を手に入れたばかりの僕じゃ経験の差があり過ぎた。

 僕はリードの初撃を避けるのが精一杯で、返す刀の一撃を脇腹に受けてしまった。


「痛っ! イッテェェェェェ!」


 し、死ぬぅぅぅぅっ!

 あまりの痛みに思わず叫んでしまった。

 だってマジで痛いんだ。

 尖塔せんとうから落下して地面に打ちつけられたときも死ぬほど痛かったけど、剣で斬られる痛みってこんなにも痛いのか。

 リードの攻撃を受けた僕のライフゲージは一気に半分近くまで減ってしまった。


 痛い。

 痛すぎる。

 で、でもこれが命の痛みだ。

 ライフゲージを背負うって事はこういうことなんだ。

 ミランダもジェネットもこうやって戦っていたんだ。

 僕だって……僕だってやってやる!


「ぐっ!」


 ふいにリードはうめき声を上げ、脇腹に手を当ててその場にガックリとひざをつく。

 僕がリードに斬られた箇所と同じ脇腹を、彼自身が手で押さえている。

 その顔は痛みにゆがんでいた。


 な、何だ?

 何が起きんだ?

 僕は状況を飲み込めずにリードのステータスウィンドウをのぞき見る。

 するとリードのライフゲージは毒による微減とは明らかに異なる大幅な減少を示していた。

 ど、どういうことだ?

 リードは不愉快と不可解の入り混じった奇妙な顔を見せた。


「な、何なんだ? 何をしやがった?」


 それは僕にも分からない。

 そう思っていると、ふいに背後から声が上がる。


「タリオの特性を思い出しなさい! この私がわざわざ実演してあげたのに、忘れたなんて言わせないわよ!」


 響き渡るミランダの声に僕は即座に思い出した。

 そうだ。

 以前にこの剣の特性を利用して、ミランダは魔道拳士を撃退したことがあった。

 その時、タリオを装備したミランダに攻撃を仕掛けた魔道拳士は、自分がミランダに与えたダメージと同等のそれを自分のライフゲージから削り取られていた。

 ってことは……。


 もう一度リードのライフゲージを確かめると、あいつが僕に斬りつけて与えたダメージと同等のダメージ分だけ減少していることが分かる。

 そういうことか。

 物理攻撃が効かないはずのリードだけど、彼自身の攻撃スキルである物理防御無効化と相殺されているみたいだ。

 リードもいぶかしげな顔で僕と自分のライフゲージとを見比べて、同じことに気が付いたみたいだった。


「おまえに与えたダメージがそのまま俺に返ってきている……だと?」

「そういうことみたいだね」


 これによってリードは毒によるダメージの蓄積以外に、僕に攻撃を仕掛けることでライフゲージの減少を招くことになった。

 少し離れた場所では深いダメージのため一歩も動けなくなっているミランダとジェネットが驚愕の表情を浮かべながら僕とリードの戦いを見守っていた。


「あの呪いの剣が兵士様に力を与えてるんですか?」

「おそらくね。あの剣、タリオはああやって自分が受けたダメージを相手にそのまま与えられるのよ。けど、どうひっくり返っても実用的じゃないネタ要員みたいなアイテムだったはずなのに妙ね。タリオにあんな毒の力があったかしら……」


 不可解な様子でそう言うミランダにジェネットは怪訝けげんな顔で尋ねる。


「あなたが機能を付け加えたのではないのですか?」

「知らないわよ。っていうかアレの所有権はつい最近までアンタが持っていたはずよ。アンタが何かやったんじゃないの?」


 ミランダはそう言うと不機嫌そうにジェネットを見つめた。


「私にはそのような権限はありませんよ」


 二人は互いにに落ちない顔を突き合わせた。

 以前にミランダが教えてくれた報復能力の他に、現在のこの剣に付与されているもう1つの特徴は呪いの毒。

 多分、この機能を追加したのは神様だろう。

 そして僕はすでに気付いていた。

 リードの攻撃によって大きく減少した僕のライフが徐々に回復し始めていることを。

 そしてそれが毒によって減少したリードのライフポイントに連動していることを。


 要するに毒が減らしたリードのライフポントが僕のライフゲージに充当されているんだ。

 徐々に減りつつあるリードのライフポイントとは対照的に、僕のライフゲージは少しずつ回復している。


「クソッ! 忌々いまいましい!」


 リードは胸の奥の怒りを吐き出すようにそう言った。

 じっとしていても毒によってライフゲージが減ってしまうリードは、すぐにでも僕を倒して呪力性の毒を消し去る必要がある。

 僕に時間的猶予ゆうよを与えるわけにはいかないだろう。

 だけど僕に攻撃を仕掛けるってことはリード自身が同じだけのダメージを浴びるってことだ。

 リードにとってみれば押すのも引くのも厄介やっかいな状況なんだ。

 ここからは彼のライフが尽きるのが先か、僕のライフが尽きるのが先か、消耗戦だった。

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