00  それは未来の出来事


0章


 銭形という男の連絡で、高橋とアカリはとある高校へと訪れた。

 この地域では有数の進学校。高橋はこの学校には入学しなかった。一次試験で合格をしたが、違う高校への入学を決めたのだ。


 彼は、この地域で一番治安が悪い高校へ入学した。

 だが別に、この地域のテッペンを取ってやるとか、某不良漫画に憧れていたワケではない。


「……こちら、アカリちゃんです。配置に到着完了しました」

 高橋のとなりで不思議キャラを目指しているのか、無口キャラを目指しているのかわからない少女が、携帯電話で銭形に連絡した。

 その容姿は、この国に規制された対火性、化学テロに考慮されたジャージ、その胸の辺りが苦しそうなほどな水風船が二つ。

 そのアンバランス以外は容姿端麗、ハリウッド映画のようなスタイルに小悪魔チックな色気を兼ね備えている。

 そして、日本人とは思えないサラリとした金色に輝くブラウンの髪が風に靡いている。

 でも、少女はそれでもハーフでなく日本人だという。


 ――ただ、普通の日本人ではない――アカリはこの現実世界の出身ではない。


「……この世界の服は、どうしてこうもキツいんですか」

 ジャージを伸ばすと膨らんだ谷間が見えそうになる――その行為は高橋の理性を襲うが……。

「っておい、アカリ……、また下着を忘れてるじゃねーか!」

 彼女は、コチラのルールには疎い。

 実はというと、彼女に下着という存在を教えたのは高橋自身だ。

「……だってアレ苦しいから嫌なんですよね」


 一度、高橋は息を呑んだ。

「それより、もう接続(リンク)は済んだのか? 透明になって学校で待機するんだろ?」

「……そうですね――もう既に誰かがこの学校一帯に接続(リンク)してるみたいです」


 なにかの術式を展開すると、アカリの身体が透明に消えていく。

 高橋は何度も見た風景。だが、目の前で人が消えていくことに未だに慣れそうでない。

 高橋もステルス魔術を使用する。その後、アカリの容姿を捉えるこができるようになってくる。


「……彼等はおそらく、全員が集まりやすい場所を狙うと銭形が言っていますが、オサムは覚えがありませんか?」

「この高校は、多希の学校だ。

 彼女が今日さ、全校集会があるって言ってなかったか?」


 多希とは高橋の妹。

 両親が早くから他界し、高橋兄妹は若くして二人で暮らしていたが、ワケがあってアカリを高橋兄妹で匿うことになった――のはいつの話だったか。


「……ってことは、無理矢理体育館に隔離されているってことですかね」

「この言い方には語弊があるが、おそらく犯人が生徒全員を狙うなら、その時だろう」


 そう校内を歩いていると、生徒がゾロロと移動しているところを見つけた。

 その先が体育館であることは二人にも理解できた。


 バスケットコート二つ分大の広さの体育館。

 そのステージ台へとあがると、そこから生徒たちの顔が一望できる。


 入場した一年の中には高橋の知り合いの顔もある。

 その斑な中に混じって、ポニーテールの妹、多希が何やら学友と勤しんで会話を楽しんでいた。

「……多希を見つけました」

「ああ、でも一体なにをしようとしてるんだ? バカたちは?」


 バカというのは、この教室の生徒を言っているのではない。

 だからと言って、少なくても高橋はこの高校の彼等のことを天才だとかそうは考えていない。


 勉強ができても、テストでどんなに良い点数を取れたとしてもそれは一人の人間に過ぎない。

 そこには、越えられない壁が発生する。


「そういえば言ってませんでしたね。

 どうですか? 多希だけは非難させたいのですが」

「……まず、用件だけ答えてくれ」

「ええ、そうでした」――アカリの冷たい目が高橋の細い目と重なった。

「おそらく、この場所に時限爆弾を仕込んだ『次元犯罪者』がいます」

「――はあ?」――高橋は思わず、大声で叫んでしまう。


「――あれ?」――多希はなにかに気が付いたようにあたりを見渡した。

 高橋は口を押えたが、もう遅い。


「……アナタの妹さんは、兄の声の区別ができるお利巧さんですね」

「いや、すまなかった。

 それで、なんでこんな場所を……」――深呼吸で乱れた脳裏を正す。

「火炎(ファイヤー)の魔術に停止(ストップ)で停止、それをこの体育館に仕込んだらしいです」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 言葉の綾と言うべきか、高橋が聞きたいのはそういうことではない。


