第二章 光の聖女

第1話 清らかなシスター・ジェネット

「いやぁ。ミランダに勝つなんてすごいじゃないですか」


 言葉の通り、僕は晴れ晴れとした気持ちで彼女を先導して王城までの道のりを歩いていた。

 彼女、というのはつい先ほど洞窟内で大仕事をやってのけたシスターのことだ。

 その名前をジェネットと言う。


 純白の衣『祝福の聖衣クレイオー』をまとった美しく清廉せいれん尼僧にそうであり、手には白銀色に輝く錫杖しゃくじょう懲悪杖アストレア』を持っている。

 そんな彼女は僕とは種類の違うNPCで、プレイヤーの競争相手を努めるライバルNPCだ。

 先ほど僕は録画記録によって光の尼僧にそうジェネットと闇の魔女ミランダとの激戦を目の当たりにした。

 ジェネットによるミランダ退治の手際は見事というほかなかった。


 彼女はミランダの必殺魔法『死神の接吻』デモンズキッスを反射魔法『応報の鏡』リフレクションで跳ね返してミランダ自身に浴びせかけたんだ。

 魔法を術者に跳ね返すこの神聖魔法は、跳ね返した魔法が必ず相手に効くという特徴がある。

 これによって『死神の接吻』デモンズキッスの成功率は本来の33%から100%に引き上げられた。

 まさにミランダ退治にうってつけの神聖魔法だった。


 反射魔法の使い手は時々見かけるけど、技術が確かでなければあそこまで精巧で反射率の高い鏡を作り出すことは出来ない。

 ましてやミランダが『死神の接吻』デモンズキッスを放つ刹那せつなに反射魔法を完成させ、死の魔法を正確に跳ね返すともなると相当な離れわざだ。

 ジェネットとミランダの戦闘はこの日のベストマッチとして表彰されていた。

 そしてミランダに勝利したジェネットは王城への凱旋がいせんを果たすことになる。


 NPCの僕にとって闇の魔女ミランダを倒した彼女を王城に導くこの仕事は、最も誇らしいものであるのと同時に唯一、外の空気を吸うことのできる束の間の至福の時でもあった。

 普段は四六時中、薄暗い洞窟の中に常駐して、かの悪名高き闇の魔女ミランダを見張るっていうどう考えてもハズレくじ的な仕事をしている僕だからね。

 ほんの一時でもこういう時間を持てるキッカケを作ってくれたこのジェネットには感謝してるんだ。


「国王陛下にはあなたの活躍ぶりをしっかりと伝えておきますからね」


 意気込んでそう言う僕にジェネットは少しだけ複雑そうな顔をしていたが、それでも静々と頭を下げた。


「ありがとうございます。お役に立てて光栄です」


 ジェネットはそれだけ言うと粛々しゅくしゅくと歩を進めていく。

 何だろう? 

 言葉とは裏腹に微妙な表情だなぁ。

 あまりめられることに慣れていない人なのかな。

 その後は何だか話しかけにくい雰囲気で、時折間をもたせるように僕から「いい天気ですね」彼女が「そうですね」めげずに「この辺はながめがいいですね」それでも「そうですね」という続かない会話を挟んだ息苦しい雰囲気を漂わせる行軍となった。


 むぅ。

 え? 

 ダサイって? 

 しっ、仕方ないだろ! 

 女性をスマートにエスコートするスキルは僕には標準装備されていませんから!


 ま、当然だよね。

 ただのNPCで一兵卒いっぺいそつの僕にはそんなの無用の長物だし。

 ところが僕が無理に話しかけるのをあきらめた頃、今度は向こうから僕の背中に声をかけてきた。


「あの……あなたにお聞きしたいことがあるのですが」


 ジェネットはそう言う。

 これは名誉挽回のチャンス!

 僕は精一杯カッコつけた顔で振り返った。


「僕ですか? あいにくと僕に名前はありません。名も無き一兵卒いっぺいそつですから」

「いえ、あなたの名前には興味はないのですが」


 オゥマイガッ! 

 恥の上塗うわぬりか!


「あ! ごめんなさい。名前はなくともあなたはあなたです」


 よく分からない慰めの言葉をありがとうございます(涙)。

 愚かな僕よ、今すぐいなくなれっ!

 胸の内で羞恥しゅうちに悶え苦しみながら神に己の抹消を願う僕だったけど、そんな内心を抑え込むと、わざとらしく咳払いをして愛想笑いを浮かべた。


「いや、気を使ってくれなくてもいいですよ。それで、僕に聞きたいことって何ですか?」


 ジェネットはそんな僕に気遣わしげな視線を向けながら、あらためて口を開いた。


「……先ほどはどうして泣いていらしたのですか?」

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