第9話 光か闇か 真ん中か

 翌朝。

 昨夜自分で決めた起動時刻を迎えて待機状態から目を覚ました僕は、居間のイスの上で大きく身体を伸ばした。

 いつもは寝室のベッドで目を覚ます僕だけど、ベッドはお客さんであるジェネットに使ってもらってるからね。

 僕は閉じたままの寝室の扉をチラッと見やる。

 この部屋に自分以外の誰かがいるってのは不思議な感じだな。


 ニヤリ。

 僕は思わず右手を天井に向かって突き上げ、派手なガッツポーズをしてみせた。


 うおおおお! 

 超展開キター! 

 朝、起きたら部屋に女子がいる!

 一生縁がないと思っていたリア充ライフが今、目の前に!

 我が生涯に一片の悔いなし!

 僕は小躍りしながらテーブルに歩み寄り、そこに置かれた一つしかないマグカップを手にするとサッと振り返ってそれを差し出す仕草をした。


「ジェネット。夜明けのコーヒーでも飲もうか。なんつって」


 調子に乗って僕がそんなことを言うのと、寝室の扉が開いてジェネットが姿を現すのはほぼ同時だった。


「いえ。私、カフェインは苦手ですので」


 ひえっ! 

 起きてたんスか。

 ま、まあ旅の恥はかき捨てだから(涙)。


「お、おはようございます。あ、いや、これはあの……あれ、起動時間一緒でしたっけ?」


 一応、お客様を招いている身だし、ジェネットよりゆっくり寝てるわけにもいかないから、あらかじめ彼女の起動時間を聞いておいて、それより10分ほど早く起動できるようにセットしておいたはずなんだけど……。


「いえ。恐らく私のほうの体内時計が少し狂ってしまったのかもしれません」


 そう言うとジェネットは「失礼します」と言って居間のイスに腰をかけた。

 僕もその向かい側のイスに腰を下ろす。


「結局、昨日は何の情報も無かったですね」


 僕の言葉にジェネットはうなづいた。


「ええ。それにしても私がミランダを倒したことで、このような状況を招いてしまったというのならば、ますますこの件を放っておくわけにはまいりません」


 ジェネットの口調は落ち着いているけど断固たる決意を感じさせた。


「別にシスターのせいじゃありませんよ。ルールに従ってゲームをプレイしただけで、こんな結果になるなんて誰も予想できなかったんですから」


 別にジェネットを慰めようとか彼女に良く思われたいとか考えてこんなことを言ってるわけじゃない。

 イレギュラーなこの状況を打開することなんて、一キャラクターでしかない僕らにはおいそれと出来ることじゃないんだから。

 僕はそう思ったけど、ジェネットの考えは違っていた。


「確かにあなたの言う通りかもしれません。ですが私はプレイヤーではなくライバルNPC。ゲームを提供する側の存在です。自分が関わりを持った件でトラブルが起きたのであれば私はその解決に寄与したい」


 僕は彼女のその言葉に思わず目からうろこが落ちる思いだった。

 僕自身、このゲームを構成する枝葉の一部であるという存在認識はあるものの、ジェネットのように「ゲームを提供する側」という意識を持ったことはなかった。

 どうして彼女は一人のNPCでありながら、そういう考え方が出来るんだろうか。

 ただ正義を志すNPCだから、というだけなのかな。

 僕はそうした疑問にすぐに答えが浮かばず戸惑いを覚えた。

 そんな僕を見つめながらジェネットはやさしく微笑む。


「それに私はあなたの笑顔が見たいから。そう言ったでしょ」


 ……な、何というキラースマイル。

 可憐かれんだ。

 ただただ可憐かれんだった。


 ジェネットは確かに言っていた。

 自分が正義と信じた行いの先には人々に笑顔であってほしいと。

 けど、今みたいな言い方されたらドキドキしちゃうってば。


「と、とりあえず情報集めでもしましょうか」


 ヘタレ非モテNPCの僕は思わず彼女から視線を外して話をらす。

 ふぅ。

 危ない危ない。

 危うくジェネットの笑顔を見て「あれ? この子オレに気があるんじゃね?」的なありがちで恥ずかしくも痛々しい青春のワナにハマるところだったぜ。


 僕は必死に平静を装い、頭の中で運営本部のメインシステムにアクセスした。

 僕の目の前の空間にメインメニューのパネル映像が浮かび上がる。

 これはこのゲームをプレイする全てのプレイヤーが見ることの出来るメニューであり、僕らNPCも利用することが出来る。

 掲示板やチャットなどのコミュニケーションツールを利用してプレイヤーとNPCが交流することも可能であり、あの憎たらしいサポートNPCであるリードなんかは、ここでも大いに人気を得ていた。


 チッ! 