「そういうことじゃなくて、ここを狙う理由だ」

「ああ、そういうことですか? おそらく、アナタが考えている理由と同じでしょう」

 そして、高橋はアカリの頭を拳の礫を落とす

「イタ……なんですか?」

「アカリ、心を読む行為はなし、だと言ったよな?」


 二人の約束で、心を勝手に読むことは禁止にしたはずだった。

 膨れた頭を撫ぜながら、アカリは高橋の顔をうかがう。


 こちらの生活には慣れたとはいえ、人がどんなことで怒るとか、悲しく感じるんだとかそういう感情がイマイチまだ理解が難しい。

 アカリにとって人の気持ちを読む行為は止む負えない行為なのだが……。


「……了解しました」

 高橋は、とにかく心が読まれた事にはそれほど奮起していなかったが、この学校が狙われた理由は理解できた。

 すなわち、犯人たちは学力優秀な彼らに憧れる反面、嫉妬をしているのだ。

 図星ながらもそう考えていた高橋は思わず嘆息する。


 しかしながら、おそらく今から救わなきゃいけないのが、この生徒たちが見下しているだろう底辺高校生二人だとは誰も考えないだろう。


 だからなんと言うべきか……

 世間には裏方という人間がかならず必要なのだ。

 そして、世の中の底辺によって命が握られている真実を彼らは認知していないと考えると、なんだかおかしい気もした。

 まるで、秘書の仕事ぶりを知らない政治家のよう。そのクセに何かがあればすべて秘書のせいにする政治家のようだと高橋は思っていた。


「それで、僕たちにどうしろと言うんだ?」

 高橋は、一番の疑問を語り始める。

 そもそも、犯人を摘発するなら、裏の世界から彼らを一網打尽にすればいいだろうに。

「……犯人はすでに時限爆弾を仕掛けてしまっています。ここから爆弾を探す必要があります」

 そう言うと、アカリは壇上から降りた。並べられた椅子と椅子の間を眺めていくらしい。

 高橋も、それに付き合うしかなさそうだ。


 さすが優秀校と言うべきか、彼等が話す会話には後期テストや成績のこと、塾の話題しかない。

 高橋は脳裏で、自身の学校がどうであるか考えて浮かべたが……。

 それ以前に彼は高校に入学して以降、全校集会には参加したことがなかった。


「……これじゃ、埒が明きませんね」

 アカリが突然に飽きた子供のように、誰かが座っている椅子を蹴った。

 当然座っていた生徒が驚いて立ち上がる。


「どうしたの……?」――隣に座っていた生徒が不思議そうに伺うが、誰も透明化(ステルス化)した二人のことは見えることはない。

「おい、馬鹿野郎ヤメロ!」――高橋は、あまりに小さな奇声を上げた。

「ぁ……、良い事思い付いた」――アカリはなんの前触れもなく呟く。



 何やら偉そうな白髪頭の男が壇上に上がると、マイクを直し挨拶をした。

「いや……今年もみんな勉強頑張っているね! 校長の体調も絶校長! なんちゃって! いや~そんな感じでストレスがないから、こんな髪がフッサフサなの! でも、コレ本当はズラなんだ!」

 ――全生徒の目線が硬直した瞬間だった。


「いや! 違ーう!」

 そこには、壇上に立っているはずの校長がもう一人、なぜか息を枯らして校舎から入口までやってきた。


 アカリは思いっきり舌打ちをすると、彼の姿を違う男子生徒の姿へと変える。

 この姿は、高橋兄がムカつく同級生だと脳裏に浮かべていた一生徒の姿……。


 その入場は如何にも新婦の元恋人が教会へと果たし状を投げかける姿に似ていたが……。

「――え? オレ?」――その同じ姿の生徒があまりの仰天をする。

 だが、それを無視して、入口に立つ校長(姿は生徒)は訴えかける。


「さっさと、あの壇上の偽物を引き降ろせー!」

 だが、この雄叫びは誰の心にも響くはずがない。

 いや、響いていたとしてもそれを口に出せる生徒はこの偏差値の高校にはいるはずがない。


 それとは裏腹に、その行動に驚愕した教師たち複数人が一斉に入口へと駆け寄る。

「――お前は校長に向かってなにを言っているんだ?」「いいから一度、ここから出て行きましょう」「一度話し合おうじゃないか……」


 等々と、声を掛けられて一緒に体育館から離れていく。

 教壇の校長(偽物)は語る。


「今日は解散。風邪を引かないように、手洗いウガイはしろよ」


 およそ一分もしない醜態だった。

 校長の有難いお言葉を終えると、生徒たちはあっという間に教室へ戻っていく。

 校長(高橋)は一度カーテンの裏に戻ると、思わず顔を歪めてしゃがみ込んだ。

 

 アカリは『光幻術』により、彼ら生徒たちに高橋を校長に見えるような幻術を行使したのだ。……だが、実際に教壇のマイク前であの生徒たちに語り掛けるというのは恐怖の他にない。

 しかも、どんなにアカリが姿を欺いたところで声までも誤魔化すことはできない。


 どうにか変な裏声でこの場を凌ぐことはできたが、このステージを見ていた生徒たちの過半数には違和感があっただろう……。


「……誰かが死ぬよりマシ。そう思えませんか?」とアカリはフォローするが。

「いや、だからといっても……」――もっと真面なやり方があっただろうと高橋は考えていた。



 ――そのときだ。

 急にアカリの目の色が変わった。

 そして、手を空高く挙げると同時に体育館が清涼な青い光へと包まれる。


 アカリの目が蒼くなる――それはより強い魔力を行使する副作用。

 その膨大な力により、この体育館内部の時間は『停止(ストップ)』させられた。


「爆弾……、彼ら、作戦を予測して爆発を早めたんでしょう」

 その下には、爆発した爆発する寸前を魔術により閉じ込められたエクスプロ―ションが閉じ込められて、ひよこの卵のように転がっている。

「――わかった」

 高橋は、先ほど演説した教団の中央へと掛けよると、それを手に掴んだ。

 掴んだはいいけど、どうすりゃいいんだ?


「それで、どう処理するんだ?」――高橋はアカリへと確認をしたが……。

「適当に人がいないところへ思いっきり投げてください」

 そう語るアカリはどこか苦しそうに、倒れ込み動かない……というより、動けないのかも知れない。


「私の力も限界……いつ時間が戻るか予測できないので早く……」


 それには、高橋はマジかよと、誰も通らなかった反対側の入口へと駆けていく。

 ガチで爆弾ゲームも良いところだ。

 爆発したら自身の命が危ないというのに、どうして彼らを守らなくちゃいけないんだ……。

 そう高橋の、生死を選択する思考が叫んでいた。


 高橋が窓から爆弾を投げつけると、まるでそのときを狙っていたように爆発。

 打ち上げ花火を間近で見ているよりも質が悪い眩しい光は、それが炎であることを忘れ去るほどに輝いた。

 同時に爆風が吹き荒れて、それを投げたはずの高橋でさえ、また体育館へと後天返りの要領で押し戻される。


「……はあ」――アカリは、床へと倒れ込み大きく息を吐く。

 高橋は転がった先で一度天井を見上げた。

 今回で死ぬと思わされたのは、これで何回目だろうか。


 アカリはだるい身体を起こして一本の電話を繋いだ。

「……ミッションコンプリート」



「今回で……何回目の事件だったか覚えているか?」――高橋は気になってアカリへ聞いた。

「……わかるはずないじゃないですか」

 アカリと高橋は一仕事終えた疲れを吹き飛ばすように堂々と体育館から出て、校舎の階段を降り下駄箱入れのある一階へと向かっていた。

 ……世界から魔法が消えているとはいざ知らずに。

 

 校長は先ほど自身を体育から追い出した教師たちに説教をしている。

『光幻術』が切れていつものズラ姿へと戻らされていたのだから、さぞかし教師たちも驚いただろう。

 そして、ある教室が燃えたという噂で生徒たちが面白半分に上の階へと向かってた。

 おそらく、高橋が投げた爆弾がどこかに引火でもしたのだろう。

 にしても、野次馬根性には学力もクソもないんだな……。


 さすがに、校長を廊下へと連れ出してしまった教師たちの処分が気になるところだが、校長に罵声をあげた(ように見せられた)高橋の友人も気になる。

 ちょうどその同級生が、違う教師たちに連行されていた。

 どんなに言葉を重ねても、教師たちにはイイワケにしか聞こえないだろう。


 さすがに可哀想だが、証拠隠滅をするにはあまりに膨大。それに高橋はそこまでお人好しではない。


 二人は諦めて、校舎を出る寸前に後ろから声がした。

「――お兄ちゃん?」

 高橋は、不意に妹の声がして振り向くとあることに気が付く。

「あれ? やっぱりオサム兄さんとアカリちゃんだ。どうしてここに?」

 二人はアレ? って思いながらお互いを確かめた。

「……すでに接続(リンク)が切れていますね」

 アカリがわざとらしく、手でクエスチョンマークを作る。それと同時に高橋の額から嫌な汗が流れ出す。


「……に、逃げるぞ? アカリ」

「は? どうして」


 それには応える間もなく、二人は凭れつつ、校門の裏手へと大脱走劇を試みた。


 既に表門には素早い消防車が何台を止められていた。が、裏側は様々な騒ぎで誰もいなかった。


 現実でのアカリはあまりに体力がない。

 心配して高橋が後ろを確かめると、校舎には煙が確認できた。

 その角度、客観的に考えても、犯人が自身等であるかのように思われても仕方がないと高橋は歯を歪ませた。

 脳味噌に真水を垂らすような寒気が彼を襲うと同時に自身が選んだ運命を恨むしかない。



 高橋がこんなっ波乱万丈なSFコメディーのような毎日を送るきっかけになった出来事できごとは何か月前だったか………。

 彼はそんなことをが、急に頭に蘇ったのだ。

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