 イケメンは爆発しろ!


 内心で舌打ちしつつ僕が注目したのはメインページにあるリアルタイム検索だった。

 ここにキーワードを打ち込めば、今ゲームにログインしているプレイヤー達のリアルタイムのメッセージを見ることが出来る。

 僕は「ミランダ」と入力して検索ボタンを押した。

 途端に画面が切り替わってリアルタイムのメッセージが表示されていく。


『魔女ミランダ失踪中だって。システムエラーらしい』


『闇の魔女ミランダの洞窟閉鎖中。いつ再開すんのコレ?』


『ミランダの出張襲撃イベントも中止になるのかな。せっかくのボス討伐ランキング上げのチャンスなのに。運営仕事しろ』


 等々、現在ログインしているプレイヤー達によるいくつものメッセージが羅列られつされていくが、ミランダの行方をつかむことの出来る有力な情報はひとつも無かった。


「ミランダの失踪はもうニュースになり始めてますね。目ぼしい情報がないかどうかチェックを続けていきましょう」


 同じパネルを反対側から見つめながらジェネットはそう言った。

 それから僕らは手分けをして掲示板やチャットなどでプレイヤーらの発信する情報を調べ続けた。

 そのかたわら、ジェネットは色々と自分自身のことを僕に話して聞かせてくれた。


 ジェネットはゲームの開始時から登録されている古参のNPCらしい。

 彼女は惜しげもなく自身のステータス値を見せてくれた。

 神聖魔法の強さを示す法力値と法力量が非常に高く、それ以外の身体能力値も平均より高い優秀なNPCだった。


 特筆すべきはそのキャラクターの性質を表す属性の天秤てんびんが光と闇のうち光側に完全に振り切れていることだった。

 これなら闇属性の相手には無類の強さを誇るはずで、闇の魔女たるミランダを打ち倒せるのもうなづける。

 だけどこんなに極端に光側に偏っていると、色々と不都合なこともあるだろうなぁ。

 特に闇側のNPCやプレイヤーにとってジェネットはちょっとばかりまぶしすぎてうとまれるかもしれない。


 僕はそんなことを思いながら、自分の大したことのないステータスを彼女に披露した。

 別に見たくもないだろうけど、ジェネットも見せてくれたからね。


「僕のことなんて見せても仕方ないんですけど、こんな感じです。貧相ですみません」


 僕がそう言うとジェネットは笑顔で首を横に振る。

 まぁ一般NPCだからステータス低くて当たり前だしね。

 戦闘できないからレベルも上がらないし。

 ジェネットは大して面白くもないはずの僕のステータスにじっと見入っている。


 な、何でしょうか。

 ちょっと恥ずかしいな。

 そんな僕の心情をよそに彼女は言った。


「あなたは中庸ちゅうようなんですね」


 中庸ちゅうよう? 

 僕の属性のことかな? 

 ジェネットの言う通り、僕の属性は光と闇のちょうど中間であり、天秤てんびんのバランスが取れている。

 ジェネットはそこに注目したのだろう。


「意外ですか? こんな闇の洞窟にずっといるから、闇に近い属性かと思いますよね」


 属性は周囲の状況や近くにいる人物のそれに影響を受けやすい。

 たとえば4人で共に行動しているプレイヤー達のうち3人が光に近い属性だと、残りの1人は元々闇に近い属性だったとしても徐々に光寄りに属性の天秤てんびんが傾いていく。

 僕の場合、常に闇の洞窟の中にいて、近くには闇属性バリバリの魔女ミランダもいるから、闇側の属性に傾きそうな状況なんだけど、不思議と天秤てんびんが中間からブレたことはない。

 何故かは自分でも分からないけどね。


「いえ。何となくあなたは闇側ではない気がしました。中庸ちゅうようであることも大事だと思います。光とも闇とも歩み寄り、通じ合うことが出来ますから」


 そう言うとジェネットは少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべた。


「私は闇属性の方とは相容あいいれませんから」


 何かあったのかな。

 光の側に偏りすぎて困ったことが。

 僕はジェネットが日々どんな気持ちで過ごしているのか、その内面を知りたくなってきた。

 いや、別に変な目で見てるわけじゃないよ?

 僕は自分のそんな内心を悟られないよう、情報集めに集中した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る